第九章「パーティーへようこそ!」中編
その日から、ユルが来るたびに、料理のことを話し合い、肉や魚のオイル漬けや、ピクルスなどの保存がきくものを一緒にたくさん作った。ひんやりした貯蔵庫に色々な中身の瓶がたくさん並んで、お店みたいになった。
クッキーなどの日持ちする焼き菓子や、硬いパンなども焼いていく。
「外にかまどを作るのはどうでしょう」
パン生地をこねながら、ユルが言う。
「当日に大鍋でスープか何か煮込むんです」
「それ、いいわね」
温め中のオーブンから、私は顔を上げた。
「火があったら、マシュマロを焼いたりできるものね」
「楽しみですね」
と、彼はにっこりした。
どんな料理を作るか考えつつ、会場の準備にも取りかかる。
人数分のコップや食器、クロス、テーブルやイスなど、必要なものを書き出す。
魔法の家が森の中にいる間は、リズにも相談した。
「私も当日、食べ物を持っていくわ。うちの食器や折りたたみテーブルも貸してあげる」
荷馬車で道具を運んでもらい、買い出しにも付き合ってもらった。
家が砦の近くに移動した日には、ミラに助言を求めた。
「みんなでゲームをしたらどう?」
ビンゴや伝言ゲームやジェスチャーゲーム。チーム対抗戦も面白いよ、と勝負好きな彼女はわくわくした様子で、やり方を説明してくれた。
「そうだ、当日は私がまた、フィーの髪を結ってあげるから」
と、彼女は片目をつぶってみせる。みんながそれぞれどんな格好をするかを話して、私たちは盛り上がった。
ある時は、ヒースがまた家に遊びに来て、庭を見渡し、
「小型の打ち上げ花火なら、ここでも上げられるかな?」
と、腕組みして考えていた。それから彼は、小さな冷蔵庫には入り切らない、私とユルの作った料理の数々を、魔法で凍らせて貯蔵庫に運んでくれた。
「今日は非番だから手伝いに来てやったぞ!」
と、エイデンが飛んで来て、庭の木に光る飾りをぶら下げたり、折りたたみテーブルをセッティングしたり、重いものを運んでくれた。
私が一人で頑張らなくちゃいけない気がしていたのに、みんなが手を貸してくれて、徐々にパーティーは形作られていった。
魔法の家は、その間にもあちこちに移動し、はらはらしたけれど、協力してくれるみんなの気持ちと、準備が整っていく安心感に守られるようにして、きっと大丈夫、と私も夜の眠りにつくのだった。
ところが、準備が整って、魔法の家がようやく森に戻ったのは、王国の舞踏会と同じ日だった。
せっかく一緒に準備をしたのに、これじゃ、ユルが来られない。別の日にしようかと、ハヤブサを飛ばすと、
『舞踏会は三日続きますから、私のことは気にせず、パーティーを開いてください。フィーならきっと大丈夫ですよ』
という手紙が返ってきた。
だけど、ユルだってあんなにパーティーを楽しみにしてたじゃない。ユルがいなくっちゃ……
私はそんな追加の手紙を書きかけて、手を止めた。
舞踏会のある三日の間、もしくは明日にも、家は再び移動してしまうかもしれない。そうなるといつまた森に戻ってこられるかわからない。
ユルがいなくちゃ寂しい。リズやみんなだってきっとそうだ。でもこのままパーティーが開けなくなったら? この数日、みんなでせっかく準備してきたのに?
私はしばらく部屋の中をうろうろして、ユルに書こうとした手紙を、みんなへの手紙へ変えた。パーティーを開催します! という内容で。
そうと決まったら、台所で午前中にすべき準備に取りかかる。大きな鍋で作る予定のシチューの具材を切り、薄いパンやクラッカーを用意し、上にのせるクリームを泡立てたり、トッピングをこしらえる。
イチゴを洗ってヘタを取っている時だった。家がぐわんと揺れた気がした。初めは、地震か、自分がめまいでも起こしたのかと思った。あたりが白い光に包まれて、思わず目をつぶる。
次にまぶたを開けたとき、呆然となった。すぐに窓辺に駆け寄る。庭の木々の向こうに、白い砂と青い水辺が見える。ここはどこ?
猫たちがみゃあみゃあ鳴いて、私に付きまとう。私は玄関から表に出て行って、畑と庭と木々を抜けて、その景色を見た。
海だ。白い砂浜が、右手にも、左手にも、どこまでも続き、それを取り囲むように防風林が連なり、遠くの岬の上に、ぽつりと白い灯台が建っている。青い空にカモメがふわふわと飛び、鳴き交わす下には、一面に青い海が広がる。白い波が寄せては返して、その音がひたすらにくり返し、風のゴボゴボうなる音と混ざり、世界を満たしている。
私はその場にへたりこんだ。こんな場所、今まで来たことがない。昼間、私がいる時に、家が移動したこともない。どうして、と泣きたくなってきた。
風は冷たいくらいだったけれど、太陽が出てくると、砂が眩しくてその場にいられなかった。そばに生えていたヤシの木陰にひざを抱えて座り込む。
目をつぶって三つ数えたら、海辺じゃなく、また森に戻っているかもしれない、と淡い期待を抱いたけれど、いくら試しても、目の前には海が広がっていた。
空を仰いでみても、ハヤブサの姿も見当たらない。
ため息をつき、砂浜に視線を落とすと、私のそばの砂の上を、ヤドカリが歩いていく。実物を見たのは初めてだった。
「あなたもおうちと移動しているのね。私もよ」
ぼんやりしながら、その小さい生き物に話しかける。
「どうしよう……」
ひざに顔をうずめると、暗闇に、みんなの顔や声が浮かんでくる。真っ先に浮かんだのは、ハシバミ色の瞳と見慣れた笑顔だった。
「ユル……」
ユルがいないのにパーティーを開いてしまったせい? やっぱり私一人じゃ無理だったんだろうか? 後悔と不安が押し寄せるけれど、今頃、みんなも森の中に家がなくて困っているかもしれない。
もう一度だけ魔法の家にお願いしてみよう、と顔を上げて念じかけたとき、
「……!」
「……、……?」
波の音に混じって何か聞こえてきた。家のほうがなんだかざわざわしている。ついに幻聴まで聞こえはじめたのかな、と振り返る。
家の庭にちらちらと人影が見える。一人じゃない。何人もいる。
私は立ち上がって、転びそうになりながら駆けて行った。
庭にはみんながいた。リズ、ミラ、ヘイリー、アマンダ、エイデンに、天使の子供たち、そしてヒース。
フィー! とリズが気づいて、私の手を取った。
「森に家がなくて、捜し回ってたら、いつの間にか庭にいたの」
「俺たちもだ」とエイデン。「空から家を捜したが、いくら飛び回っても見当たらねえ。ティムが屋根を見つけたと言うから」
「やねがみえたとき、いえが、ぱっ! てひかったんだ」とティムが両手を広げる。
「私も見たわ! そうしたら、ここに飛ばされてたの!」ミラが言いながら、私の後ろを見やる。「何ここ! まさか、海なの?」
ヒースが考えるように腕を組んでいる。私は尋ねる。
「もしかして、ヒースが転移魔法でみんなを連れてきてくれたの?」
「違う、こんなに大勢、俺には無理だよ!」
彼は慌てたように否定した。
「初めに俺が来た時も、確かに森に家はなかったんだ。移動したのかと、追跡装置を使おうとしたら……」
と、コンパスのようなものを取り出す。
「追跡装置?」
「ああ、ユルが、万が一の時のために貸してくれたんだ。でも一瞬、家が現れて、白い光に包まれたと思ったら、庭にいて、ここに来てたんだ」
何が何だかよくわからないけど、みんながいる。ほっとして力が抜けて、思わず涙声になる。
「よかった……。私一人で、どうしようかと思った……」
リズが私を抱き寄せて背中をさすった。
「ほら、泣かないの」
「フィー、今すぐ部屋に行って着替えないと!」
ミラも私を引っ張った。
「髪も結わなくっちゃ!」
「でもパーティーの準備がまだ途中なの」
「それは私たちに任せて」
リズが、ぽんと私の背中を押した。
「いってらっしゃい」
「よし、チビたちも手伝え!」
エイデンが小さい天使の子たちを集めた。
「かまどに火をつけるぞ! 薪を運べ!」
わーい、とティムやアンが駆け出す。
「台所、借りるよ」
ヒースが一緒に家に入ってきて、作りかけの料理の具合を見てくれる。
ヘイリーとアマンダも食器を並べてくれることになった。
私とミラは二階へ向かった。私は鏡の前に座らされながらも、あれこれ心配になってきた。
「音楽も流さないといけないし……。あ、貯蔵庫の中のどの瓶を開けたらいいか、私じゃないとわからないかも」
「はいはい、大丈夫だから、じっとして」
ミラは手際よく、私の髪を編んで、花を飾ってくれた。
「さあ! ワンピースに着替えて!」
「でも、準備で汚しちゃうかも……」
「私だって着飾って来てるのよ!」
ミラは自身の着ている淡い色のシフォンの服を手で示した。
「パーティーの主催者が普段着なんて許さないわ! エプロンはつけていいから、着替えなさい!」
「はい……」
身支度を終えて下りていくと、開け放たれた玄関から、人が行ったり来たりして、準備が整い始めていた。
「あ、ヒース! お料理どうもありがとう! 貯蔵庫の中の物、どれだかわかった?」
あ、うん…… と、大皿を運ぶ途中のヒースが、立ち止まって、
「あの、フィー…… すごく、似合ってる……」
と、どぎまぎしたように目をそらした。
「え? なんて?」
よく聞こえずに、私がきょとんとしていると、ミラがヒースの手から皿を奪って、それを通りすがりのヘイリーに渡し、
「さあ、次はあんたの番よ!」
と、ヒースを引きずるようにして二階へ連れていこうとする。
「わあ! 何なんだよ!」
「あんた、元はいいんだから、私がもっとかわいくしてあげる!」
私は、いっとき首を傾げて、あ! と思いつき、二人を追いかけていって、ヒースが男の子であることをミラに説明せねばならなかった。
庭では即席のかまどでエイデンたちがシチューを煮込んでおり、リズがピッチャーに冷やしたジュースやお茶などの飲み物を用意していた。
「フィー、かわいい!」
リズが私に気がついて、駆け寄ってきた。
「ありがとう、リズもかわいいわ」
今日のリズは赤い花模様のワンピースを着ていた。彼女はお盆にのせていたグラスを手に取り、
「みんなでいったん乾杯にしない?」
と差し出した。
そこで、めいめい、好きな飲み物をグラスについで、私が初めの挨拶と、乾杯の音頭をとることになった。
「ええと、みなさん、お越しくださり、どうもありがとうございます」
よっ! 嬢ちゃん、頑張れ! とエイデンが声援をくれて、えっと、とよけいに恥ずかしくなる。
「本日は、ご存知かもしれませんが、ユルが仕事でいません。みんなも寂しいかもしれませんが……」
リズを見やると、いいのよ、というふうに、微笑んで首を振ってくれた。
「今日、パーティーを開けたのは、ユルや、みんながたくさん手伝ってくれたからです。どうか今日は、みんなで作ったこのパーティーを心ゆくまで楽しんでください」
ひゅう! とミラが指笛を鳴らし、ヘイリーとアマンダが拍手する。
「それでは、パーティーを始めます! 乾杯!」
乾杯!とみんなでグラスを掲げたあとも、シチューの鍋の具合を交替で見なければならなかったけれど、事前に用意していたピクルスやカナッペを出し、冷凍してあった手作りアップルパイや、卵とベーコンとほうれん草のキッシュを、サクサクに温め直して切り分けた。
他にもたくさんの料理をつまみながら、私たちはお互いを紹介し合い、おしゃべりをした。
ミラたち三人とリズを引き合わせると、なぜか彼女らは、お互いを見定めるように向かい合ったままなので、沈黙に耐えきれなくなった私は、
「そういえば、リズもミラたちも、ユルのことが……」
と、共通の話題を持ち出しかけて、しまった、と口をつぐむ。
「ユルのことが、何?」
ミラに聞かれて、私はごまかすように手を振る。
「な、何でもないの」
「私は『ユルを見守る会』の会員第一号だけど?」
と、ミラが腰に手を当てて、ずいと前に出る。
「私は第二号」と、ヘイリーがその隣で同じくポーズを取り、
「私は第三号よ」と、アマンダも足を踏み出す。
「それで、あんたはユルの何?」
三人に詰め寄られて、リズはいっとき、うっとなってから、負けじと胸を張る。
「私は『ユルをこっそり愛でる会』会長のリズ! 目標は『いつかユルと自然に挨拶すること』よ!」
ミラが、少し考えるようにしたあとで、さらに前に歩み出て、手を差し出した。
「私たち、仲良くなれそうだわ」
リズも、はっとして、その手をがっちりつかむ。
「そうね!」
ええ? と私だけが疑問符を浮かべる。みんないつの間にそんな会の会員になっていたのだろう……。
そのうち出来上がったシチューは、少し鍋の底が焦げ付いたものの、具材が柔らかく煮えていて、おいしかった。
シチューを食べながら、ゲームも始めた。黒板に絵を描いて、それが何か当てるゲームでは、エイデンの絵がわかりにくいと子供たちに大不評だった。
「猫だよ! 猫! わかるだろ!」
「あしが五本もあるネコなんていないもん!」
「これはしっぽだよ!」
「どうして、くびがそんなにながいの? こわーい!」
あはは! と私たちはお腹を抱えて笑った。
それから、せっかく目の前にあるのだからと、海辺に出て遊ぶことになった。
エイデンとヒースと小さい子たちは、水際でばしゃばしゃ駆け回って鬼ごっこをしていたようだ。びしょ濡れになっていたけど、それをそのまま日なたで乾かしていた。
私はリズやミラたちと貝殻やきれいなガラスを拾った。海に来ることなんてめったにないから、みんなは家族や友達へのお土産に。私はユルのために、彼の瞳と同じような色のガラスのかけらを見つけ、日にかざして、にこりとした。
夕方、みんなで庭に戻り、砂だらけの手足を洗ったあと、クッキーとお茶と、かまどでマシュマロを焼いて、チョコレートと一緒に食べていると、いつの間にかヒースが準備していたらしい、青や赤や黄色に光り輝く花火が、空にいくつも打ち上がった。
「わー!」
「きれいねえ」
みんなの瞳も同じ色に輝いて、きらきらしていた。
「ユルのやつにも見せてやりたかったなあ」
エイデンがつぶやくので、私も、
「そうね」
と小さく返した。本当に、ユルと一緒に見たかったな、と思ったら、奥のほうから何かが込み上げてきて、私はごしごし目をこすった。
そのあと、大丈夫! と言ったのだけれど、みんなは大まかに後片付けもしてくれた。食器を台所へ運んで、洗い物をし、テーブルを折りたたみ、かまどの後始末をする。
問題は、どうやってみんなが帰るかだ、と、私はそれがだんだん気になってきて、同じお皿を何度も洗ってしまい、リズに心配された。
私がお皿を、布巾を持ったヒースに渡したとき、予期せず、またあの感覚がやってきた。
「なんだ?」
とヒースもあたりを見渡し、リズがちょっと悲鳴をあげた。白い光に包まれる。
再び目が開けられるようになって、私たちは庭に出ていった。
「移動したのか?」
エイデンがかまどのそばで子供たちを守るように翼を広げたまま、きょろきょろした。
魔法の家は森の中へ戻っていた。パーティーはここでお開きとなった。
「楽しかったわ!」
リズは荷馬車に乗って手を振り、家路についた。
天使の小さい子たちが、遊び疲れたらしく、眠そうに目をこすり始めたため、エイデンはペガサスを呼んだ。
「ユルに怒られちまったからな」
と、彼は子供たちを乗せ、自分もしっかりまたがった。
「今日はありがとうな!」
「フィー、またね!」
エイデンとミラたちも空へと飛び立った。
最後に残ったヒースが、
「そういえばこれ」
と、ポケットをごそごそして、コンパスのようなものを取り出す。
「この追跡装置、ユルが来たら、返しておいてくれないか」
「これ、何なの?」
「ユルがいつも使ってるのの予備だって。今回、事前に渡されてたんだよ。もし家が移動したら、フィーが困るといけないから、これで追いかけてほしいって」
じゃあ、またな、今日はありがとう! と、ヒースも転移魔法で去っていった。




