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第一話前編 騎士の雑務

さてさて新章スタートでございます。

今回はちゃんと推理・ミステリーします。

引き続き宜しくお願いします。

「おい……あの女見てみろよ」

「……ん、どいつだ?」


 私の耳に男二人の声が届く。


 考え事をしている最中でのことだったので聞くつもりもなく、むしろ集中したい時だというのに問答無用で聞こえてくるそれが邪魔に思えるほどだ。だが二人の密やかな声は、そんな私の思いとは真逆に、勝手に耳へと侵入してくる。


「そこに座ってる女だよ。イイ乳してやがるぜ……」

 最初に語り始めた男は、どうやら下卑たところに注目していたらしい。


 まったく、そんな下らないことを昼間から嬉しそうに語るとは、莫迦者共め。

 私が紅茶の器を手に取りつつっと一口すすったところで、男たちの会話はまた下らない続きの展開をみせる。


「ヒュゥ……いい眼の色してるぜ。あそこまで澄んだ赤色ってのはなかなかいねぇ」

「ったくお前は相変わらずツラばっか見てんだな。女は乳だよ乳、あと百歩譲ってケツだろ。あーよく見てみるとケツもえらい良さそうだな。……叩いたらいい声で鳴くぜ、アレ」

「へっへ、あんたも趣味悪いもんだ。あの端正な顔を快楽に歪ませるのがいいんだろ。肉欲はすぐ飽きちまわねぇか?」


 ………………こいつら、本当に昼間から往来のかたわらで何を言っている。この国には何故「昼間から下品な会話をする男を捕らえて良い」という法がないのか。


 また一口紅茶をすすり、こくっと飲み込む。

 不快感からか、紅茶が不味い。

 存在するだけで周りをこんな気分にさせる奴らを即刻『何とか』したい。…………だが何もできない。注意するだけで止まるなら最初からしないだろう。


 頭が痛くなる感覚を抑え、耳から入る音をどうにかして遮断しようとするも、まだ男たちの声は私に入ってくる。


「しかしよぉ、あの硬そうな鎧の下見てみろ。プニップニの柔肌がすぐそこだぜ? ガチガチの鎧の下に、あの柔肌だ。そこの差がいいんだよ」


 ――鎧?


 気になる単語が飛び込んでくる。


「まあわからねぇでもない。ガッチリ掴んでぐいぐい揉みしだいてやりてえな」


 おい、それはまさか……まさかとは思うが――


 私は二人の声がする方向に目をやる。そこには四十を過ぎたであろう二人の貴族がこちらに身体を向けながら指をさして顔を合わせている様があった。

 ――…………私か。


 しかし相手が貴族となれば、武家である私が何かを言う資格はない。心の中で叫ぶしかないのだ。


 ――やめろ、私に構うな。

 ――そんな目で私を見るな。

 ――下品な肉欲で想像するな。


 いくら念じれどもそれが相手に届くはずがない。とたんに落ち着きがなくなったので勘定を払ってこの場を去ることにする。


 すぐさま立ち上がり、椅子に立てかけておいた槍を手にする。


「あんな槍、何に使うんだろうな」

 男たちの雑音がまた耳に入ってくる。


「お前知らねぇのか。アレは国外にいる凶暴生物を退治する武器だ。あいつでワニだとかシシどもをブスッといくんだよ」

「へぇー、そうかい。街の外にゃ出たことがねぇからワニもシシも想像がつかねぇや」

「恐ろしいやつらだぜ。口がデッカくてよ――」


 段々と声が遠くなり、聞こえなくなっていく。


 ――できることならあいつらを永遠に黙らせたい。そのワニの群れの中に奴らの丸く肥えた体を投げ入れ、骨になるまで食わ――……………………ん?


「あれ、私は今何を考えていた……?」


 たった今深い眠りから目覚めたかのように、頭の中が真っ白だ。

 何かを……考えていた気がしたのだが――思い出せない。店の軒先で食事を終え、貴族たちのやや下品な会話を横目に立ち上がったはず。だがそこから十歩ほどの記憶がない。


「……またこの感覚か」


 私は脳裏を占める気色の悪い感覚を頭を振って追い出すと、二号通りから大通りへと大きく歩み出した。



 ――いや、私は今『忘れた』何かを考える前に、そのまた何かを考えていたはずだ。それをあの貴族たちに妨害されたのは思い出せる。確かあれは――


「ボティス神官について、か……」

 そうだ。


 さして忙しくもない騎士団の仕事だが、その休憩の時間を丸ごと費やすほどの興味といえば最近国中の話題をさらったあの事件だ。


 最高権力者である王族に代わり、国の権力を引き受け政を任されている十一神官。

 その一柱を担うボティス神官がまさかの失脚。原因は国への反逆、とのこと。今でも十二分に権力を我がものにしているというのに、なにを欲張ったのだろう。


「あとは昨今台頭してきた枢機卿――」

 噂では殿下のお抱えであるその御方が大きく関与しているとか。……いくら殿下のお抱えといえども法神官を拿捕するなど、どう想像してもかなわない。


 枢機卿とは何者なのか……殿下とどうつながりがあるのか? でなければ『生まれついての定められた身分』――カーストを破る術はそう無い。何かしらの密約が彼らの間で交わされたのではないだろうか。

 ややもすればその枢機卿こそが神官を陥れ国への反逆を企む存在となりえる。

 そのような怪しい人物が、国の上層部に居て良いのだろ――――


「ぅぱっ」


 うっ……考え事をしていて壁にぶつかってしまった。

 迂闊にもひょうきんな声が出てしまい、周りに聞かれていないかが気になってしまう。


「……大丈夫か?」

 至近距離から男の声が聞こえた。


 どうやら一部始終を見られていたどころか、声までも聞かれてしまったわけ、か。

 ほんのりと顔が熱くなるのを感じるが動揺すれば負けだ。あくまで毅然とした態度で対処をすべきだ。


 私は目の前の壁から離れ、右に向き直りながら言う。


「だ……大丈夫だ。私はアルスタン騎士団長、アトゥラ=リューゼ。これしきの障害で折れる刃は持ち合わせていない」


 ――……が、


「……あれっ?」


 誰もいない。


 壁を向いて右方向から声をかけられたと思ったが、左だったか? これは恥ずかしい。恥の上塗りとはこのことか。

 改めて逆側へと向き直る。――が、

「えっ」

 やはりいない。


 さっきの声はとても近くから聞こえたというのに、なぜ誰もいないのだ。右にも、左にも、後ろにもいな――…………いや、まさかな。

 おそるおそる壁の上へと顔をやる。そこには『まさか』が現実に存在した。


「……マジで大丈夫か?」


 それまで壁だと思っていた『それ』は、人だったのだ。


 筋肉の塊のような腹、胸板、そして丸太のような腕や首。顔つきは幼さが僅かに残っているようだが、青年を前にして一体何故こんな体躯をしているのだ? 想像に易いものではない。恐らくはとてつもない鍛錬を積んだのだろう。


 その男は私を頭一つ半も上から見下ろして言う。

「まさかオレを壁だと思ってた……なんてことねーよな」


 ――な、なんだこいつは。身なりからして平民以下ではないか。だというのに一目すれば私が騎士だと判るものを、対等以上な立場にいるかのような態度、物言い。無礼にも程がある。ここは一つ、私が身分とはなんたるかを教えてやるべきだろう。放っておけば貴族の方々にもこのような振る舞いをして身を滅ぼしかねない奴だ。もし温厚な私が許そうとも、この男自身のために教えてや――


「――ぁ……あれぇっ?!」


 気付けば筋肉大男は目の前からいなくなっていた。


 ――くっ。

 恥ずかしさと情けなさに歯噛みをする。


 私はいつもこうだ。考え事をすると集中しすぎて周りが見えなくなる。そのせいで今みたいに周りから置いて行かれてしまう。

 考えグセは私という人間自身の、生まれながらの汚点だ。これのせいでよく笑われる。今の男もきっと後で私の無様な姿を思い出して笑うだろう。……あぁ、このままでは騎士としての威厳が保てないではないか。考えグセは治さねばならないな……本当に。


 それで結局なんだったか。何を考えて壁男にぶつかったのだったか。


「…………ボティス神官について、だ」

 さっきもこんな風に呟いた気がする。


 まだ十七歳と若い身の上だが、既に老人のように物忘れが始まっているのだろうか。

 少し不安になってしまう。


 ……いやそうじゃない。


 ボティス神官がなぜ失脚したのか、枢機卿とは何者なのか、それを突き止めるのが私の今の使命だということだ。今日の仕事が終わったら早速行動を開始しよう。ボティス神官と枢機卿の件だ、よし。


 ぽんと手を打って結論を反芻し、ぱっと前を向く。すると道の脇に男が屈み込んでいるのが目に入った。


 む……? 不思議な男だな。奴隷であればなんら疑問はないのだが、身なりからして平民か商人だろう。そんな男が周りを気にせず道端で座っているのは異様な光景だ。何らかの事情があり、落ち込んでいるように見える。


「………………」

 身分の差はあれど、弱者を救うのが騎士たる者。君主のみを護る者は本物の騎士とは呼べぬのだというのが座右の銘である。


 男に近づき上から覗きこむようにして声をかけてみる。


「どうか……したのですか」

 上から言葉で言おうとしたところで、やはり思い直して丁寧な言葉を遣う。


 それに気付き、男はぼんやりとうつろに顔を上げた。

「…………………………」

「こんな所に座っていたら汚れますよ」


 一方的に話をするも、大きな反応がない。心ここにあらず、といった様子だ。

 考え事状態の私もさすがにここまで無反応はしないが――何かあったのだろうか。


「――何か、あったのですか? 私に出来ることがあれば手伝いますが」

 極力優しく言ったのが攻を奏したのか、男はようやく力なく口を開いた。



「僕の、婚約者が………………死んだんです」

第二部は投稿ペースが少し落ちます。(話ストックが現状ないので)

おそらく三日に一本ペースになると思いますのでご了承ください。

余裕ができましたら頻度上げます。その際は後書き・活動報告でご報告いたしますので何卒よろしくおねがいします。

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