喬介編「エピソード・オブ・エルグランド Part①」
ゲートクリスタルは、表と裏、2つの世界を繋ぐ存在とされている。
そしてある日、現代社会に暮らす4人を異世界へと転送した。
裏の世界はミドラディアスという名の地で、表の世界とは文化や文明など様々なものが異なっていた。
転送された4人のうち、陸徒、空也、波美はアルファード王国で目覚める。
そこで彼らは、王女シェリルと老賢者クレスタに出会った。
彼らは自分たちの世界へ戻るために、プリウスの魔石を探し求めて冒険へと旅立つ。
一方、陸徒たちとは異なる地へと飛ばされてしまった者がひとり。
波美の兄である喬介は、アルファードの隣国であるエルグランドへと降り立つ。
そこでもまた、陸徒たちの知られざる物語が繰り広げられていた。
「アーシェラ女王、緊急のご報告がございます!」
ところはエルグランド城の謁見の間。
女王アーシェラが鎮座する玉座のもとへ、慌ただしい一報が届く。
「騒々しいな。何事だ」
「はっ。恐れながら女王、ここより北東にあるディンゴの丘にて、突如正体不明のモンスターが現れたとの報告が入りました」
「正体不明のモンスターか……出撃可能な魔騎士隊はいるか?」
「エリシオンでの騎士団会議から、先行で帰着していたダークナイト小隊へ指示。即刻向かわせました」
魔騎士隊とは、魔術大国エルグランドが誇る特殊部隊だ。
その名の通り、魔術の特性を活かして戦う騎士たちで構成されている。
魔術には9つの属性があり、それぞれの属性に即した部隊が存在する。
今回挙げられたダークナイト小隊とは、闇の属性に特化した部隊だ。
「了解した。私もこれから現場へ向かう。早馬の用意を! それと準備が整い次第、随時他の魔騎士隊も出動させなさい」
「えっ、女王自ら、でございますか!?」
「……なんだか、妙な胸騒ぎがする」
アーシェラは、玉座から立ち上がっては神妙な面持ちへと変え、己の魔術書デボネアを手に取った。
先遣のダークナイト小隊は、ディンゴの丘へと到着する。
部隊は隊長を含めて10人。
彼らの装備はどれも闇の属性を思わせるもので、黒で統一された外見からもその特性が見て取れた。
「ベイオス隊長、ここが報告を受けた場所で、よかったですよね?」
「あぁ。間違いないはずだ」
男の名は、ベイオス・ディアマンテ。
ダークナイト小隊の隊長であり、宵闇の豹騎士と称される人物だ。
年の頃は30代半ば。黒の短髪に無精髭という風貌だが、性格は真面目で、誰に対しても分け隔てなく接する人格者である。
漆黒の鎧に身をまとい、肩には蛇の紋様が入った意匠である、濃紫色の大剣を担がせている。
部下に声を掛けられ、周辺を見渡して確認するベイオス。
しかし報告を受けた内容とは裏腹に、特に異常は見られない。
「なにも、無いですね」
「正体不明のモンスターはおろか、他のモンスターすら見かけませんね」
部下の騎士たちも困惑している様子。
だがそこへ、異変は突如と引き起こされる。
「ぐあぁぁぁっ!!」
咄嗟に声のした方へ視線が集まる。
そこには、腹部を何かに貫かれて断末魔をあげる騎士の姿が。
堅牢な鎧をも破いて突き出たそれは、潜血に染められた腕のようなものであった。
絶命した騎士の背後からは、巨大な黒い影がひとつ——
「な、なんだ……こいつは」
騎士たちが距離を取って一斉に身構える。
その先に見据えるものの正体を確認するなり、驚愕と戦慄の表情へと変えた。
「こいつは……。まさか、過去の文献で読んだことのある、ま、ぞく?」
隊長のベイオスから出た言葉。
人間の倍はある頭身。禍々しい漆黒の皮膚。背中から生える蝙蝠のそれに似た大きな翼。頭部からは、闘牛のような2本の角。
今まさに、それを体現した存在が瞳に映っている。
しかしその疑念を考察するなどという、時間の余裕は皆無だった。
先ほど騎士を殺害した状況から、殺気を如実に感じ取っていた面々は、すぐさま迎撃へと移る。
「お前たちっ、やめろっ——」
ベイオスは何か不穏な力を察知し、部下たちへ制止を命じる。
だがその言葉をかき消すかのように、場面は一瞬にして地獄へと姿を変えた。
「なっ……」
まさに、瞬く間だった。
ベイオスが次に見たのは、全身を業火に包まれ、消し炭となっていく部下たちの姿。微かに断末魔をあげる者もいれば、それすらも許されない凄惨な光景。
ベイオスは膝の力が抜けそうになる感覚を覚えるも、己を奮い立たせて巨大な剣の柄を握りしめて力を込める。
風が止んでいた。いや、止まっているように感じるほどに空気が重い。
ベイオスが携える大剣。魔騎士隊が誇る、エルグランドの技術の結晶——アストラルウェポン。
名を蛇剣ヴァイパーブレイドと言い、それを正眼に構えたベイオスは静かに対象を捉える。
「……貴様、よくもっ」
怒りの込められた低く、静かな声。
部下たちを失ってもなお激昂することなく、冷静に戦況を見据えている。
燃え盛る火炎より生まれた煙の奥からは、黒い影が滲み出るように現れた。
——魔族。
現状でそれと断定するには早い。
だが、過去の知識と、目の前の存在が放つ尋常ではない威圧感。
それらが、この戦いが決死のものになるとベイオスに悟らせていた。
「……敵は1体」
ゆっくりと剣を構える。
重さを感じさせない、無駄のない動きだ。
「——ならばっ!」
次の瞬間、彼の踏み込みが地面を砕く。
紫の軌跡が空間を裂き、魔族の身体は遅れて崩れ落ちた。
ベイオスは違和感を覚え、わずかに眉をひそめる。
切断されたはずの相手の身体が、黒い霧となって再構築された。
「ふっ」
魔族と思しきそれが不敵な笑みを見せると、声にならない音が空気を震わせ始めた。
次の瞬間、ベイオスの腹部に急激な熱さを覚える。
「……くっ」
「なるほど。人間にしては強いが、貴様のその力——闇だな」
ベイオスは小さく息を漏らして目を細めた。
「貴様、言葉をしゃべるのか? やはり、魔族……いや、先ほどのあの傷を再生させたかのような現象、幻術というやつなのだろう」
言葉とともに剣を握る手に力がこもる。
「そうだ。我の名は魔族ヴェロッサ。人間よ、貴様の闇の力では我には勝てぬぞ」
「わかったような口をっ——」
ベイオスが腕を払う。
濃紫の剣閃が唸って走った。
「はあぁぁぁぁっ!」
ベイオスは鼓舞するように咆哮する。
全身に紫に輝く闇のオーラをまとい、踏み込む。
剣が振るわれるたび、空間そのものが歪んだ。
魔族の肉体が次々と切り刻まれていく。
だが——
「……まだだ、まだ足りぬっ」
ベイオスの止めどない攻撃。
刃は通っている。それでも魔族は倒れることはなかった。
すると次の瞬間、ベイオスの中で何かが囁いた。
(もっとだ)
ベイオスの手がわずかに震える。
そして刀身の光が、強く瞬いた。
(幻術を見破りたくば、解放しろ)
「……な、なんだ?」
ベイオスの狼狽えるような、低く、震えた声。
だが、魔族側はその状況を理解していた。
「そうか。その剣、貴様はここで葬るべきだな」
「なん、だと……?」
「だがその力は闇。闇の力は我ら魔族のもの。貴様のような下等種族である人間ごときに、扱うことなど叶わぬ」
「黙れっ! うおぉぉぉぉぉっ!!」
ベイオスの猛りとともに、体を覆う闇のオーラがさらに燃え上がる。
邪念を振り払うかのように力いっぱいに剣を振るった。
繰り返される怒涛の斬撃。そのたびに闇が、応え、力が増していく。
「くらえぇぇぇっ!」
その時、ベイオスの手に何かを断つ感触が伝わる。
「くっ、バカな」
そこには、片腕を失ったヴェロッサの姿があった。
——まだだ。
ベイオスは、剣を強く握り返した。
「この闇は、俺の力だっ!」
渾身の一振りがヴェロッサを薙ぎ払う。
それは圧倒的な一撃、のはずだった。
ベイオスの視界が揺らぐ。
「……っ」
一瞬——ほんのわずかな空白だった。
その隙をヴェロッサは逃さない。漆黒の影が、ベイオスの全身から突き抜ける。
鈍い音とともに、黒騎士の身体がわずかに前へと傾いた。
腹部からは、血が静かに流れる。
「これが、蛇剣ヴァイパーブレイドの、闇の力……なのだな」
刀身の瞬きがまだ脈打つ。だがそれは、徐々に乱れていった。
「俺は、ダークナイト小隊……闇の、力を使う騎士でありながらも、その、本質を、知らなかった、ようだ」
闇が心の中で囁く。ベイオスは、静かに首を振った。
「いいや……ここまでだ」
ベイオスの脳裏に、誰かの顔が一斉によぎる。
火、風、光……。他の小隊長、仲間。部下たち。
そして剣を地面に突き立てては、そのまま力が抜けたかのように膝を落とした。
するとそこへ、馬を駆って現場へ急行していたアーシェラ女王たちが到着する。
「これはいったい……ベイオスッ!?」
「アーシェラ、さ、ま……」
女王の言葉に、ベイオスは小さく呟く。
そしてゆっくりと振り向いて、薄い笑みを浮かべた。
次の瞬間、黒いものがベイオスの体を包み込む。
「ふっ。これが闇の力に翻弄された人間の末路、か」
ヴェロッサがそう呟くと、ベイオスは闇の炎に抱かれて消えていった。
「ベイオスッ!!」
「アーシェラ様っ、ここは我々が!」
即座に状況を判断した近衛兵と魔術士たちが、一斉にヴェロッサを対象に見据えて攻撃の態勢を取る。
「またもや弱小な人間どもが増えたか。我もさっさと”アレ”と同化せねばなるまいところを……」
ヴェロッサは微かな苛立ちを見せながら、片手を一振りした。
それだけで、状況は一瞬にして変わった。
「!!」
咄嗟にアーシェラは魔術を発動。
しかしヴェロッサが放ったそれによって、周囲の近衛兵や魔術士たちの体を業火が包み込んだ。
「なっ……」
「ほう。貴様、我の攻撃を防ぐ魔術を瞬時に唱えたか。人間ごときにしてはやるな」
アーシェラの周囲には氷の壁が展開されていた。
難を逃れたが、ヴェロッサの素早い攻撃によって、自身を防ぐ程度の範囲までしか及ばなかったようだ。
―凍結せし極寒の衣よ、大地を這いで氷波となれ―
「凍晶波!」
アーシェラは次なる呪文を詠唱。
ヴェロッサの足元を急速に凍結させて、動きを封じる。
―清らかなる精霊の涙よ、凍てつく刃となれ―
「氷冷雨!」
続けて、身動きの取れなくなったヴェロッサに無数の氷の刃を飛ばす。
だが、突如と出現した岩のつぶてがそれを完全に防いだ。
「地属性の魔術……。呪文の詠唱も無しに瞬時に発動させた。やはりあれは——」
アーシェラが考察をしていた刹那、事態は一転する。
「くっ!」
体中を走る痛み。
気がついた時には、アーシェラの全身に氷の刃が突き刺さっていた。
「信じ難いが、お前は、魔族」
「はぁ。同じ回答をいちいちするのも面倒だ。さっさと死ね」
無慈悲にもアーシェラへ止めを刺す動作をしたその時、異変は起きた。
辺りを照らす強烈な光。
その中心より降り立つひとりの人間の姿。
攻撃の手を止めたヴェロッサは、その人間の正体を確認しようとする。
「……気配が”アレ”とは違う。貴様、何者だ?」
現代の世界の服装をした見慣れぬ姿の人物に、ヴェロッサは怪訝な顔を見せている。
登場したのは、喬介。
彼は鋭い眼光を周囲に配らせては、即座に状況を判断した。
地を蹴り、向かった先——それは、ベイオスの持っていた剣が突き立てられている場所。
「なにっ——」
目にも留まらぬほどの速度で到達し、剣を抜き取った瞬間に踏み込む。
その華麗な動作から生み出される斬撃。
紫の光をまとった一閃が、ヴェロッサの胴体を捉えていた。
直後、蛇を模った無数のオーラが出現。
ヴェロッサの体内に侵入すると、たちまちに木っ端微塵に吹き飛ばした。
「あれは……誰だ? 現れた途端、魔族を一瞬にして——」
「アーシェラ様、ひどい傷です。今のうちに城へ撤退しましょう」
アーシェラが詮索するも、かろうじて生き残っていた近衛兵に促され、馬に乗って戦線を離脱する。
再び静寂が辺りを支配。
微かに躍動する闇のオーラを纏ったベイオスの剣。
それを携えて佇む、喬介の姿だけが残っていた。




