シルビア編「エピソード・オブ・クリムゾンブルー Part⑦」
セドリック海賊団。
聞かない名だった。
だが、相手が名の知れた海賊であろうとそうでなかろうと、シルビアにとっては関係のないこと。
「憂さ晴らしにはもってこいだな」
そう言いながらシルビアは、港にもっとも近い民家の屋根から見下ろしていた。
横一列に並んで迎撃態勢を取っている自警団。
今まさに停泊しようとしている、趣味の悪いデザインの海賊船。
その傍らに集まる一団。
「お、あいつらもヤル気か。でも、早い者勝ちだよっ!」
シルビアは不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。
その手には、紅と蒼の剣が携えられていた。
「待ちなっ!」
声は波の音を掻き消すほどに響き渡った。
一斉に集まる視線。
シルビアは即座に屋根から飛び降り、海賊団が群がる中心に着地する。
「おらおら雑魚がっ!」
一瞬だった。
紅剣クリムゾンゼストを横薙ぎで振り払うと、広範囲の爆炎が巻き起こり、海賊団を一掃。
「な、なんだと。子分たちが一瞬にして……」
船長のセドリックは狼狽しているが、シルビアへ向けられた敵意と殺気から、ただならぬ気配を感じた。
交わる剣戟。
そして放たれる高速詠唱の炎。
「なっ——」
不意を突かれてシルビアは後方へ吹き飛ぶ。
奴から感じたただならぬ気配は、剣技を複合させた炎限定の高速詠唱によるものだった。
「あの高速詠唱は厄介だね。けど、それが火限定ってならたいしたことない。クリムゾンゼスト、あいつの炎、喰えるよな?」
シルビアの言葉に、紅の刀身が瞬いて火照る。
セドリックがさらに上位の火の術を放ってきた。
迫る巨大な火球。
紅の剣閃が唸って吠える。直後、炎が無に帰した。
戦いは短かった。
シルビアの熱波斬によってセドリックを撃退する。
しかしここで終わりではない。
「さてと、ここからが本番てやつさね」
シルビアの不敵な笑み。
それは戦いを傍観していた陸徒へ向けられていた。
理由は単純だった。気になったからだ。
「そこの剣士、アタイと勝負だっ!」
陸徒は目を瞬かせた。
「おい、俺たちは海賊の仲間じゃねぇぞ!」
「わかってるさ、そんなの!」
「だったらなんで——」
「んなこと、どうだっていいじゃないか!」
シルビアは双竜剣を構える。
陸徒は困惑しながらも、ラディアセイバーを抜いた。
剣がぶつかる。
力量の差は明らか。陸徒は何度も押し込まれた。
足を崩され、刃を弾かれる。それでも、退かなかった。
(まだ不慣れさはある。けど、きれいな太刀筋だ。それにこの剣……)
そこで、陸徒の「戦う理由がない」という一言で一騎打ちは終わった。
「面白いのを見せてもらったよ」
そう言って、シルビアは剣を収める。
陸徒が何か言い返そうとしたが、シルビアはそのまま背を向けた。
振り返るつもりはなかったが、その口元はわずかに笑っていた。
それからしばらくして、所はアヴァンシアの町。
シルビアは、そこで再び陸徒たちと出会った。
そして、宿場通りでのこと。
「あらあら。あいつらの周りはトラブルがつきものだねぇ」
建物の屋根から、陸徒たちの様子を見下ろす。
変な胸騒ぎがした。というわけではない。
ただ、あの時そのまま町を出て行かないほうがいい。
なんとなくそう思っただけだった。
「ん、あの黒い剣士の持っている……」
シルビアが呟いた時、腰の双竜剣がわずかに呼吸をしたように感じた。
「そうか。あの剣、こいつらと同じ。竜の鱗で」
この時、シルビアは感づいていた。
喬介の持つヴァイパーブレイドが、暗黒竜の鱗から作られたものであると。
だからこそ——
「なにっ、掻き消した……だと」
目を見開き、微かに狼狽する喬介。
(竜には竜を……ってね)
喬介の強襲を紅で無効化したシルビアは、蒼を振り払って霧を作り出す。
(男と一緒にいるのは、エグルランドの女王さんかい。へっ、面白いこと思いついたぞ)
陸徒たちは退路を確保し、港へ向かう。
「この町にアーシェラ女王が来てるぞーっ!!」
シルビアの言葉に、空気が一転した。
群衆を利用した場の制せい。
それに乗じて陸徒たちは船で港から出て行く。
「仲間……か」
桟橋から離れていく船を眺め、シルビアは呟いた。
胸の奥に残る妙な空白を、少し不快そうに押し込める。
「悪くないね」
潮風が真紅の髪を踊らせた。
踵を返したシルビアは、薄らと笑みを浮かべて町を去る。
再び時が流れた数日後。
アルファード王国南部にて、シルビアは行商人のキャラバンに同行していた。
広い街道を進む荷馬車。立ち込める砂埃に、行商人たちの話し声が飛び交う。
「シルビアさん、本当に助かるよ」
先頭の馬車を操る中年の商人が言った。
「最近は物騒でね。魔物も増えたし、盗賊の噂も聞く」
「報酬さえ払えば、なんでも斬ってやるよ」
「頼もしいねぇ」
シルビアは荷車の端に腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げた。
泳ぐ雲を目で追いかける。
「あいつら、ちゃんと生きてるか……?」
「なにか言ったかい?」
「いや、別に」
商人は首を傾げた。
その日の夕方。
キャラバンは街道沿いの平地で野営を始めた。荷車を円形に配置し、中央に焚き火を作る。
料理の匂いと笑い声。交わされる酒杯。
シルビアは少し離れた岩の上に座り、双竜剣の手入れをしていた。
薄暗い黄昏の中、紅と蒼は小さく淡い光を放って瞬いている。
「お前らは、アタイの過去を知っているんだろ?」
呟いても、火竜と氷竜は応えない。
その時、異様な空気の重さが圧し掛かった。
「……来る」
シルビアは立ち上がる。
突然、空から黒い気配が舞い降りてきた。
大柄な人型。黒ずんだ皮膚と、頭部の角。赤い瞳と巨大な翼。
魔族だった。
「な、なんだあれは!?」
「逃げろ!」
商人たちは騒ぎ立て、瞬く間にパニックとなる。
「荷車の内側へ下がりな!」
双竜剣を構えながらシルビアが叫ぶ。
「こいつは、アタイがやる」
携えた紅と蒼が光り、脈を打つ。
「なるほど。竜族と魔族の因縁ってやつか。お前たちもヤル気満々だね」
魔族が唸り声をあげた。戦闘開始だ。
大地を踏み砕き、突進してきた。
シルビアはすかさず横へ跳ぶ。魔族の巨腕が地面を叩き、土砂が舞った。
それを死角にしながら、地を滑るように移動して紅剣を振るう。
炎の斬撃が魔族の脇腹へ入った。
「ぐっ……!」
魔族が顔を歪ませた。
効いている。だがまだ浅い。
相手が振り向きざまに爪を振るう。
シルビアは蒼剣でそれを受け止めた。重い衝撃が腕に痺れを伝える。
しかし蒼の刀身が閃き、魔族の腕を瞬時に凍結させた。
慌てて手を引き離し、魔族は後方へ下がって間合いを取り直す。
「へっ、どうよ。炎と氷の味は」
魔族は腕を振り払って纏わりついた氷をほどく。
直後、腕を前へ突き出して無数の火球を放ってきた。
「!!」
シルビアは咄嗟に後方へ跳び、距離を確保しながら双の剣を踊らせて炎を弾く。
紅の右側では火花の残滓が。蒼の左側では蒸気が散る。
すべての火球を蹴散らした瞬間、巨大な岩塊が視界を埋め尽くした。
「なにっ——」
慌てて剣を交差して岩塊を受け止める。
足が地面を削りながら後ろに流されていく。
筋肉と骨の軋む音。このままでは肉体がもたない。
「うおぉぉぉぉっ!」
シルビアは咆哮をあげながら剣を岩に捻じ込む。
そのまま力ずくで岩塊を粉砕させた。
砕けた破片が飛び散り、肌を数か所かすめて血が滲み出る。
「やってくれるじゃないかあいつ。こうなったら容赦しない」
シルビアの言葉に、紅と蒼が瞬いた。
「あぁ、わかってる。次で仕留めるさね」
魔族が再び突進する。今度は真正面から迎え撃った。
クリムゾンゼストに炎。ブルーアイシスに冷気。
紅と蒼の力を同時に引き出す。
「解っ!!」
双竜剣の枷を外し、力を解放させた。
同時に魔族の爪が振り下ろされる。
シルビアは煌めく蒼で受け流し、体を回転させる。そのままゆらめく紅で胴を深く斬り裂いた。
炎が傷口から噴き上がる。
「ぐああっ!」
魔族が後退する。だが、まだ倒れない。
「いいぜ。耐えたけりゃ耐えてみなっ!」
シルビアは踏み込み、二刀剣舞を繰り出した。
右で焼いて、左で凍らせる。
炎で動きを乱し、氷で動きを止める。
加速する連撃。紅と蒼の剣閃が舞い踊る。
魔族は反撃する隙すら得られない。
「があああっ!」
魔族が叫ぶ。
シルビアは両剣を交差させた。
炎と氷——相反する力が刃の上でぶつかり、歪な風圧を生む。
「これで終わりだよ!」
双剣を振り抜く。
紅と蒼の斬撃が魔族の胸を十字に裂いた。
炎が爆ぜ、氷が砕ける。
魔族はその場で崩れ、黒い煙となって消滅した。
静寂の中に、焚き火の音だけが残る。
「……ふぅ」
シルビアは剣を下ろす。
それと同時に、刀身から放たれていた紅と蒼の燐光が少しずつ闇に溶け込んでいった。
商人たちは言葉を失っている。
「た、倒した……」
「すごい……」
シルビアは消滅した魔族の跡を見つめる。
「魔族が復活したってのかい。面倒なことになってきたね」
確信はなかった。
しかしこの時のシルビアの頭に、陸徒たちの姿が浮かび上がっていた。




