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喬介編「エピソード・オブ・エルグランド Part③」

 闇の騎士ベイオスが殉職した。

 城内を震撼させた悲劇から一夜明け、喬介をはじめとする各魔騎士隊の隊長たちは、早朝から謁見の間へ集められていた。

 その眼前にある豪華絢爛な玉座に鎮座しているのは、世界最強の魔術士と謳われる女王アーシェラだ。

 彼女は昨日の戦闘で重傷を負ってしまっていたが、城の医療術士たちによる法術のおかげで無事回復へと至っている。


「皆の者、早朝より集まってくれたこと、礼を言う」


 開口一番、アーシェラ女王が言葉を発する。

 それに応じるように、隊長たちは一斉に右腕を胸の前に当て、敬礼の姿勢を取った。

 ただひとり——喬介を除いて。


「てめぇっ、アーシェラ様の前でなんだその態度は!」


 真っ先に声を荒らげたのは、火の騎士隊長レイズベルク・アテンザ。

 彼は“炎熱の獅子騎士”の通り名を持つ。紅き鎧を身に纏い、揺らぐ炎を思わせる赤いメッシュ入りの金髪ショートヘアが特徴だ。

 25歳という若さで隊長を務める、火の名に恥じぬ熱血漢である。


「お前こそ落ち着け。女王の御前だ」


 冷たい言葉を返してきたのは、氷の騎士隊長ヨルム・インプレッサ。

 彼は“氷華の狼騎士”という通り名で知られている。青い鎧を纏い、凍てつく吹雪を思わせる蒼氷の長髪をなびかせていた。

 一方のヨルムはレイズと同い年ながら、対照的に冷徹なクールガイとして知れ渡っている。

 そのため、レイズが睨み返し、相容れぬ性格が衝突しようとしていた。


「あなたたちが絡むと、また面倒なことになりそうだから、静かにしてもらえるかしら」


 呆れた吐息とともに、冷や水を浴びせるような言葉を投げたのは、水の騎士隊長シーマ・ハウラウト。

 ”水憐のイルカ騎士”と称される彼女は、水鏡のような澄んだ静けさを放ち、口数も少なく常に落ち着いている。

 ライトブルーの軽装鎧に身を包み、水色と青のグラデーションを帯びたロングヘアーをなびかせている。その髪は、なだらかな清流を思わせた。


「そうだな。言いたいこともわかるが、ここはひとまず口を挟まないでくれるか」


 アーシェラの一言に、張り詰めた糸のような緊張感が走る。

 レイズとヨルムはわずかに萎縮した様子を見せたが、すぐに何事もなかったかのように姿勢を正した。


「女王様に諭されちゃあ世話ねぇなぁ、まったく」

「そうやって無駄口を挟むあなたも、同類なんじゃないかしら」


 嘲笑いとも取れる、緩んだ表情で火と氷を眺めていたのは、地の騎士隊長ブラディ・ビッグホーン。

 ”豪震の猪騎士”の通り名を持ち、鈍色の重鎧で固めた茶色い短髪のお調子者キャラだ。

 そんな軽率者の隣から、小声で呟くのは風の騎士隊長ティアナ・クロスランサー。

 通り名は“疾風の隼騎士”。翡翠色の軽装鎧をまとい、滑らかで煌びやかな長い黒髪を持つ美女だ。

 城の宮廷学者も兼任する彼女は、魔騎士隊の中で最も多忙な日々に追われている。


(もう……ただでさえ女王様の前で緊張するのに、みんな好き勝手やって、勘弁してよ……)


 その傍。心の中で呟き、もじもじと体を震わせているのは、雷の騎士隊長ヴァーソ・プレシストーン。

 藤色に輝く軽装鎧を身に着け、バイオレットヘアの端整な顔立ちである青年だ。

 ”絶雷の麒麟騎士”という通り名を持ちながらも、本人は物怖じしながら常に周りの顔色を窺う小心者で知られている。

 その背後で、己の気配を消すように佇むひとりの少女は、深緑の軽装鎧を纏う木の騎士隊長ルキノ・リルタスタ。

 ”悠然のむささび騎士”の通り名で称される彼女は、鎧と同色のボブカットに、どこか影のあるアンバー色の瞳が特徴だ。

 その目はじっとアーシェラ女王に向けられており、どうやら周りの隊長らの言動には興味がない様子。


「アーシェラ様、私たちをここへ招集させた理由を、是非お聞かせいただきたく」


 物腰の低い、おっとりとした口調が、隊長たちの集まる中心あたりから聞こえてきた。

 その声の持ち主は、光の騎士隊長マイア・プルームス。

 彼女は“極光の天馬騎士”と称されている。純白と桜色の鎧は神聖な印象を放ち、ブロンドのツイン縦ロールヘアが静かに揺れていた。

 落ち着いた様子と大人びた雰囲気、そして立ち位置から察するに、全隊長のリーダー的存在にも見える。しかし実際には、彼女は隊長たちの中でも最年少にあたる。


「あぁ。早速だが、昨日の出来事をまとめる」


 女王の言葉に空気が締まり、辺りに緊張が走る。

 まずは、闇の騎士隊長ベイオスの死。これは苦楽をともにしてきた他の騎士隊長らが最も胸を痛める事実だ。

 アーシェラは彼の功績を讃え、静かに哀悼の意を述べる。喬介もまた、手にしていたベイオスの剣へ目を落とした。

 次いで語られるのは、ベイオスを死に追いやった根源。

 そのものの正体——


「私もにわかには信じられなかったが、あれは魔族」


 女王の言葉が、謁見の間に重く響き渡る。

 レイズ、ブラディ、ヴァーソは驚愕。

 ヨルム、シーマ、ルキノ、マイアは、平静を装ってはいるものの、頬に一粒の汗を垂らしている。

 ティアナは、何かに納得し、表情を確信へと変えていた。


「どうやらティアナは、あれが魔族であると予測していたようだな」

「はい。闇の騎士隊長ベイオスが敗北するほどのもの。その姿を見た者への聞き取り調査をもとに、そう断定しました」

「さすがだ。しかるに、その魔族を仕留めた者が、ここにいる」


 周囲が騒めく。

 そして自然と視線が喬介へと集まってくる。


「喬介、と言ったな。あなたは、この世界の人間ではない、と」

「あぁ。そうだ」


 アーシェラより話を振られてもなお、喬介の態度は一貫したまま。女王への敬意など感じられない。

 その様子に、レイズは凄まじい形相で彼を睨んでいるが、必死に堪えている。


「ただ——」


 今度は喬介から口を開く。

 一斉に耳を傾ける——静寂。


「俺がこの世界へ来た理由。その意味を示すものがある」

「……意味を示すもの、それは?」


 喬介は語る。

 昨日、自身が倒した魔族ヴェロッサは、死に際にこう放っていったという。

 "我が消えても、魔族を崇拝する者の手によって、プリウスの魔石が集められ、クリスタルより魔族は復活を遂げるだろう"

 その言葉が、聞いた者に重くのしかかる。


「プリウスの魔石って——」

「石には膨大な魔力が備わっていて、手にしたものは、絶大な力を得られる」


 レイズの発言に、淡々とした口調で返すシーマ。

 彼女の言葉の通り、プリウスの魔石についてある程度の知識がある者は、たいていそう解釈している。


「しかし、本当にこの世界に存在するのかも怪しいと聞いている」

「ええ。そのような不確かなものが魔族復活の鍵だなんて……」


 今度はヨルムが疑問を投げると、マイアがそれに続いた。

 皆が首を傾げる中、ティアナがひとつの情報を提示してくる。


「確か……以前私が魔術研究所で、とある研究者リストに目を通している時だったわ」


 一呼吸置き、ティアナは言葉を続けた。


「長年プリウスの魔石に関する研究をしている魔術士がいて、その者についての記述に目が留まったのだけれど、おかしなことに、居住地や研究内容が一切記録に残っていなかったの」


 アーシェラを含め、他の騎士隊長たちが一斉に反応を示した。


「なんだそれ、怪しすぎるだろ」


 怪訝な顔をしたレイズが、鼻を鳴らした。


「だが、今この場で得られる情報源としては、有力だな」

「だったら、行くしかねぇんじゃないか?」


 ヨルムが低い声で続けると、両腕を首根にかけながらブラディが促す。


「貴方たち、私語が過ぎるわ。ここをどこだと思っているの?」


 シーマの突き刺すような一言で、再び空気が張り詰め、一時の静寂が訪れる。

 畏怖の視線がアーシェラへ集まる。女王は静かに目を閉じていた。

 一拍置いた後、アーシェラはゆっくりと瞼を上げて、こう言った。


「各騎士隊長に命じる。その研究者の居所を突き止め、直ちに現地へ向かいなさい」


 一同が困惑の色を示す。


「俺たち全員で、ですか? そこまでする必要が——」

「今はまだ前兆にすぎない。だがこれはいずれ、全世界を揺るがす大きな問題に発展する」


 アーシェラは、レイズの異論とも取れる発言を静かに封じた。

 その言葉は、この場にいる全員を震撼させるには十分なものであった。


「そんな……まさか」


 辺りにざわつきが広がる。


「喬介、貴方も今回の任務に同行しなさい」


 アーシェラからの、誰もが予想だにしなかった言葉に、空気が張り詰める。


「…………」


 無言。同意とも反対とも取れぬ喬介の目。


「貴方はすでに、この件の当事者だ。異論は認めない」


 女王の声は厳しくも柔らかい。だが、そこに宿る意志は揺るがなかった。


「あぁ。わかっている」


 喬介は短く答える。

 ただ、剣の柄を握るその手には、しっかりと力が込められていた。


 件の魔術士の居所についての調査は、さほど難航することなく進んだ。ここ、魔術大国エルグランドの情報網を駆使すれば造作もない。

 出発の待ち合わせは城門前。

 喬介は、エルグランド城で用意された漆黒の戦闘服に着替え、待ち合わせ場所へ向かった。

 途中、城の1階ホールにて、誰かと肩がぶつかり合う。


「ごめんなさぁい。ちょっとボーッとしていたみたいでぇ」

「いや、すまない。こっちも少し急いでいた」


 相手は女性だった。

 喬介は軽く謝意を示した。だが歩調を狂わせるような、不協和音にも似る間延びした口調に、わずかながらの怪訝な顔を作ってしまう。

 彼女の名はシルフィ・ティンバーレイク。艶やかなマスカット色のロングヘアと、色気漂う容姿を持つ女性だ。しかし、口を開けばどこか残念な印象を与えるため、城内でもよく知られていた。


「あらぁ? 見たことない顔だけど、カッコいいお方。もしかしてぇ、あなたが噂のぉ?」

「あぁ。喬介だ」

「よろしくねぇ。喬介ちゃん」

(ちゃん……)


 喬介は柄にもなく、額に汗を滲ませる。


「……よろしく。人を待たせているから、これで」

「はぁ〜い。レイズちゃんたちにも、よろしくぅ」


 にこやかに手を振るシルフィを尻目に、喬介は足早にその場を去った。

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