喬介編「エピソード・オブ・エルグランド Part②」
しばし時が流れ、アーシェラが撤退してから半刻ほど。
激しい戦闘が繰り広げられていたディンゴの丘に、複数の部隊が到着していた。
現場の傍らには、ひと振りの大剣が突き立っている。漆黒に紫の光を宿した、重厚な刃。
魔騎士隊の中でも最強と謳われていた男の剣だ。だが、かつての主の姿は、もうない。
「……遅かったです」
柔らかな声が、空気を揺らした。
光の騎士、ホーリーナイト小隊長である少女、マイア・プルームスは、静かに膝をつく。
その手が、剣に触れる直前で止まった。
「守れませんでした……」
瞳に涙をためながら出たその言葉に、誰も返すことができない。
「ふざけんなよ」
熱を帯びた低く、震えた声。
火の騎士、ブレイズナイト小隊長のレイズベルク・アテンザが、拳を強く握りしめる。
「誰だ、誰がやったんだよ!!」
顔をひきつらせたレイズの中で、込み上げてきた怒りが爆ぜる。
地面を強く踏み、今にも暴れだしそうな勢いだった。
「落ち着け!」
冷ややかな声が、それを制する。
氷の騎士、アイシクルナイト小隊長のヨルム・インプレッサは、剣の周囲に視線を走らせていた。
「この戦いの痕跡……ただのモンスター相手の戦闘ではない」
「なんだと?」
「アーシェラ様は戦闘で重症を負われたそうだが……」
ヨルムは考えを巡らせ、言葉を選ぶ。
「相手を倒したのは、別の誰かだ」
「……まずは、状況を整理しましょうか」
あごの下をさすりながら詮索するヨルムに、穏やかに口を開いたのは、水の騎士、フラッドナイト小隊長であるシーマ・ハウラウト。
彼女は曇りのある表情を作りながらも、落ち着いた様子で見据えている。
「感情に任せては、見えるものも見えなくなる」
シーマの言葉は、場の熱をわずかに沈めた。
「……あり得ないわ。彼が敗れる条件は、極めて限定される」
風の騎士、ストームナイト小隊長のティアナ・クロスランサーが、己の知識と分析能力を巡らせては、静かに呟く。
「闇の力の不制御……もしくは、それ以上の存在——」
残された剣と、周囲の状況を見つめるその瞳は、何かを捉えたかのような鋭さを見せていた。
「あの人が、負けたとか。冗談だろ……」
地の騎士、フェルスナイト小隊長のブラディ・ビッグホーン。
お調子者で普段はムードメーカー的な存在の彼も、疑念渦巻く現実に力なく笑う。
誰もが、理解していた。あり得ないことが起きたのだと。
「…………」
雷の騎士、サンダーナイト小隊長のヴァーソ・ブレシストーンは、言葉を発せぬまま不可解な状況に表情を沈ませ、微かな体の震えを抑えている。
するとそこへ、丘の傍らにある小さな森の陰から、ひとりの男が姿を現した。
「——誰だっ!?」
レイズの言葉と共に、全員の視線が一点に集まる。
見知らぬ服装に、見慣れぬ気配——喬介だ。
彼は、剣を一旦突き立てておいたまま、周辺の探索をしていたようだ。
先ほどとは違う、騎士たちが大挙する場面にも関わらず、表情を一切変えず淡々と歩きだす。
そしてベイオスの大剣のもとへ近づくなり、その柄を握りしめて地面から抜き取った。
「なっ? お前、その剣をっ——」
レイズの目が、大きく見開かれる。
その場の空気が一瞬で変わった。
「動くな」
ヨルムが地を蹴り、即座に距離を詰める。
冷たい刃のような視線とともに、手にした凍てつくナイフを喬介の首元に突きつけた。
彼は一瞬眉をピクリと動かすが、物怖じしている様子はない。
「お前たちが戦う相手だったであろう者は、この剣で俺が倒した」
「は……?」
喬介の静かな言葉に、一同が困惑する。
「ウソをつくな! あのベイオスやアーシェラ様ですら倒せなかった相手だぞ」
レイズが拳を握りしめ、声をあげる。
「なぜ、その剣を貴様が使えた?」
「知らんな」
ヨルムの冷徹な低い声が、喬介の耳元に刺さる。
しかし対する喬介は、一貫した態度を崩すことなく淡泊に答えた。
「ふざけるな!!」
レイズの顔が歪み、咄嗟に踏み込んだ。
「その剣はあの人のもんだ!!」
炎を纏った鞭、彼の持つアストラルウェポンである、炎髭ヴェルファイアビュートが唸る。
「本当はてめぇが殺して奪ったんだろ!!」
「待って!」
シーマの声が割って入る。
だが、間に合わない。炎舞の一閃が振り下ろされる。
その瞬間——
喬介の握る剣が脈動し、濃紫の光が彼の周囲に広がった。
不可解な状況に、ナイフを突きつけていたヨルムも、半ば慌てながらも距離を取る。
濃紫が喬介の体を覆うようにして立ち込めては、剣の中に収束していく。
刹那、蛇を模ったオーラが炎の一閃を弾き返した。
「っ!?」
「ベイオスの剣の、闇の力をコントロールして、いる?」
レイズが驚愕すると同時に、ティアナが目を見開き呟いた。
「その剣は、あのベイオスさんでさえ、長年の修行を経てやっとの思いで使えた代物だぞ」
ブラディが、恐ろしいものを見るような顔をしながら語る。
「きみ……何者?」
これまで、影を潜めるかのように静かだった、木の騎士、ワイルドナイト小隊長のルキノ・リルタスタが口を開く。
不気味な雰囲気を醸し出しながら、喬介に忍び寄るようにして問い詰めてきた。
「さあな。ただ、ひとつ答えられるとすれば、俺はこの世界の人間ではない。と言うことだ」
そんなルキノの行動にも動揺ひとつ見せずにいる。
周囲からは、警戒どころか、殺意とも取れる意思が漂っていた。
その時だ——
「……あなたは」
マイアが、ゆっくりと立ち上がると、そのまま喬介の前へと歩み寄る。
「本当に、それを奪ったのですか?」
純粋でまっすぐな問い。
責めるでもなく、信じるでもない、曇りなき眼が喬介を見据えている。
喬介は何を思ったか、マイアの言葉に耳を傾けては、彼女を流し目で見つめながらも、一切逸らすことはなかった。
「違う」
ただ、それだけを言う。
一時の静寂が通り過ぎた。
「……嘘は、言っていないようですね」
マイアは何かを理解したように、そっと微笑んだ。
「なんだと!?」
レイズが納得できない様子で食ってかかる。
「そんな簡単に——」
「でしたら」
彼女は静かに言葉を継いだ。
「証明していただきましょう」
「証明……?」
「その剣に、選ばれた理由を」
マイアの先を見据えたような言葉に、場の空気が変わる。
「……面白い」
ヨルムが瞼を落として口元を伸ばした。
「試す価値は、あるわね」
続けてシーマも、少し表情を緩める。
「まぁ……いきなり殺しちまうってのも、後味悪いしな」
ブラディが歯を見せながらニヤリと笑い、肩をすくめた。
「私は、観察を続けるわ」
ティアナは訝しげな表情を変えないまま、静かに言う。
「うん。僕も……ちゃんと、見てる」
ヴァーソは、小さな声で頷いた。
ルキノだけが、隣でじっと喬介を見つめている。
「……逃げないでね」
低く霞んだ声で、そう小さく呟いた。
喬介は、その視線にわずかながらの寒気を覚える。
もっとも、それは恐怖からではなく、彼女の不気味さゆえであった。
こうして、魔騎士隊一行はエルグランド城へ帰還する。
喬介もそれに同行する旨を了承した。
ふと、喬介は剣に視線を移し、強く握り直す。
(そうか、名は、蛇剣ヴァイパーブレイド……)
剣自身と会話を交わしたかはわからない。
だが喬介はそう独白すると、何かを悟ったような精悍な顔つきで、剣を肩に担ぐ。
ゆっくりと、魔騎士隊についていくように歩みを進めた。
その一歩が、すべての始まりだと、今は知るよしもなかった。




