アクシオ編「エピソード・オブ・ドラゴンランサー Part⑥終」
まただ。
バサラに届かなかった時と同じ。
いや、違う。今回は、届く距離にいた。
触れられる距離にいた。
それなのに、守れなかった。
「……ふざけんな」
地の底から絞り出すような声。
視界に映るのは、焼夷痕に砕けた石畳と、血溜まり。
そこに横たわる、3人の亡骸。
アクシオは足を震わせながら、ゆっくりと立ち上がる。
涙は流れていない。怒りが、悲しみを焼いていた。
「よく喚く。仲間が死んだ程度で——」
魔族は傷つきながらも笑っている。
だがその言葉は、最後まで続かなかった。
突然大地が揺れ、風が止まる。
次の瞬間、祠の奥から眩い緑白の光が放たれた。
風が渦を巻き、崩れた石柱の間を駆け抜ける。湖面が激しく波立ち、雲が搔き消えていく。
「な、なんだ……?」
魔族が振り返る。
祠の石碑が砕け、その地中から生えるように、一振りの槍が現れた。
長い柄。翠色の穂先。螺旋状に刻まれた風の紋様。
その槍からは、竜の息吹にも似た風が溢れていた。
嵐竜の鱗から作られた、風の槍。
アクシオは、目を見開きながら顔を上げた。
槍は、まるで彼を呼ぶように宙を滑る。
そして、目の前で静かに止まった。
「……俺に、使えってのか」
アクシオの言葉に答えるように、槍が震えた。
——止まらないで。
あの時のセレナの言葉がよぎる。
アクシオは、震える手を伸ばした。
風の槍を掴む。
その瞬間、アクシオの頭に嵐竜の咆哮が轟いた。
視界に映し出される風の道。
地面、空、すべてが己の足場に見える。
天翔脚の真の力が、槍と共鳴して目覚めた。
「……そうか」
アクシオは目を閉じて低く呟いた。
「お前の名前、ルティスエアウェイブ」
風の槍、そしてかつての嵐竜——竜族の名前。
アクシオが力強く開眼した瞬間、風が解き放たれ、これまでの騒めきが瞬く間にして掻き消える。
それと同時に、魔族が殺意を高めて呻く。
傷ついてなお奴は強い。普通ならば、勝てる相手ではない。
だが、今のアクシオは普通ではなかった。
「セレナが言ってたよな」
アクシオは腰を低く落とし、槍を構える。
「俺の足は、もっと先に行けるって」
翡翠色の風のオーラが彼の体を包む。
「だったら——」
アクシオの姿が消える。
次の瞬間、魔族の背後にいた。
「行ってやるよ。お前の反応できないところまでっ!」
槍が閃く。
刹那、魔族の片翼が切り落とされた。
「なっ——」
魔族が振り返る前に、アクシオは空を蹴る。
上か——横——背後——いや、真下。
空間そのものを足場にしているような高速機動。
魔族の視線が追いついていない。
「速い……!」
魔族が火球と氷矢の魔術を同時に放った。
だが、アクシオはそのすべてを風の槍で弾きながら、空中を駆ける。
「き、貴様。まさか、竜族!?」
「ちげぇよ」
アクシオは陽光を背にして天高く飛翔。
「俺は、アクシオだっ!」
そして急降下する。
翡翠色が体を纏って加速し、風の槍を突き出した。
「ビスタの分」
怒りの一撃が、魔族の胸を貫く。
「プレオの分」
悲しみの二撃目が、魔族の腹を裂く。
「セレナの分」
悔しさの三撃目が、魔族を風の渦で空へ巻き上げる。
アクシオの足が瞬き、さらに高く跳んだ。
天空の蒼穹。
雲へ届くほどに。
風の槍が、緑白の光を放つ。
「そして——」
アクシオの声がわずかに震える。
「守れなかった、俺自身への分だ!!」
目にも留まらぬ高速急降下。
翠色に輝く流星が落ちる。
風の槍が竜巻を纏い、魔族の全身を貫いた。
響き渡る轟音。
祠の浮島全体を風が包み込む。
湖面が大きく割れ、空へ水柱が立ち上がった。
魔族は断末魔を上げる暇もなく、風の中で切り刻まれ、黒い煙となって消滅。
一時の静寂。
風だけが辺りを微かにそよいでいる。
アクシオは地面に降り立つ。
手には風の槍。だが、勝利の喜びはなかった。
目の前には、3人の仲間が倒れている。
「……勝ったぞ」
アクシオの小さく震えた声。
だが返事はない。
「おい、ビスタ。お前なら、今のすげぇって笑うだろ」
アクシオは片方の口角だけを上げて笑う。
だが返事はない。
「プレオ。無茶するなって、言うところだろ」
アクシオは目を伏せながら息を吐く。
だが返事はない。
「セレナ。調子に乗るなって……言えよ」
アクシオは泣き笑いに似た表情で呟く。
だが返事は、なかった。
アクシオは槍を握りしめたまま、膝をつく。
「なんでだよ……」
声が徐々に大きく震える。
「なんで、こんな力が今さら……!」
もっと早く手にしていれば。もっと早く届いていれば。
こいつらは死ななかったかもしれない。
そんな考えが、胸を強く締め付ける。
だが、セレナの声が再び蘇る。
——止まらないで。
アクシオは目を閉じた。拳を握る。歯を食いしばる。
「……わかってるよ」
彼はゆっくりと立ち上がった。
「止まらねぇ。止まってやらねぇ」
風が、静かに吹いた。
まるで、3人の背中を押す声のように。
アクシオは3人を丁寧に祠のそばへ運び、並べた。
ビスタの砕けた盾の欠片を添える。
プレオの杖を胸元に置く。
セレナの剣を、彼女の手に握らせる。
「悪いな。ちゃんとした墓は、あとで作る」
声は静かだった。
「今は、行かなきゃならねぇ」
その時だった。
黒い煙となって消えかけていた魔族が、かすかに口を動かした。
「……軍、は……アルファードへ……」
「なに?」
アクシオは振り返る。
「魔族の軍勢……アルファードへ、集結……す」
そこで、魔族は完全に消えた。
アクシオの表情が精悍なものへと変わる。
アルファード——決戦の地。そこに陸徒たちがいる。
「そうかよ」
アクシオは風の槍を強く握った。
「今度は、間に合わせる」
もう、届かなかったとは言わない。
もう、守れなかったで終わらせない。
ビスタの盾。プレオの光。セレナの言葉。
そのすべてを背負って、アクシオは空を見上げた。
「待ってろ、陸徒」
アクシオは天翔脚で地を蹴った。
その体が、風の道を駆け上がる。
「今度は、俺も届いてみせる」
嵐竜の槍を携え、アクシオは決戦の地へ向かった。




