喬介編「エピソード・オブ・エルグランド Part④」
城門前ではすでに、魔騎士隊長ら全員が顔を揃えていた。
「遅かったな、喬介」
レイズが待ち侘びたという顔で迎える。
「城で変な女と会った」
「変な女? あぁ、シルフィか。めんどくせえ奴に遭遇しちまったな」
ブラディが揶揄い混じりのにやついた顔で応えた。
"変な女"というフレーズで、すぐに名を言い当てたところから、やはり彼女は有名なようだ。
一行は目的の場所へと向かう。
王都の外れ。東へ2刻ほど歩いた先にある森の中。到着するや否や、朽ちかけた石造りの小さな塔を発見する。
「ここか」
レイズの言葉と同時に、塔への注目が集まる。
喬介は静かに眼を光らせていた。
「怪しさぷんぷんだぜ。どれどれ、その魔術士さんとご対面といきますか」
言いながらブラディが、そそくさと入口の扉に手を掛けようとする——
「おやおや……これはまた、随分と物騒なお客様だ」
突然、中から扉が開かれ、白髪の男が顔を覗かせて不気味に笑う。
しかしその目は、どこか濁っていた。
「プリウスの魔石について、知っていることを話せ」
警戒心は払いつつも、ヨルムは単刀直入に投げた。
「ふふ……もちろん」
ところが男は、微かに口角を上げてあっさりと頷く。
「とある遺跡に、石板があるのですよ。そこに、魔石に関する記述が——」
「場所は?」
何の疑いもせず流暢に話す男に対し、ティアナが淡々とした表情を見せた。
「ここから北東、山脈の麓です」
躊躇いが一切感じない。あまりにスムーズな回答。
その場の誰もが、あからさまに違和感を覚えていた。
(……妙だな)
喬介は黙ったまま、男を見つめている。だが先ほどから全く視線が合わない。
言葉は流暢だが、どこか用意されたもののような意が感じる。
「……少し、話ができすぎていますね」
マイアが神妙な面持ちで小さく呟いた。
「けど、行くしかないだろ」
「……そうね」
レイズが姿勢を正し、一歩前へ進み出すと、シーマも静かに同意した。
遺跡には、先の場所から間も無くして到着した。
風の谷から始まり、エルグランド領を横断するように連なる山脈。その東端に位置する麓。そこに崩れかけた石の構造物があった。
風が抜けるたび、低い唸り声のような音が響く。
「……ここが、例の遺跡ってやつか。なんとも粋な雰囲気で」
ブラディが締まりのない表情で周囲を見回す。
「なにが起こるかわからない。警戒を怠るな」
ヨルムが武器に手を添えながら、注意喚起を促す。
その時だった。
喬介の胸の奥で、何かがざわついた。
「……っ」
彼の持つ剣、蛇剣ヴァイパーブレイドが、微かに震える。それと同時に、黒い闘気が揺らめいた。
「どうした?」
気づいたヨルムが問う。
「いや……なんでもない」
「…………」
その喬介の様子に、ティアナが黙して目を細めていた。
遺跡の奥に到達。
そこには一際目につく台座。老魔術士の話の通り、石板と思しきものが置かれていた。
「これが……」
ブラディが石板に近づいた、その瞬間。
——空気が裂けた。
方々の崖から影が飛び出す。黒いローブに身を包んだ集団。その数、およそ30。
「来るぞっ!」
レイズが叫ぶ。それが戦闘の合図となった。
一斉に取り出すは、魔騎士隊の象徴である武器、アストラルウェポン。即座に迎撃態勢の布陣が完成される。
「あなたたち、暴れてもいいけど、この歴史的建造物を壊すことは許されないわよ」
「はあ? んなこと今ここで言うか!」
開幕ティアナからの無茶な要求に困惑しながらも、レイズは炎の鞭ヴェルファイアビュートをしならせ、熱波を巻き起こす。
炎がくねくねと軌跡を描き、飛びかかってきた敵を包み込むと、5人纏めて焼き払った。
「ふっ」
吐いた息とともに、ヨルムが右手の指に挟んだ4本のナイフを同時に投げる。
武器の名はグランツァシーブス。宙を滑空するそれは、氷を纏いて対象の4人に刺さると、そこから冷気が走り、刹那に凍結させた。
「水よ、舞いなさい」
続いてシーマが踊り出す。
両手に携えた扇の刃、フロンクスエッジが舞うと、彼女の周囲から清流が巻き起こる。
水が集い、龍を模って顕現。それが目の前の敵4人を呑み込んだ。
「おらおらっ! ガードがガラ空きだぜぇっ」
高らかな声で、大槌を振りかぶって構えるブラディ。
彼の持つコムネッドタイタンが降ろされると、5人を捕捉。地割れを起こしながら叩き潰した。
(げっ、遺跡の床を壊しちまった。ティアナに叱られる……)
もはや時すでに遅し。
その状況を見ていたティアナは、表情を歪ませていた。だがすぐさま体勢を整え、自身に迫る敵を迎え撃つ。
死角である頭上からの攻撃。臆することなく、手にする細剣セイラウインダムを構えて引き絞ると、それを天へ突き出す。
途端、旋風が巻き起こり、対象の3人を吹き飛ばした。
「く、来るなっ!」
ヴァーソは狼狽えながら後退りする。その様子にわずかながらの違和感を覚えるも、構わず黒のローブ4人は攻撃を仕掛けた。
その時、ヴァーソの体に電気が走る。その衝撃で闘志を呼び起こし豹変。
次の瞬間——姿が消えた。
走る一閃の煌めきと、唸る霹靂。刹那、黒の4人の体を雷光が貫いていた。
「だから来るなって言ったでしょ。僕は殺しが嫌いなんだ」
まるで別人のように、低く冷徹な声で、ヴァーソは肩の力を落とす。
その両手には、電撃をまとう鉤爪、キャブライトファングが脈々と輝きを放っていた。
「来るのでしたら、容赦はしません」
迫り来る黒の3人を見据え、マイアは盾を前に構える。
―満ち猛し燃ゆる炎よ、空を裂いて彼を貫け―
「火炎弾!」
「魔術ですって!?」
相手は突如と火の術を放ってきた。
だがそれは、盾に触れた途端、マイアの身体を避けるようにして放射状に拡散される。
「あなたたち、ただの賊ではなさそうですね」
そう言いながら、もう片方の手に持つ槍、クラドセフィーロを天へ掲げる。その瞬間、矛先から光の帯が噴き出し、3人を包み込む。
白き燐光の先。敵は光の彼方へ消えていた。
戦いが繰り広げられている中、柱の陰から覗く殺意。黒ローブの1人が、魔騎士の誰かへ不意打ちを企んでいた。
「……ねぇ、そこでなにしてるの?」
突然背後から漂う声。
気づいた時すでに、首元へ刃が添えられていた。
「不意打ちなんて卑怯なマネ、やっていいのは——ワタシだけなの」
黒は動くことさえできない。耳元で囁かれる、低く冷たい少女の声。
その主であるルキノは、黒を捉えている大鎌メルファサイスから、複数の蔦を生み出す。
たちまちに蔦が触手のように黒の首に纏わりつき、息を封じる。
直後、肉と骨の軋む音が辺りに響いた。
圧倒的だった。
敵は数こそ多いが、エルグランドが誇る精鋭、魔騎士隊長の力の前では無力に等しい。
だが——
「……?」
喬介が反応する。
魔騎士隊長らの激しい攻撃を潜り抜けた、黒ローブの1人が迫る。
「喬介、下がれ!」
レイズの声が響く。だが喬介は、動かなかった。
体の奥底から、闘気が、勝手に溢れる。あの時、魔族を倒した時と同じ感覚。
次の瞬間、黒い蛇が形を成した。そして喬介は咆哮する。
「ヴァイパーソウル!」
「——っ!?」
闇を帯びた蛇が、敵へと襲いかかる。
触れた瞬間、敵の動きが止まった。
「か、体が……」
黒のローブは、呼吸すらままならないほどに苦しみ、体を硬直させて微動だにできずにいる。
「麻痺。神経毒……か」
ヨルムがその症状から読み取り、喬介が放った攻撃の正体を呟いた。
「その力……」
ティアナが喬介を見る。何かを分析しているようだ。
「おの、れ。その、剣は……竜の——」
黒のローブは、毒に耐えきれず、言葉を言い終える前に気絶した。
半刻後。
黒のローブは、気付によって目を覚ます。
生き残っているのはこの者のみ。それをブラディが押さえつけていた。
「吐け。誰の差し金だ?」
ヨルムが殺意を消さぬまま、冷たく問う。
ところが男は息を吐くように笑うだけ。
「我らは……崇拝なる……」
そう言い残すと、突然力を失い、崩れた。
「……自害、したわね」
シーマが静かに視線を落とした。
情報の収穫なし。辺りに一時の沈黙が支配した。
「でも……わかったこともあるわ」
ティアナが石板を見つめながら息を吐く。
「プリウスの魔石は……4つ存在する」
その言葉に、空気が変わった。




