第五章「濃いめのお茶と勝負のゆくえ」
天使の子供たちが、魔法の家の庭や畑を駆けたり飛んだりして遊んでおり、大人たちは木陰でそれを見守り、私の出したお茶を飲んで、一息ついていた。
「全く、虫がいいにもほどがあるぜ」
様子を見に来たエイデンが、その光景を見渡し、呆れたようにつぶやいた。
「どいつもこいつも。初めはどんな怪しい家かって遠巻きにしてたくせに、すっかりくつろいでやがる。まるで自分の家じゃねえか」
私が冷たいお茶のコップを渡すと、
「何だこりゃ、珍しい色の茶だな」
彼は首を傾げながらも、お礼を言って受け取る。私はお盆を抱えて笑顔を向けた。
「みなさんが遊びに来てくれて嬉しいです。野菜や果物も喜んでもらって」
「嬢ちゃん、お人好し過ぎねえか?」
エイデンはお茶が苦いかのように顔をしかめる。
「フィー!」
畑で遊んでいた子供たちのうちの一人が私に呼びかけてきた。
「このイチゴ、とってたべていい?」
私も大きい声で答える。
「いいわよ! 赤く熟れてるのを選んでね!」
やった! と子供たちは白い翼をばたつかせ、イチゴを摘み、これ、みずであらったほうがいい? とか、ほら! ハートのかたちだよ! と見せに来てくれる。押し寄せる子供たちの波の合間に、
「私、たいていこの家に一人なので、賑やかなのは珍しくて、とても楽しいです」
と、エイデンに言うと、彼もようやく難しい顔を崩して笑い、
「嬢ちゃんがそう言ってくれるなら、よかったよ。砦のやつらを代表して、礼を言わせてくれ。ありがとうな」
拳を自分の胸に当てる敬礼を私にしてみせた。
それじゃあな、とエイデンが飛び去ってすぐ、
「ああ、やだやだ、いい子ぶっちゃって」
という声が後ろから聞こえた。振り返ると、私と歳の近そうな天使の女の子たちが三人立っていた。三人とも翼を折りたたんでいるので、人間の少女と何ら変わらぬ姿に見えた。
エイデンの話では、翼は必要のない時にはしまっておくのが大人のマナーなのだそうだ。出し入れするのはある程度の年齢にならないと難しいらしく、小さな子たちは白い翼を出したままにしている。
というわけで、やってきた少女たちの話に戻ると、彼女らはきれいなパステルカラーの服を身にまとい、うっすらお化粧をして、とてもかわいらしかったけれど、どの子も私を睨むようにしていた。そのうち真ん中の、輝く金色の髪をした子が、腕組みして私の前に歩み出た。
「あんたね、ちょっとユルに優しくされてるからって、調子に乗るんじゃないわよ」
「あー! ミラがフィーをいじめてるー!」
イチゴをもぐもぐしながら、ティムという小さい男の子が私たちを指差した。ミラと呼ばれた少女は、そちらに振り返り、目を吊り上げ、腰に手を当てた。
「ティム! あんた、またこんなところに入り浸って!」
「なんだよ! ミラだって、ここにいるじゃないか」
「私は遊びに来てるんじゃないのよ!」
「あの、よかったら、お茶をどう? 冷たいハーブティーがあるのだけど」
私が微笑みかけると、ミラはまた私のほうへあごを突き出すようにした。
「私はあんたと仲良くしに来たんじゃないの!」
なになに? どうしたのー? とほかの小さい子たちも集まってきた。アンという子が私の服の裾を引っ張って、私をしゃがませると耳打ちした。
「ミラはね、ティムのおねえさんなんだけど」と言ったあと、アンはさらに声を小さくした。「ユルのことがだーいすきなの。だからフィーのことがうらやましいんだよ」
「ちょっと! そこのあんた! 聞こえてるわよ!」
アンがびくっとして、こわーい、とつぶやく。ミラは輝く金髪をさっと手で払いのけ、私の前に立ちはだかった。
「そういうわけだから、あんた、私と勝負しなさい!」
「え、どういうわけなの?」
私がぽかんとしていると、ミラは一瞬、怒り出しそうにも見えたが、すぐに、ふん、とよそを向いて笑った。
「こんなグズな子の相手をしなくちゃならないなんて、ほんと嫌になっちゃう。みんなもそう思うでしょ?」
「ほんとよね」
「ミラ、かわいそう」
後ろの二人がようやくしゃべり出し、彼女に同意した。
「おれはそうおもわなーい!」
「わたしもおもわない!」
小さい子たちが口々に言って手を挙げる。
「あんたたちには聞いてないわよ!」
「みんなって、いったじゃん!」
「あの、みんな、ケンカしないで…… お茶でも……」
「あんたよ!」ミラがびしっと私へ指を突きつけた。「あんたが全部悪いの! だから勝負よ! あんたが負けたら、今すぐ、ここから立ち去って、二度とユルに近づかないでもらうわ!」
私は困ってしまい、口元に手を当てて考えた。
「ええと…… 魔法の家は気まぐれだから、すぐに立ち去れるかわからないの。それと、ユルは私の家の監視をしているから、ユルのほうから来てくれるのだけど、こういう場合はどうしたらいいかしら……」
相手は、うっとなった。
「それに、私には、あなたと勝負する理由がないわ」
うん、と私は自分でうなずく。
「だから、いったんお茶でも飲んで落ち着きましょう」
後ろの子が、何かミラの耳元でささやいた。ミラはうなずいて、私に向き直った。
「なら、お茶をもらおうかしら」
よかった。私はにこりとして、台所へ向かった。ティムとアンが私についてきて、
「なあ、ミラのやつ、ぜったいなにか、わるだくみしてるって」
「ミラ、こわいもんね。それにヘビみたいにしつこいの」
と、忠告してくれたが、
「お茶を飲んで、お菓子を食べたら、まるく収まるわよ」
私はのんきに冷たいハーブティーを三つと、チョコチップクッキーをお皿に用意した。
戻ると、大人たちはいなくなっていて、三人の女の子たちは木陰のテーブルに腰掛けていた。
どうぞ、とお茶のコップとクッキーをテーブルに置くが、
「ティム、あんたたちはあっちへ行ってなさい」
ミラはそれらには手をつけず、まず、ティムやほかの小さい子たちへそう命じた。
「やだよ! ミラ、ぜったいフィーになにかするつもりだろ!」
ティムが私をかばうように翼を広げ、その場で踏ん張ったものの、
「女同士で大事な話があるの! 邪魔だから、あっちへ行ってて! じゃないと、あんたがこっそりチョコレートを食べたこと、母さんに言いつけるわよ!」
ミラのほうがうわてだったようだ。ちぇっ! とティムは舌打ちして、こちらを振り返りながらも、アンたちと畑の隅のほうへ行ってしまった。
大事な話って何だろう、と思いつつ、
「お茶をどうぞ、よければクッキーも」
と勧めるが、三人は何やらひそひそしている。なぜか、こぜり合いしているようでもある。
「どうしたの?」
私が不思議に思って尋ねると、
「どうしたも何も」ミラがハーブティーのコップを指差す。「この真っ青な液体は何よ」
私は、ああ、説明しなくては、と気づいて、手を合わせた。
「珍しい色のお茶でしょう! 楽しんでもらおうと思って、ちょっと濃いめにいれたの! あのね、添えてあるレモンを絞ってみてくれる?」
ミラが怪訝そうな顔をしながら、レモンを絞ってお茶に滴らせると、
「あ、色が変わったわ! 不思議!」
水色のワンピースの子が驚いてコップを覗き込み、
「きれいな赤ねえ、魔法なの?」
と、ピンク色のブラウスの子が感心したように言った。
私は魔法でないことを説明しようとしたが、ミラが、ゴホンと咳をすると、前のめりになった二人は姿勢を正した。
「でも、どっちみち濃いわ」
ミラが硬い面持ちでそんなことをつぶやく。すると、ほかの二人も顔を見合わせ、三人は後ろを向いてこそこそ話し出した。
「私は嫌よ」
「あんたがやりなさいよ」
「私だって嫌よ」
「言い出したのはミラじゃない」
「違うわよ! あんたが最初に……」
あの…… と、私はなるべく控えめに割り込んだ。
「見た目は変わっているけど、味はそんなにクセはないのよ」
三人はおしゃべりをやめて向き直り、しばらくお互いを肘で小突き合った。やがてミラが咳払いして、
「じゃあ、いただくわ」
澄ました様子でコップを手に取る。しかし飲まない。口元にも運ばず、その手は心なしか震えている。彼女は隣の二人を交互に見やるが、二人はそっぽを向いた。
「ミラ? 大丈夫?」
私が尋ねると、二人がミラへ、早く! とささやいたり、肘でつついたりし始めた。
ミラは耳まで真っ赤にして、ぐっと手に力を込めているようだったが、どうしたことか次の瞬間、彼女はコップの中身を水色のワンピースの子の胸元へぶちまけた。
きゃあ! と、ピンク色のブラウスの子が真っ先に叫び、驚いたせいか彼女の背中から翼が飛び出した。全員が、がたがたと席から立ち上がった。私はとっさに何か拭くものを探した。
「な、何するの……!」
と、水色の子もびっくりした様子で、翼を広げ、立ったまま服を見下ろし、目を見開いてミラをにらんだ。
ミラはほとんど空になったコップを手に、わずかに戸惑っているようにも見えたが、やがてコップをテーブルに置いて、震える手で私を指差した。
「この子よ! この子がやったの! アマンダも見てたでしょ?」
ピンク色の子へ彼女は振り返る。アマンダという子は、まだびっくりしているようで、へ? とおろおろしている。
「ミラ! どういうことよ! 話が違うじゃない!」
お茶をかけられた水色の子が、ミラへどなった。
「は、話って何のこと?」
ミラは少したじろいだように言って、
「それより、この子がお茶を……」
なおも私を指し示す。
「じゃあ、きっと、これもそうね!」
唐突にそう叫んだかと思うと、今度は水色のワンピースの子が、ミラへコップのお茶を、びしゃりとかけた。
ミラのクリーム色のチュニックが真っ青に染まり、その瞬間に彼女の背中からも翼が飛び出す。
「ヘイリー! あんた! 何するのよ!」
ミラは、どん!と水色のワンピースの子を突き飛ばした。
「ミラが最初にやったんでしょ!」
ヘイリーがさらに強めにミラを突き飛ばし、巻き添えをくらったアマンダが地面に尻もちをついた。
「スカートに土がついちゃった!」
アマンダが泣きそうな調子で土を払うのに対して、
「古いスカートでよかったじゃない! 私なんか新しいワンピースなのよ!」
と、ヘイリーが地団駄を踏む。
「古くないわ! まだ三回しか着てないんだから」とアマンダ。
「私なんて淡い色の服にこんな染みがついたんだから! どうしてくれるのよ!」
ミラが手を振りかざしてわめく。
「もとはといえば、ミラが最初から自分にかけてれば済んだ話じゃない!」
ヘイリーがミラに指を突きつける。
「そうよ! なんで私まで!」
アマンダがめそめそし、三人が、わっと話し始めて、その場は嵐のようになった。
いつの間にか小さい子たちも集まってきて、こちらを心配そうに見ている。
拭くものも見つからないし、三人とも汚れてしまっているし、なぜ起こったのかよくわからないケンカは止まらないし、私は困り果てて、
「三人とも! やめて!」
と声を張り上げて、家を指差した。
「今すぐバスルームへ行って、服を脱いで! 早く洗わないとシミが取れなくなっちゃうわよ!」
この言葉に彼女たちは、ぴたりと言い争いをやめて、お互いの顔を見やった。
「早く! こっちよ!」
私が駆け出すと、やがて三人とも我先にと後からついてきた。
三人にタオルと私の服を貸して、汚れたほうを脱いでもらう。
どれも水洗いして大丈夫そうだと見て、急いで洗面所で流すと、お茶の色はだいぶ取れたし、スカートの土もすぐに払ったからか、石鹸で落ちた。
「大丈夫そうよ!」
私が言うと、出入り口で遠慮がちにこちらをのぞいていた三人が、安堵のため息をついた。いつの間にか翼もしまわれている。
「あとは軽く洗って、陰干ししましょう」
バスタブにぬるま湯を溜めていると、
「どうやるの?」
と、ミラがおずおずと中へ入ってきた。私はにこりとして、
「洗剤を少しだけ入れて、優しく押し洗いするのよ。ごしごしこすっちゃだめなの」
前に古着屋のジャンさんが教えてくれたとおりのことを伝えた。
狭いバスルームで、三人がそれぞれの服を手洗いして、私が遠くから監督する。よくすすぎ、水気を切り、形よく吊るしたら、ポーチの日陰に干した。
今度はかけ合いにならないよう祈りながら、温かい紅茶を入れ、居間で待っている三人のもとへ持っていく。
「水仕事で冷えたでしょう? 寒くない? お茶にお砂糖とミルクをたっぷり入れるといいわよ」
三人はもじもじしながら、ソファーに並んで座っていたけれど、
「ごめんなさい」
ミラが謝り、ほかの二人も、ごめんなさい、と頭を下げた。
「私たち、あんたにお茶をかけられたって、みんなに言いふらすつもりだったの」
ミラは顔を赤くしている。
「あんたはずっと親切だったのに」
「服も貸してくれたし」
と、ヘイリーがしょんぼり言い、
「染みも落ちて本当によかった」
と、アマンダが胸に手を当てる。
「だから、本当にごめん。それから、ありがとう」
ミラは頭を下げて、私の顔をうかがっている。私は微笑んだ。
「いいのよ。服がだめにならなくてよかったわ」
三人とも、ほっとしたように強ばっていた身体を緩めた。でも、と私は人差し指をかざした。
「私もおばあさまによく言われたけれど、食べ物や飲み物を粗末にしたらだめなのよ。ましてや人にかけるなんて」
はい、と彼女らは小さい子供のように肩を落とした。私はクッキーの皿を、つと彼女らのほうへ押しやった。
「お茶が冷めないうちに、どうぞ!」
三人は、いただきます、とティーカップを取り、
「お砂糖、三つ入れてもいい?」
「ああ、温まるわね」
「ほんと、格別だね」
口々に言って、紅茶をおかわりし、クッキーも残さず食べてくれた。
干した服は明日、取りに来てもらうことにして、私は彼女たちを見送った。
「ミラ」
私は思いついて彼女を呼び止めた。ミラは振り返った。
「今度、私に、おしゃれの仕方を教えてくれる?」
彼女は意外そうな顔をしたが、にっと笑った。
「いいよ」
「ありがとう」
私も嬉しくなって笑った。
また明日ね! 三人は手を振って帰っていった。
翌日、彼女たちはお化粧の道具や、髪飾りなんかを持ってきてくれた。
ヘイリーとアマンダはお互いを飾り立て、鏡に映った自分の化粧が濃すぎるとかで、悲鳴をあげていた。
ミラは私に似合うように髪を緩く編み込み、薄く化粧を施してくれた。
「やり過ぎはよくないのよ。微妙な加減が大事なの」
と彼女は私の頬にブラシで優しく頬紅をのせた。
「できた! いい具合よ」
鏡を向けられて、私は驚いた。控えめながらも、いつもよりどこか大人っぽくなった自分が見返している。
「フィー! きれい!」
遊びに来ていたアンが私を褒め、ティムはなぜかよそに隠れてしまい、
「照れちゃって。素直にきれいだって言えばいいのに!」
とミラにからかわれていた。私は鏡をまじまじと見つめてから、
「ありがとう! ミラはおしゃれの才能があるのね」
笑顔を向けると、ミラは微笑んだ。
「それじゃ、おしゃれ勝負は私の勝ち。親切勝負はあんたの勝ちで、引き分けね」
片手を差し出されるので、私もそれに応えて、引き分けの握手をした。
それから来てくれたみんなでお茶会をした。アイスティーとカップケーキ、庭のイチゴを囲んで、みんなで花を髪に挿したり、小さい子たちの作ってくれた花かんむりをかぶったりして、それは華やかな集まりになった。
そんな楽しいお茶会から数日後の夜、魔法の家はまた、私の知らないうちに音もなく動き出すのだった。
「グレタのレシピ」〜一口メモ〜
「バタフライ・ピー」:魔法使いの気分を味わいたい時は、バタフライ・ピーをお茶に出すといい。色が変わると、たいていびっくりされる。フィーも初めは驚いていたっけね。




