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母の恋人  作者: 大神みや


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12/14

答えのない夜

悟が真弓の異変に気づいたのは、次に会った日のことだった。


いつものように車に乗り、近くの店で昼食を取った。


真弓は笑う。話もする。


けれど、少し間が空くと黙り込んだ。


「疲れてますか」


悟が尋ねた。


「少しね」


「帰ります?」


「帰りたくない」


即答だった。


悟は真弓を見た。


真弓は窓の外へ目を向けたまま言った。


「今日は、もう少し一緒にいたい」


*


真美も、最近の娘の変化に気づいていた。


悟と会った日の話を、以前ほどしなくなった。


それでいて、スマートフォンを見る時間は増えている。


「うまくいってるの?」


その日の朝、真美は何気ないふりをして尋ねた。


「何が?」


「悟くんと」


「うん」


「それだけ?」


真弓は味噌汁を飲んだ。


「お母さんは、どうしてそんなに気にするの?」


真美は笑った。


「娘のことだもの」


「そっか」


真弓は箸を置いた。


「じゃあ、私が悟さんと結婚するって言ったら、嬉しい?」


真美は思わず顔を上げた。


「え?」


「例えばの話」


「もちろん、嬉しいわよ」


返事はすぐに出た。


娘には幸せになってほしい。


それは本心だった。


ただ、結婚という言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなった。


結婚すれば、悟は娘の夫になる。


自分と二人きりで会う理由は、なくなってしまうかもしれない。


「まだ、そんな話には早いでしょう」


声が少し強くなった。


真弓は母を見ていた。


「そうだね」


それ以上は言わなかった。


*


夕方、悟と真弓は海の見える場所に車を停めた。


前に来た場所とは違う、静かな駐車場だった。


「悟さん」


「はい」


「私、嘘が嫌いなんです」


悟は真弓を見た。


「そうですか」


「でも、知りたくないこともあるんだって、最近思いました」


悟は返事をしなかった。


真弓は苦笑した。


「変な話ですよね」


「いえ」


「悟さんは、私に隠してること、ありますか」


車内が静かになった。


遠くで、波が砕ける音がした。


悟はハンドルから手を離し、膝の上で指を組んだ。


「……あります」


真弓は目を閉じた。


否定してほしかった。


けれど、即座に嘘をつかれなくてよかったとも思った。


「今、聞いたほうがいい?」


悟は答えられなかった。


その沈黙が、答えの一部だった。


「私、怖いです」


真弓が小さく言った。


「あなたを好きになったから」


悟は真弓へ向き直った。


「僕も、真弓さんが好きです」


「それは信じていい?」


「はい」


真弓は長く息を吐いた。


信じていいかどうかは、自分で決めることなのだろう。


「今日は、まだ聞きません」


悟の顔に安堵が浮かんだ。


それを見て、真弓の胸が少し痛んだ。


「でも、聞かなくて済んだと思わないでね」


「……はい」


「次は、ちゃんと話してください」


悟はうなずいた。


その返事だけは、真弓にとって必要だった。


*


帰ろうとしたとき、真弓が悟の袖をつかんだ。


「もう少しだけ」


悟はエンジンをかける手を止めた。


真弓はゆっくり顔を上げた。


「キス、してもいいですか」


悟は彼女の頬に手を添えた。


「僕から、してもいいですか」


真弓はうなずいた。


唇が触れた。


ほんの短い時間だった。


離れようとした悟の服を、真弓がつかんだ。


「もう一度」


今度は、長かった。


真弓は悟の胸に顔をうずめた。


好きだと思った。


腹が立つほど、好きだった。


知っていることも、知らないことも、今は全部そこにあった。


*


夜になっても、真弓は帰りたがらなかった。


悟は彼女を急かさなかった。


二人は夕食を取り、静かなホテルに部屋を取った。


部屋へ入ると、真弓は窓のそばに立った。


「私、こういうこと、軽く考えてるわけじゃないです」


「わかっています」


「わかってないかもしれない」


悟は黙った。


真弓は振り返った。


「それでも、今日は一緒にいたいの」


悟は近づき、彼女を抱きしめた。


真弓はしばらく動かなかったが、やがてその背中に腕を回した。


二人はもう一度キスをした。


悟が少し離れると、真弓は首を振った。


「大丈夫。私が決めたことだから」


その夜、二人は初めて結ばれた。


ただ、真弓の胸にある問いが消えたわけではなかった。


*


翌朝、悟はカーテンの隙間から差す光で目を覚ました。


隣に真弓がいた。


彼女はもう起きていて、天井を見ていた。


「おはようございます」


「おはよう」


悟は笑った。


真弓も笑った。


それから、彼女は静かに言った。


「昨日の約束、忘れないでくださいね」


「はい」


「私、聞きますから」


悟はうなずいた。


真弓はその顔を見て、ようやく少し安心した。


好きだから許せる、とは思わない。


好きだから、知っておきたい。


何を選ぶにしても、それからだ。


*


真美に届いたのは、悟からの短いメッセージだった。


『今日は真弓さんと一緒にいました。とても幸せでした』


真美は画面を見つめた。


幸せ。


そうあってほしかった。


娘にも、悟にも。


自分が二人を近づけたのだから。


けれど、胸の奥が疼いた。


誰にも知られずに会った夜を思い出す。短い時間のために、遠くから会いに来てくれた。

あの頃は、自分だけを見てくれていた。


今は、娘にも会いに行く。


わかっていた。


最初にそう仕向けたのは、自分だった。


それでも、失うのは嫌だった。


真美は返信を打った。


『よかったわね』


送信したあと、もう一通書いた。


『今度は、私にも会ってね』


しばらく待って、返事が来た。


『もちろんです。会いたいです』


真美はスマートフォンを胸に押し当てた。


安心したはずなのに、涙が一粒落ちた。


このままでいい。


そう思いたかった。


けれど、自分が何を怖がっているのか、もうごまかせなかった。


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