アクシオ編「エピソード・オブ・ドラゴンランサー Part⑤」
湖の中央に浮かぶ小島と古い祠。
その地表に敷き詰められた石畳。崩れかけた石柱の間を、絶え間なく風が巡っている。
だが、その清らかな流れの中に、今は明らかな異物が混じっていた。
黒い気配。
肌を刺すような邪悪な魔力。
そして、祠の入口に立つ2体の魔族。
「こいつが魔族か……」
ビスタが低く唸る。
「初めて見たが、とんでもねぇ奴ってのは、戦う前からわかる」
「ビビってるか?」
「馬鹿言え。気合い入れ直しただけだ」
ビスタは肩を回し、盾を強く握り直した。
アクシオは微かに口元を緩める。だが、その視線は魔族をしっかりと離さなかった。
「アクシオ、片方は俺が止める。お前は動ける方を崩せ」
「任せろ」
「プレオは後ろから支援。セレナは隙を見て術式を叩き込む」
「了解しました」
「指図されなくてもわかってるわ」
セレナはそう言いながらも、いつもより表情が硬かった。
目の前の敵は、闘技大会で戦った相手とは違う。
今まで対峙したことのない、絶対的な恐怖を与えてくる存在。
ここは殺さない試合ではない——殺される戦いだ。
「お前たち、気張れよっ!」
石畳が砕け、アクシオの体が一気に空へ跳ね上がる。
狙うは後方の個体。前はビスタに任せる。
「うおりゃぁっ!」
空からの急速落下による突撃。
槍の穂先と魔族の爪が空中でぶつかる。
火花のように黒い魔力が散った。
衝撃で体が弾かれ、アクシオは空中で身を捻る。
「くそ、一筋縄じゃいかねぇか!」
「アクシオ!」
ビスタが盾を構え、着地点へ駆ける。
アクシオが地面へ落ちる直前、ビスタが盾の面を傾けた。
「足場にしろ!」
「助かる!」
アクシオはビスタの盾を蹴り、再び空へ跳ねる。
空中で槍と爪が何度もぶつかり合った。
速度は互角。
いや、わずかに魔族の方が上だった。
爪の一撃がアクシオの頬を掠める。
「ちっ!」
アクシオは顔を傾けたまま腕を振るい、槍で横薙ぎに回す。
魔族は翼を畳んで回避し、そのまま急降下した。
狙いはプレオ。
「させるか!」
ビスタが即座に割り込む。大盾が魔族の爪を受け止めた。
鈍い金属音と風圧が辺りに響き渡る。
「ぐっ……重てぇな!」
「ほう。受けるか」
「俺は盾持ちなんでな。受けるのが仕事なんだよ!」
ビスタはそのままの体勢から斧を振るう。
魔族は体を反らしてかわすが、その瞬間、セレナが横から斬り込んだ。
「はあっ!」
魔力を込めた銀のショートソードが魔族の脇腹を切り裂く。
風の刃が傷口を広げた。
「くっ、浅い!」
セレナは突如押し寄せる殺気を感じ取り、即座に後退する。
次の瞬間、魔族の尾が地面を薙ぎ、石畳を砕いた。
「もらった!」
アクシオはその機を逃さなかった。
空中からの着地と同時に、槍を地面に突き立てる。
その穂先が魔族の尾を貫いた。
苦痛の呻き声——しかし、その目は笑っていた。
「上だっ!」
アクシオが視線に気づく。
その先では、もう片方の個体が魔術を放っていた。
上空に白い靄が生み出され、そこから無数の氷の矢が降り注ぐ。
―其は万物を遮る絶衝の盾となれ―
「魔防壁!」
咄嗟にプレオが杖を掲げて呪文を詠唱。
発動された法術による光の壁が4人の上に広がる。
直後、氷の矢が次々と叩きつけられ、光の壁が激しく揺れた。
「くっ……数が多い……!」
プレオの額に汗が浮かぶ。
氷の矢は、光の壁をどんどん削り取っていった。
「はっはっは!」
アクシオの近くで囁く不敵な笑み。
魔族は槍に刺された尾を自ら引きちぎり、プレオを沈めようと疾走する。
「やらせねぇっ!」
ビスタがプレオの前へ出て、突き出された爪を大盾で防ぐ。
その間にアクシオは空へ駆り、上にる魔族の術を中断させるべく迫る。
槍で薙ぎ払うと、魔族は身を翻して回避した。
だがそれによって降り注ぐ氷の矢が途絶える。
「甘いな」
魔族が囁いた。
槍の回避をしながら、手を地上へ向ける。
その先は——セレナだ。
彼女はビスタとぶつかり合う魔族の隙を突き、魔力剣を叩きこもうとしていた。
そこへ突如、足元に黒い魔法陣が作り出される。
「セレナっ! 下がれっ!」
アクシオの警告にセレナが反応。
咄嗟に横へ跳ぶが、わずかに遅れる。
地面から黒い鎖が伸び、彼女の左足を絡め取った。
「っ……!」
魔族が笑う。
同時にビスタを弾き、身動きの取れなくなったセレナへ狙いを変えた。
「ビスタ!」
アクシオが叫ぶより早く、ビスタは動いていた。
崩された体勢をすぐさま整え、盾を構えて素早くセレナの前へ飛び込む。
大盾と爪が再びぶつかり、凄まじい衝撃が走った。
ビスタの足元の石畳が砕ける。それでも、彼は退かなかった。
「セレナに、触んじゃねぇよ……!」
「ならば、お前から砕けろ」
魔族の爪に黒い魔力が集中する。
大盾に亀裂が入った。
「アクシオ! 上を潰せ!」
「けど——」
「行けっ!!」
ビスタは援護に回ろうとするアクシオを制止。
その声に、アクシオは顔を歪ませて歯を食いしばる。
迷っている時間はない。ビスタが作った隙を無駄にできない。
「プレオ、援護頼む!」
―其は地を縮す疾速の風―
「瞬速走!」
プレオが短く詠唱し、アクシオの足元に光を宿す。
直後、体が軽くなるのを確認したアクシオは、地面を素早く縦横無尽に駆ける。
空中にいる魔族がアクシオの動きを目で追う。
いつこちらへ跳び上がってくるのかを見定めているようだ。
(今だっ!!)
アクシオが心の中で叫ぶ。
地を蹴って跳躍——瞬時に魔族の目前に迫った。
「届けぇっ!」
魔族はわずかに反応しきれていなかった。
鈍色の槍が肩を貫く。
「ぐっ……人間が……!」
「まだだっ!」
アクシオは槍を引き抜き、回し蹴りで魔族の体勢を崩す。
だが相手は後方へ吹き飛びながらも、すかさず無詠唱魔術を発動させた。
その瞬間、アクシオの背筋が凍る——狙いは、自分ではない。
「ビスタッ!!」
振り返った時には、遅かった。
地上の魔族が大盾を砕き、そこから重なるようにして魔術の岩杭が、ビスタの胸を貫いた。
「がっ……!」
時間が、止まったように見えた。
「ビスタぁぁぁっ!!」
セレナの悲痛な叫び。
プレオの表情が凍る。
だが、ビスタはまだ落ちてはいなかった。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
猛る咆哮とともに斧を振り下ろす。
空気を斬る重厚な刃が、眼前の魔族の肩に深くめり込んだ。
それでも、決定打には至らない。
「プレオッ! 俺の回復はいい、こいつをやれっ!!」
血反吐を吐きながらビスタが叫ぶ。
プレオは顔をひきつらせて一瞬躊躇うも、すぐさま魔族の背後に回り込み、杖を突き当てた。
「ぐおっ! き、貴様……」
杖の先から純白の光が溢れ、魔族の体内に注ぎ込まれていく。
法力を浄化の力に変え、魔族を消滅させるつもりだ。
「……させぬぞっ」
魔族は体から黒いオーラを放出させ、プレオの体を覆っていく。
「くっ……」
闇の浸食。
それはプレオの体を蝕み、肌に黒い亀裂を走らせる。
「まだあぁぁぁぁぁっ!!」
「おのれ、人間ごときにっ!!」
プレオが目を血走らせて叫んだ。
すると光が瞬きを強め、魔族を包み込んでいく。
直後、魔族の体が光の粒子となって消滅。
それと同時に、ビスタ、プレオが力なくして地に崩れた。
「ビスタッ! プレオッ!」
アクシオが着地し、2人のもとへ駆け寄る。
ビスタは口に溜まった血を吐きながら、微かに笑った。
「へっ……悪いな。守り役が、先に退場だ」
「ふざけんな!」
「アク、シオさん……」
隣からプレオの弱々しい声が囁く。
彼の全身には黒い亀裂が走り、瞳の色もくすんでいた。
「プレオッ! お前、なんでこんなになるまで——」
「いいんです。皆さんを……守り、たかったから」
アクシオはビスタとプレオの手を取って握りしめる。
目の奥が熱い。震える全身に力を入れて必死に堪えた。
「アクシオ、お前なら……空を制する」
「だから……届かせて、ください」
ふたりはそう言葉を残し、瞳から光が消える。
「……ビスタ、プレオ?」
彼らの返事はなかった。
喉が焼ける。叫びたいのに、声が出ない。
「アクシオ」
背後からセレナの震えた声。
まるで意思のない人形のような顔。だが、その瞳だけは前を向いていた。
「立って」
「セレナ……」
「まだ、終わってない」
彼女は剣を構える。
足に絡んでいた黒い鎖はすでに消えていた。だが、左足には深い傷が残っている。
「2人の仇を取るわ」
「お前、足が——」
「戦える」
短い言葉でも、それ以上言わせない強さがあった。
セレナの剣に風と水が重なる。
魔法剣の光が、刃を包んだ。
「合わせて」
「ああ」
アクシオは槍を拾って構えた。
怒りで視界が赤く染まりかけている。だが、セレナの横顔が、それを引き戻した。
「行くぞ!」
アクシオは地を蹴って空へ跳んだ。
セレナは地上から駆ける。
敵は残り1体。
ビスタとプレオが作り出してくれた戦局。ここで無駄にするわけにはいかない。
魔族が炎を放つ。
アクシオは空中でかわし、セレナは魔法剣で弾く。
2人の動きが交差する。
「セレナ!」
「わかってる!」
セレナが剣を地面に突き立てた。
風の魔術が地を走り、魔族の足元を切り裂く。
体勢が崩れた瞬間、アクシオが上空から槍を突き出した。
「今度こそ!」
穂先が魔族の胸を貫いた。黒い血が飛ぶ。
「ぐああっ!」
魔族が苦悶する。だが、怯むことはない。
両手を広げ、無詠唱魔術を唱えた。
突如、アクシオの背後に木の槍が出現する。
「アクシオ、後ろ!」
セレナの叫び。
アクシオは突き刺した槍を引き抜こうとする。
だが魔族が上半身に力を込め、自らの肉で槍を固定した。
「逃がすと……思うか……!」
「こいつ!」
木の槍が迫る。
アクシオは止むを得ず槍から手を離そうとうする。
しかしわずかにタイミングが遅く、直撃は必至だった。
その瞬間、セレナが間に入ってくる。
「セレナ——!」
木の槍が、彼女の背を貫いた。
アクシオの目が見開かれる。
「……っ」
セレナは血を吐きながらも、剣を振るった。
蒼白に煌めく剣閃が、魔族の腕を切り落とす。
「馬鹿野郎! なんで……!」
「あなたが、動けなかったからよ」
セレナはいつものように、少しだけ冷たく言った。
だが、その声は小さく弱い。
「だから、助けただけ」
「助けたって、お前——」
「アクシオ」
セレナは彼を見上げた。
「軽口で、誤魔化さないで」
「……」
「悔しいなら、強くなりなさい」
アクシオの呼吸が止まる。
「あなたの足は、まだもっと先に行ける。なら……止まらないで」
セレナの手が、アクシオの胸元に触れた。
血で濡れた指先。
「私たちの分まで……行きなさい」
「セレナ……!」
彼女は薄らと涙を浮かべ、微かに笑う。
「相変わらず、泣きそうな顔が似合わないわね」
その言葉を最後に、セレナの体から力が抜けた。
アクシオは、動くことができない。
ビスタ。
プレオ。
セレナ。
3人とも、死んだ。
届く距離にいた。でも、守れなかった。
深い悲しみが、彼の穿たれた心を埋め尽くした。




