第九章「パーティーへようこそ!」後編
私は手の中のコンパスを眺める。ユルったら、やっぱり先回りして心配してたのね、と、少し笑ったあと、一緒にパーティーがしたかったなあ、としんみりする。
だけど、今日は本当に楽しかった。私は家のほうへ戻り、玄関の扉に手を置いて、目を閉じた。
(魔法の家、聞こえてる? 今日はどうもありがとう。みんなを連れてきてくれて……)
感謝の気持ちが届くといいな、と思っていたら、まるでそれに答えるように、みしりと家のきしむ音がした。
目を開けた。空気がさっきと違う。波の音、潮の香り……、あれ? また海辺に戻ってきてしまったみたい。私は苦笑する。魔法の家はよほど海が気に入ったらしい。
もう日が沈んで、あたりは薄暗い。水平線がうっすらオレンジ色と紫色をしている。
ふと、庭の向こうの海が仄白く光っているように見えて、私は不思議に思い、浜辺へ歩いていった。
わあ! と声を上げる。波打ち際が幻想的に青白く光っている。まるで魔法みたい。
「フィー!」
波と風の音に紛れて、私を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、息を切らした天使が、翼を折りたたむところだった。
私の胸には、ぱっと明るい気持ちと同時に、ほっとするような気持ちが込み上げてきた。
「ユル!」
私たちはお互いに駆け寄った。
「パーティーは、無事にできましたか?」
息を落ち着けながら、ユルが尋ねる。
「できたわ! みんなが手伝ってくれたの! 家がこの通り、海に移動しちゃってね……」
「フィー」ユルが眩しそうに目を細めて微笑む。「きれいですね」
私は、ああ! と海へ振り返り、
「ね! これ、すごくきれいよね! なぜ光っているのかしら? 海はいつも光るものなの?」
と問いかけるが、
「フィーのことですよ」
相手が笑って訂正するので、えっ、と私は向き直り、自分の格好を見下ろしてどぎまぎする。そして気がつく。
「ユルも、今日はなんだか、いつもと違うのね」
騎士の正装なのだろう。服の布地や形のせいか、いつもより、きちんとして見える。
「警備の仕事が終わってから、そのまま急いで来たので」
彼はそう言って微笑んだ。
「パーティーがうまくいって、よかったです。みんな喜んでいましたか?」
私は、束の間、黙ってユルの顔を見た。パーティーを開くよう勧めてくれて、一緒に計画を立てて、料理を作って、この日を楽しみに待っていた人だ。
「まだよ」
と、私はつぶやいた。そして、ユルの手を引っ張って、庭へ走った。
「パーティーはまだ終わってないの!」
振り返って笑うと、ユルは驚いた顔をしていた。でも、走っているうちに、彼も、ふふっと笑い出した。
折りたたみのテーブルと、イスを二つ、海辺に運び、ランタンと飲み物と、残り物だけれど、シチューやパンも並べる。音楽も流して、乾杯し、小さな二度目のパーティーが始まった。
私は、今日一日のことを、初めから話した。ユルは相槌を打ち、耳を傾けてくれた。海辺で拾ったガラスを渡すと、とても喜んでくれて、しばらくランタンの光に透かして眺めたあと、ハンカチに包んで大事そうにしまっていた。
ユルの舞踏会での話も聞いた。飴細工の花が見事すぎて、蝶々が間違って飛んできたとか、あるご婦人のドレスにあまりにたくさんのビーズが縫い付けてあり、彼女が歩いたあとに、それらが目印みたいにぽろぽろ落ちていたとか、嘘みたいな出来事に、私は、ええ! と、目を見張ったり、笑ったりした。
「さて、ユルに問題です。今日のパーティーの最優秀賞は何でしょう」
ひとしきり話したあとで、私は少し身を乗り出した。ユルは冗談を聞いたみたいに笑う。
「最優秀賞ですか?」
私は人差し指を立てる。
「一番すてきで、楽しくて、嬉しかったことよ」
「何でしょう……、髪をきれいに結ってもらったことですか?」
「それも嬉しかったけど、一番じゃないわ」
「ヒースの花火ですか? ……あ、まさかエイデンのおかしな絵じゃないでしょうね」
ふふっと私は笑った。
「違うわ。……正解は、ユルが来てくれたことよ!」
ユルは一瞬、丸い目をして、ちょっと下を向いて笑顔になった。
「光栄です。ありがとうございます。でも、どうしてですか?」
「私ね、家が海辺に来ちゃったときも、パーティーで楽しかったときも、ずっと、ユルがここにいたらなって考えてた。だから、ユルの姿が見えたとき、本当にうれしかったの」
彼は笑顔のまま、また少しうつむいてから、
「なんだか…… くすぐったいですね」
と、はにかんだように向き直った。私は彼に拍手をした。
「最優秀賞受賞おめでとう!」
「受賞したら、何かもらえるんですか?」
「そうね、ユルは何がほしい?」
ユルはしばらく私の顔を見てから、にっこりし、立ち上がった。
「フィーとここで一曲、踊る権利をください」
と、お辞儀をして手を差し出す。私も微笑んで、その手を取った。
「いいわ」
波の音の間に音楽はとぎれとぎれで、砂に足をとられもしたけれど、青白く光る波打ち際で、私たちはくるくると踊って笑った。大事なのは上手くやることより、楽しむことだって、もうわかっていたから。
そんな私たちを月が見守り、星々はたくさんの拍手をくれるように瞬いていた。
「グレタのレシピ」〜一口メモ〜
「パーティー料理」:大勢で食べられる料理をいくつか載せておくよ。パーティーなんてあたしは絶対にごめんだけど、フィーは開きたいかもしれないからね。あの子のことはあんたにまかせたよ、ユル。よろしくお願いね。
グレタより
〜おわり〜




