第一話後編 真実に群がる真実
( `o´) 新キャラってどう?
「婚約者が――死んだ?」
言われたままの言葉をそっくり繰り返す。すると目の前に座りこむ男は、立てた両膝の間に顔をうずめて暗く返事をする。
「…………はい。今朝彼女の家を訪ねました。すぐそこです。……ですが戸を叩いても返事がなく、しかし会う約束はしていたのでおかしいと思い、戸に手をかけました」
「鍵は開いていたのですか?」
私の問いかけに男は小さく頷いた。
施錠をせずにいるのは不用心なことだ。『何か』があるといけない。……何に用心するのかはわからないが、そういうものだ。
ともあれ男は続きを語り出す。
「戸はすんなりと開きました。僕は彼女の名を呼びながら入ったのですが返事がなく、食卓にさしかかったところで…………彼女が……っ……ううぅっ」
「絶命していた、と」
こくり、と首の動きのみで返事をする男。嗚咽で言葉も出ないらしい。
ふむ……婚約者か。
私はまだ十七になって間もない。結婚にはまだほんの少しだけ早い。――いや、まだ相手も見つかっていないのだからどうなるかは分からないが。
そんな私にはそれを失う痛みは計り知れない。
では例えば――アトゥラ=リューゼという器量よく美貌も備え、尊厳に満ちた美人騎士を、陰ながら慕っている男の気分になってみよう。
そして私が死ぬ。
その時の気分はどうだろう。
……………………――――うわっ、最悪だ。この世の宝が一つ消えたようだ。
とはいっても、私とこの男の婚約者は違う。今の気持ちの一割程度を『恋人や婚約者を失う気持ち』としておこう。
――さて、婚約者の死は悲しい。それはわかった。しかし私はどうにも彼の話の続きが気になってしまったのだ。
少し間を置いて男が落ち着いたところを見計らい再度質問をする。
「何か、病気で亡くなられたのですか?」
そう聞くと男は首を横に振る。
「………………彼女は……健康そのものでした……昨日も元気でしたし、それに彼女の遺体は吐血していて……病気とは違うように見えたのです」
なるほど。
病気や事故ではない怪死となれば『悪霊』の仕業、か。
「国中でも数ヶ月に一度しか現れない悪霊が婚約者の身に……ですか。不運でしたね。心からお悔やみを――」
言い掛けたそれを
「あっ悪霊じゃない! 悪霊なんかじゃないんだっ!」
男は突然声を張り上げて遮った。
「――――……!?」
いったいどうしたというのか。
これまで消沈していたのに、悪夢から飛び起きたように目をぎょろつかせて叫んで。
悪霊の仕業ではない? だが不可解な死は『悪霊』の所行であると老若男女、誰もが信じていることじゃないか。どうして否定をする?
「悪霊ではない――というと?」
繰り返すように聞くと彼は声をひそめた。
「…………彼女は殺されたんだ」
『コロサレタ』
ぞわり、と胸がザワついた。
悪霊の仕業だとされている人死にを、コロサレタと否定する。
そんな莫迦げた言葉が何故だか真しやかに聞こえる。
何だ、この感覚は。
男の真意を確認しなければこの気持ち悪さはとれないだろう。
「……では何が婚約者を死に至らしめた? シシか? ワニか?」
もっとも、そのような凶暴生物が街中に居るはずがない。それはわかっている。なのに何が彼の婚約者をコロシタのか皆目見当がつかない。
眉根を寄せる私に、彼は小さく、自信なげに返した。
「……………………わかりません」
――なんだ。
わからない、では取りつく島もない。せっかく、最近のどこか気持ち悪さが解消するのかと思ったのだが、とんだ肩すかしだ。
「――ただ戯言を抜かしたいだけならそうしているといい。だがそうしていても貴方の婚約者が亡くなった事実は覆せない。割り切って前を向くことだ」
駄々に付き合っているほど私は暇ではない。
ふい、と男から顔をそむけて城への道を歩み出した。
○
馬車で城へと戻り、騎士団の詰め所へと足を踏み入れる。その途端に中から活気に満ちた男たちの声が響いてきた。
「おぉーっ、お前もついに結婚か!」
「いよぉおめでてぇな!」
「くっそ~先越されちまった!」
先輩団員たちが一人の男を取り囲んでワイワイと騒いでいる。
どうやら中心にいる人物――ジルマ団員が結婚するという話のようだ。
「いやぁ……みんなありがとう」
ジルマさんは皆からバンバンと肩を叩かれながらとても恥ずかしそうに顔を赤らめている。彼の表情はとても――幸せに満ちたものに見えた。
「なんでぇ、決まってたんならもっと早く教えてくれりゃいいものをよ! はっはっは!」
四十をこえた団員が「水くさい」とばかりに、しかし笑って言う。それを受けてジルマさんは頬をぽりぽりとかいた。
「いえ、婚約だけ決まったとしても、式までに何があるかわかりませんから」
――何かある、か。
「何があるか、ってお前、何があるってんだ?」
「あれか、式までに愛想つかされたりってのか?」
「おいおい、末永く幸せに、だぞ!」
口々にはやしたてる団員たち。
その中で、私だけが、全く違うことを考えていた。
「婚約者の方が――……死んでしまったり」
……………………。
………………。
「はっ!?」
気付いた時には時すでに遅し。
いつもは心の中で考えるだけの言葉が、今に限ってうっかり口から出てしまったのだ。
しかも不運なことに、それは喧騒に紛れることなく全員の団員の耳に届いた。
「おい、アトゥラ」
「てめぇ何考えてんだ!」
「バッカかおめぇは!!」
幸せいっぱいだったはずの詰め所の雰囲気。それはわずか一言で一転し、奈落の底のような暗さに覆われてしまった。
喜びに顔をほころばせていたジルマ団員も、今は浮かない顔をしてうつむいている。
大莫迦者だ、私は。
さっき道端に座っていた男に感化され、おかしな事を口走ってしまうなんて。
婚約者を失った男の悲しみを、目の当たりにしたくせに。
「あのっ……あのその……わ、私……そ、そんなつもりでは――」
「つもりも何もねえよ! 空気ブチ壊しにしてくれてさ!」
「ひでえやつだな!」
うっ……ううっ。
まだ入ったばかりの騎士団。ようやく少しずつ皆と打ち解けてきたと思ったのに……なんてことを言ってしまったんだ。
一瞬にして団員の全てから嫌われてしまった私だが、そこに思わぬ一言があがった。
「でもさ、もし死んじまっても枢機卿閣下に頼めばいいんじゃねえ?」
――枢機卿?
その唐突すぎる言葉に、しかし団員たちは一気に顔色を明るく戻して同調する。
「おっそうだな!」
「今はいい時代だよな。枢機卿閣下がいらっしゃるからなぁ」
ど、どうしたというのだろう、この流れは。
いかにも私の口走った暴言が消え去ったかのような、妙な感じだ。
「す、枢機卿ですか?」
このまま黙っていればいいものを、口を挟んでしまう。そんな私の声があまりにとぼけた風に聞こえたのだろう。皆は一瞬あっけにとられてから小さく笑った。
「はははっ、アトゥラ知らないのか? 枢機卿閣下をよ」
「城にいる者として恥ずかしいだろ、それじゃあ」
……何のことかわからない。
枢機卿といえば最近国を騒がしている、あの人だろう。しかし皆の口調は、私がその人物に抱く胡散臭い像とはまるで違う。
殿下をそそのかして地位を手に入れ、今も国の転覆を図る者ではないのか?
その考えを否定するように団員たちは続ける。
「知らねぇなら教えてやるよアトゥラ」
「枢機卿閣下は死者を蘇生しちまうんだ」
………………死者を――?
荒唐無稽な話だ。
死者が蘇るなんてことが、あるはずがない。
そんなことが可能ならば…………先ほど会った男の婚約者だって蘇る。
そうして私は気付けば思わぬことを口にしていた。
「その――枢機卿に会うにはどうしたらいいのですかっ?」
――やはり私は大莫迦だ。問題事に自ら首を突っ込もうなんて。
いや、違うか。むしろ好都合なのかも。
私が今危険視している「あの枢機卿」がどのような人物なのか、確かめる機会なんだ。良い人物なのか悪い人物なのか、この目で見ればはっきりする。
私の真剣な面持ちを察してくれたのか、ジルマ団員が明るい笑顔で教えてくれる。さっきの暴言なんてなかったかのように、晴れやかに。
「アトゥラさん。枢機卿閣下は『死者のいる場所に現れる』んですよ。それも『悪霊』の所行によって死んでしまった人のところに、ね」
それに他の団員たちも続く。
「不謹慎な話だけどな、『死者のいる所、枢機卿あり』ってわけだ」
「悪霊退治の専門家、なんていう二つ名もあるみてぇだぜ」
……死者のいる場所に現れる人物にして悪霊退治の専門家、か。
ますますキナ臭くなってきた。
まるでその枢機卿が悪霊や不幸を運んでいるようではないか。
そして私は幸運なことに、今朝不運にも婚約者を亡くした男を知っている。
これはつまり、そういうことだ。
「――さて、と」
話が一段落つき皆が腰を上げはじめる。
「無駄話はこれくらいにしてそろそろ仕事に戻るかぁ」
「だなぁ。ま、どうせ今日も平和だろうけどな」
これから午後の警備だ。現れもしない凶暴生物を始末する、私の誇らしい仕事だ。だが私はその任務を放り出す。
「あっおい、待てアトゥラッ!」
居てもたってもいられない、とはこのことだ。
踵を返し詰め所を勢いよく飛び出し、再びさっきの男のいる街へと走り出した。
○
馬車を走らせ、昼にいた第五地区「獅子の爪」三番街二号通りへと舞い戻る。
「はぁっ……はっ……どこだ……?」
男の座っていた場所へ到着するが、彼の姿はもうない。
どこへ行ってしまったのか――婚約者の家に行った可能性が高いとは思うが、ここから近いという少ない情報だけを頼りに一軒一軒訪ねて歩くのも骨だ。
「だ、だけど……っ」
街は広いッ!
しかもここは通りの奥、住宅街だ。
ひ、ひとまず二号の表通りへ戻ろう。何か手がかりがあるかもしれない!
「ぜっ……ぜぇ……はぁっ……」
こ、これくらいでバテるとは、鍛えがなかなかに足りない……ようだ。
鍛えといえば筋骨隆々の大男というのも会ったな。私もあいつを見習って明日から鍛錬しよ――……いや、来週からにしよう……
問題を先送りにしたところで、細い路地を抜けて表通りへと出る。
開けた視界、その目の前を
――ガカッ! ガカカッ!
巨大にして豪華な――おそらくは神官か王族用の馬車が横切る。
「なっ……なんだっ?」
こんな下町に高貴な御方の馬車が、何故通るっ?
呆気にとられる私。
……その横におんおんと奇声を上げる男がいると気付くのに、かなりの時間を要した。
男は昼に会った、婚約者を亡くした平民らしき者。一つあの時とは違い、生気のこもった声で唸るように泣き、女性に抱きついている。
まさか、まさか――だが、
「も、もし?」
ひたすらに泣き叫ぶ男に声をかける。と、彼はようやく顔を上げた。
「……あ、貴女はさっきの」
覚えていてくれたようだ。話が早い。
「つかぬことを伺いますが…………そちらの女性はまさか――」
冷静に考えれば「まさか」も何もない。
あれだけ元気のなかった男がこうして正気で、狂喜を表し、女性に抱きついている。当然、その相手は一人しかいないだろう。
だけども私はにわかに信じられなかった。私だけじゃないだろう。誰だって信じられない筈なのだ。
そうした考えを根底からひっくり返すような答が、ここに存在した。
「枢機卿様が…………彼女の魂を……救ってくださいました……っ」
――莫迦げている。
どうしてこの国にはこうも、莫迦があふれているのだ。
昼食のときの貴族といい、この男といい、私自身といい、枢機卿の神業といい。
死者が蘇るだって?
冗談のような話は童話の中だけにしてくれ。そうでなくては私の中にある常識はことごとく崩れ去ってしまうからだ。
だから、改めてもう一度問う。
「…………何が、どうしたと言いました?」
けど男は期待を裏切るように、微笑んで、とても幸せそうに、言った。
「枢機卿様が彼女を蘇らせてくださったのですっ!」
頭が痛くなる。
そんな話を信じろというのか。
悪を企む枢機卿が、まさか街の安寧のために日夜死者を蘇生して回っているというのか。
私の考えが間違っていたとでも言うのか。
――意識が遠くなり足がおぼつかなくなる。ふらり、とよろめいてしまう。
そうだ――仕事に行かなくては。
私は槍を杖のようにしてつき、近くに停まっている馬車へと歩き出す。
「彼女と……お幸せに」
その一言をかけてやるだけで、精一杯だった。
( `o´) アトゥラちゃん僕の中じゃわりかし可愛いけど、どう?
あと地味に投稿後サブタイトルかえました。




