シルビア編「エピソード・オブ・クリムゾンブルー Part⑧終」
魔族を撃退した翌朝。
キャラバンは再び街道を進んでいた。昨日の襲撃が嘘のように、空は穏やかだった。だがシルビアの心情は、わずかに落ち着きがないように見える。
2000年前の歴史上の魔族が突然現れた。その理由はわからない。けれども、火竜と氷竜の鱗——双竜剣が反応していた。
「よくわからないけど、なにか嫌な予感がするね」
シルビアが小さく呟いたその時、前方の街道に人影が現れた。
十数名。全員が同じような暗色の衣服をまとっている。
商人たちが慌てて馬車を止めた。
「なんだ、あいつら……?」
シルビアは荷馬車から立ち上がって、地面へ降り立つ。
人影の中心にいた男が一歩前へ出てきた。
「シルビアという女剣士だな」
「だったらなんだ」
「その剣を渡せ」
「は?」
シルビアは眉をひそめる。
「火竜と氷竜の鱗から作られた剣。我ら教団が回収する」
「教団……?」
男からの回答はなかった。
だが、くれてやる気など毛頭ない。
「はいどうぞ。なんて言うかよ」
吐き捨てながら、シルビアは剣へ手をかける。
「ならば、奪い取るまで」
男が手を上げた。
教団員たちが一斉に散開する。
剣と短槍、魔術が動き出し、シルビアへ襲い掛かる。
「遅いなっ!」
抜刀した瞬間、紅と蒼が煌めきを放った。
炎が踊り、冷気が舞う。
迫ってきた1人目の剣を、熱き剣閃が砕いたと同時に熱波を巻き起こした。直撃した者は体を焼かれて気絶する。
続いて左側から魔術による火球が押し寄せてきた。シルビアは左手の蒼で薙ぎ払うと、氷波が散りばめられてそれを相殺する。
3人目、4人目と、たて続けに攻撃が振るわれるが、シルビアの相手としては役不足だった。
炎が斬って、冷気が払う。教団員たちは次々と倒れていった。
キャラバンの商人たちは呆然として立ち尽くすばかり。
戦いは長く続かなかく、最後に残った男が、震える膝で立っている。
「ば、馬鹿な……」
「終わりかい?」
シルビアは剣先を男の喉元へ向けた。
男は青ざめた顔で両手を上げている。
「次は無いぞ」
男は目を見開きながら息を呑む。
「ま、待て……」
「なんだ」
「神剣ラディアセイバーを持つ少年を、知っているか?」
シルビアの動きが止まる。
「神剣ラディアセイバー?」
「かつて英雄レクサスが持っていた、蒼氷色の大剣。今は異世界から来た少年が所持している」
「……」
あいつか。
すぐに顔が浮かんだ。
「そいつに、なんの用だ」
シルビアの声が低くなる。
「答える必要はない」
「だったら聞いてくるな」
剣先をさらに近づける。
「その顔、少年を知っているようだな」
「答える必要はない」
シルビアは顔をしかめながら舌を出した。
「き、貴様ぁっ!」
「どうしても知りたいなら、かかってきなよ。あそこに転がっている奴らと同じになりたいならね」
「くっ……」
男はひどく顔を歪ませている。
「くそ、この借りは必ず返す!」
そう言って男は逃げるようにしてこの場を去っていった。
「貸した覚えはないっての」
瞼を落とし、呆れ顔でため息をついたシルビアは、双竜剣を鞘に納める。
その時、軽い頭痛が走った。
一瞬ぼんやりと、過去の記憶と思しき映像が頭の中に流れた。
城。庭園。そこで花の世話をしている……自分、なのか。いや、わからない。隣には、ブロンドの長い髪に碧眼の幼き王女……そこで途絶えた。
「っつー、なんだったんだ今のは。でも、あのブロンドの碧眼……どこかで」
シルビアは額に指を当てながら巡らせる。
アルファードの王女。なぜかその言葉が自然と浮かび上がった。
「……確か、ラディアセイバーを持ったあいつと一緒にいた、弓使いの」
小さく呟くと、シルビアはハッとして神妙な顔を上げた。
「そういうことかい」
双竜剣の柄に添えている手に、小さな鼓動が伝わる。シルビアは視線を落として軽く笑みを溢した。
そしてキャラバンへ振り返る。
「悪い。ここで別れる」
「えっ?」
「報酬はいらないよ。目的地まではもう近い。あとはなんとかなるだろ」
「どこへ?」
「アルファード城さ」
シルビアは自分の荷物を馬車から取り出した。
「ちょっと、面倒な奴の顔を見に行く」
数時間後。
アルファード城下町へ到着したシルビアは、人混みの中を歩いていた。
賑わう市場の大通りを、商人や旅人、町の住民たちが行き交う。
「相変わらず、こういう町は落ち着かないねぇ」
綺麗に整えられたレンガの通りを進みながら、周囲を見渡す。あいつらはここにいる。確証はないが、シルビアにははっきりとした自信があった。
途中、果物屋の前で足を止め、手頃なリンゴをひとつ手に取って買う。
「なぁ。茶色い髪の、デカい剣を持ってる少年を見なかったかい?」
代金を渡し、早速リンゴを齧りながら、店主へ聞き込みをする。
「茶色い髪の?」
「異世界から来たとかなんとか言ってる奴さね」
「ああ、それなら……」
年配の店主が少し考える。
「ついさっき、城に戻ってきたはずだね」
「なるほど」
言いながら買ったリンゴを食べ終え、そのまま城の方角へ向かった。
「それにしても、アルファードってのはなんでこんなにも広いんだ……」
微かな疲労感に見舞われながら、シルビアは眉を垂らしてため息をつく。
目の前には空高くそびえ立つ巨城と、堅牢な大扉。その両脇に立つ兵士。視線は、すでにシルビアへと向けられていた。
彼女はそれに構わず歩みを進める。
「何者だ」
当然ながら、兵士の持つ槍が行く手を遮ってきた。
「あ~。なんて言ったらいいんだ」
このような状況に不慣れなシルビアは、言葉選びに顔をしかめる。早くも、兵士からは怪訝な顔を突き付けられていた。
「えっとぉ、あれだ。デカい剣の少年」
「デカい剣?」
兵士は眉をひそめる。
「そうそう、ラディアセイバーを持った剣士。そいつに会わせてくれよ」
「なぜそれを知っている?」
警戒と疑心。兵士の態度と表情は変わらない。
「いや、説明するのはちょっと苦手でね」
「その者とはどういった関係で?」
「面識はある。まぁ、知り合いっちゃ知り合いさね」
「そうか。だが、現時点で通すことはできない」
「はぁ? なんでだよ」
シルビアは眉間に皺を寄せて、語気を強める。
「ったく面倒だな。ちょっと呼んでくりゃいいだけだろ」
「身元不明の武装者を通すわけにはいかない」
「融通が利かないねぇ。いいから通せって」
とうとうシルビアもじれったくなり、半ば強行的な態度に出る。
腰には、明らかに普通ではない双剣。しかも態度は荒い。
どう考えても、すんなりと城へ入れるわけがなかった。
「武器を置け」
「は?」
「事情を確認する。まず剣を預けろ」
「断る」
剣のことに触れた途端、シルビアの表情が鋭くなり、空気が張り詰める。
「この剣に触るんじゃない」
「ならば拘束する」
兵士が槍を向けてきた。同時に周囲の兵士も集まってくる。
「なんでこうなるんだよ」
シルビアは舌打ちした。
だがここで暴れれば、陸徒に会うどころではなくなる。かといって、双竜剣を渡すつもりもない。
「抵抗するな!」
兵士たちが取り囲む。
そしてすぐさま両脇から2人の兵士に腕を掴まれた。
「なんだよいきなり。アタイは怪しいもんじゃない!」
シルビアは鋭い目で睨む。
「大人しくしろっ!」
「くそ、なんなんだよったく」
こうしてシルビアは捉えられ、陸徒たちと再会することとなる。
シルビアはまだ知らなかった。彼らとの出会いが、自分の運命を大きく変えることを。失った過去ではなく、これから積み上げていく未来へ繋がることを。
王女ルビィだった頃の自分は、もういない。けれど、双竜剣を握る女剣士シルビアは、ここにいる。
火竜と氷竜の力を宿した二本の剣が、腰元でかすかに震えた。




