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母の恋人  作者: 大神みや


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6/12

母のすすめ

悟から連絡が来たのは、その日の夜だった。


『名古屋に着きました』


真美はソファに座り、画面を見つめた。


『お疲れさま。ありがとう。ゆっくり休んでね』


少し迷って、もう一行付け足した。


『会えて嬉しかったわ』


送信してから、胸が落ち着かなくなった。


隣では真弓が洗濯物をたたんでいる。


「あの人、着いた?」


「ええ」


「よかった」


真弓は顔を上げた。


「お母さん、悟さんと仲よくなったんだね」


真美はスマートフォンを伏せた。


「長い時間一緒にいたからね」


「そっか」


真弓はまた洗濯物に目を落とした。


「いい人だったね」


「そうね」


その「そうね」が、少し大きな声になった。


*


翌朝、真弓は遅い朝食を作った。


焼いたパン、卵、コーヒー。


真美は食卓につき、窓の外を眺めていた。


「お母さん、今日も病院へ行く?」


「足を診てもらおうかしら」


「午後なら一緒に行けるよ」


「ありがとう」


真弓は向かいに座った。


しばらくしてから、さりげない口調で聞いた。


「悟さんって、何歳だっけ」


「三十四」


「へえ。思ったより近い」


「真弓は二十八でしょう。六つ違いね」


「そうだね」


真美は娘を見た。


「どうしたの?」


「別に」


真弓はパンをちぎった。


「なんとなく、話しやすい人だったなって」


「そう?」


「うん。無理に話を合わせない感じがする」


真美はカップを置いた。


そうだった。


悟は誰にでも愛想よく振る舞う男ではない。


興味のあることを話すときだけ、目が変わる。


それが昨日、真弓と話しているときにも少し見えた。


「真弓」


「何?」


「悟くん、彼女いないんですって」


真弓が顔を上げた。


「……聞いたの?」


「ええ。道中で」


「そうなんだ」


声は平静だった。


けれど真美には、娘が少し嬉しそうにしたのがわかった。


*


その日の午後、真弓は悟へお礼のメッセージを送った。


連絡先は、母を送り届けた際に交換していた。


『母を送っていただき、ありがとうございました。おかげさまで無事にこちらで落ち着けそうです』


返事は簡潔だった。


『こちらこそ。足を大事にしてくださいとお伝えください』


真弓は画面を見て笑った。


『今度、静岡に来ることはありますか?』


送信しようとして、一度指を止めた。


少し積極的すぎるだろうか。


けれど、送った。


しばらくして返事が来た。


『あります。車でよく行きますので』


『そのときは、ぜひお礼にご飯をご馳走させてください』


『ありがとうございます。予定が合えば』


真弓はスマートフォンを胸元に置いた。


久しぶりだった。


次の休みが少し楽しみになるなんて。


*


真美にも、悟から連絡が来ていた。


『足の具合はいかがですか』


『だいぶ楽になったわ。悟くんのおかげ』


『よかったです』


真美は続けて打った。


『また会いたいわ』


今度は送信する前に迷わなかった。


返事を待つ間、娘の笑い声が聞こえた。


真弓は誰かとメッセージを交わしているらしい。


真美はその笑い方を知っていた。


昔、初めて恋をしたころにも、あの子はあんな顔をした。


真美はスマートフォンを握り直した。


ほどなく悟から返事が来た。


『僕もです』


真美は息をついた。


大丈夫。


悟は自分を好きでいてくれる。


そう思えた。


*


数日後、真美は真弓に言った。


「悟くん、今度こっちへ来るんですって」


「本当?」


真弓の声が弾んだ。


真美は、その反応を見逃さなかった。


「真弓も一緒にご飯でもどう?」


「いいの?」


「もちろん。助けてもらったんだもの」


真弓は嬉しそうにうなずいた。


真美も笑った。


娘が悟を好きになれば、悟はもっと静岡へ来るようになるかもしれない。


自分も会える。


母親と娘、それぞれの立場で悟と親しくしていれば、誰も不思議には思わない。


それは、悪いことではないはずだ。


真美はそう考えた。


ただ、胸の奥には小さな不安もあった。


真弓は若い。


優しくて、きれいで、自分の考えを持っている。


悟があの子を好きになったら。


そこまで考えて、真美は思考を止めた。


今はまだ、考えなくていい。


*


その晩、真弓は母が眠ったあと、ひとりでスマートフォンを開いた。


悟との短いやり取りを読み返す。


『予定が合えば』


いかにもあの人らしい返事だと思った。


真弓は笑った。


そのうち、ただお礼を言うだけでは足りなくなるかもしれない。


そう思ってから、少し驚いた。


まだ一度しか会っていない人なのに。


窓の外では、車が静かに走っていた。


真弓は画面を閉じた。


母があの人を信頼する理由が、少しわかった気がした。


けれど母が悟をどんな目で見ていたのかまでは、まだ気づいていなかった。


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