三百六十一話 成分表示
彼女と文字人間が激闘を繰り広げる中、俺の頭を口に咥えた小型犬が、ぴょーーん、と間に割り込んだ。
「キャラメルっ」
「短足犬っ」
突然の事態に、拳を構えたまま2人の動きがピタリと止まる。
その隙を見逃さず、伽羅様が俺の頭を文字人間の首の上に、ぽんっ、と置く。
木工用ボンドの嫌な感触が、ぬちゃり、と首回りに伝わってきた。
「タクミの頭っ!? くっつけてくれたのっ!?」
「固まるまで触らないでね」
伽羅様はそのまま、俺の頭の上に乗っている。
グラグラして怖いので自分の頭を、がしっ、とおさえた。
「あれ? 司令系統がタクミ君に移ってる。いきなり頭が接続されたから、神経接続がおかしくなったのかな」
文字人間に乗っ取られていた身体が一時的に戻ってきた。すぐさま文字人間は、そのコントロールを取り戻そうとするが……
「カルナっ」
『いけるでっ! スキだらけやっ!!』
両手で頭をおさえているため、オープンに開かれた胸に向かって、魔剣カルナが飛んでくる。
「優しくっ、極限まで優しく切り裂いてっ!」
『うりゃああああっ!!』
「いやぁああああーーっっ!! めちゃくちゃ全力ぅーーっっ!!」
ずばんっ、と袈裟懸けにカルナが俺の胸を切り裂いた。大量の血飛沫と共に、暖かい何かが俺の身体に侵入してくる。
『来たでっ、タッくんの中にっ、合体やっ! ついにうちら結ばれてしもたっ!!』
「それどころじゃないよっ! 血がっ、血が、どばーーっ、てでてるっ!! これ、木工用ボンドなんかで止まるのっ!?」
袈裟懸けの傷にそって、伽羅様が木工用ボンドをぬりぬりしている。
「なるほど、僕を追い出す作戦か。それもただのボンドじゃないんだろ?」
「え? うん、ちょっと高いやつだよ」
ちょっと高いやつだった。だ、大丈夫だよね? 俺の頭と胸。
『あ、あれ? うち入ってきたのに、追い出されへんの?』
「普通の人間だったら魂は1つしか収納できないけど、タクミ君の中には無限に広がる聖杯があるからね。入りたい放題なんだよ」
やめて、ここにきて、そんな初期設定を持ち出さないでっ!
「どうする? カルナちゃん? 自力で追い出してみる?」
『いや無理やで。うち魂だけやから、ふにゃふにゃやで』
諦めないでっ! 俺の胸、無駄に切り裂かれないでっ!!
「仕方ない、僕も手伝うよ」
ぱぁんっ、と突然、波の中で固まっていた101匹の伽羅様が粉々に砕け散る。
「分身解除。そして再び」
「ええっ!? ちょっと待ってっ! まさかっ!?」
「101匹ワンちゃん大分身」
ぶわっ、と伽羅様が俺の目の前で分裂して、そのまま胸の傷から侵入していく。
「ダメぇーーっっ、そんなにいっぱい入らないでっ!! 傷口がっ、傷口が広がっていくぅぅーーっっ!!」
「大丈夫、1匹残しとくから、ボンドを持って」
雪崩れ込むように侵入してきた伽羅様たちが、カルナごと文字人間を巻き込んで押し出しにかかる。
「こ、これは、流石に耐えれませんね」
「いややぁっ、うち、まだタッくんの中に入ってたいっ!!」
なんで文字人間があきらめてるのに、ふにゃふにゃのカルナが踏ん張ってるのっ!?
『ぐぎぎぎっ、ちょっとっ、伽羅様、文字人間だけ追い出されへんのっ!?』
俺の身体の中で壮絶な押し合いが繰り広げられている。
「えっと、タクミの中にいる何かをみんなで追い出そうとしてるのね?」
「そうだよ、ママっ、カルナちゃん、裏切ったけどっ」
「わかったわ。ワタシも手伝ってあげる」
「なんで靴ぬいでるのっ!?」
待ってっ、もうこれ以上入れないよっ!?
傷口を扉みたいに開かないでっ!!
「えいっ」
強引に侵入した彼女が、ぽんっ、と最後のひと押しを加えると、ギリギリ耐えていたフタが取れたみたいに、どばっ、と文字人間とカルナが押し出される。
「ぎゃあああっ、背中っ、背中にも穴あいたよっ!!」
さらにドドドドド、とすごい勢いで101匹わんちゃんが溢れ出す。
「伽羅様っ、これもボンドでいけるのっ!?」
「大丈夫。ちょっと高いのには訳があるんだ」
伽羅様が木工ボンドの裏の成分表を見せてくれた。
酢酸ビニル樹脂 40%
水 50%
アリスの涙 10%
「へ?」
謎の成分により、ぽっかりと空いた傷口は、あっ、という間に塞がった。
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