アクシオ編「エピソード・オブ・ドラゴンランサー Part③」
——エリシオン領、プレサージュ。
かつて、魔信教団本部へ進入する際に訪れた街。
石造りの大通りには職人の店が並び、鍛冶場からは金属を打つ音が響いている。
武具を求める冒険者や戦士たちの姿も多い。
「プレサージュか。またここに来るなんてな」
アクシオは街の通りを歩きながら、周囲を見渡した。
そして視線を落とす。
「今までありがとな。俺の相棒」
その手には、穂先が砕かれ、折れた槍が握られていた。
「鍛冶屋のおっさん、まだ生きてるか」
いつもの軽口を叩きながらも、表情は神妙そのものだった。
目的は、魔族に対抗し得る新たな槍。
「力をつける前に、まずは新しい相棒から見直さねぇと」
そんなことを呟いた、その時だった。
ふと視線を移した通りの横。
「ん?」
そこには、杖に跨った少女の姿が。
ブロンドの髪と白いローブをなびかせ、少女は空中を飛ぶ。
直後、桃色の鎧をまとった別の少女を手に取り、急上昇して通りの壁の向こうへ消えていった。
突然の状況に、周囲の人々が驚いて空を指さしている。
「おいおい、この街も相変わらず賑やかだな」
アクシオは苦笑する。
だが、その光景を見て、少しだけ胸の奥がざわついた。
誰かを運ぶために空を飛ぶ。自分もまた、あの夜、空へ手を伸ばした。
「……俺も、もっと自在に空を使えりゃ」
そう呟いて、アクシオは再び歩き出した。
目当ての鍛冶屋は、プレサージュでも有名な店だ。
この槍も、以前この店で打ってもらっていた。
入口には古びた看板がかかり、店内には槍、剣、斧、弓、盾など、あらゆる武具が並んでいる。
奥からは金属を打つ乾いた音が響いていた。
「いらっしゃい。お、アクシオじゃないか」
店主の親方が懐かしんだ顔で出迎える。
太い腕を組み、早速アクシオの持つ折れた槍を見るなり、眉を上げた。
「……派手にやったようだな」
「おやっさん、すまねぇ」
「どれ、見せてみろ」
アクシオは槍を差し出す。
親方は黙ってそれを受け取り、砕けた刃、折れた柄、破損状態を丁寧に確かめた。
「……わかっていると思うが、こいつはもうダメだ」
「あぁ。だから、新しい槍が欲しい。もっとすげえのを」
親方は神妙な顔で壊れた槍を台に置いた。
「アクシオ、こいつは俺の渾身の一振りだった。だからよ——」
「これよりいい槍は、今ここにないってことか」
「そういうこった」
「マジか……」
アクシオは肩を落とした。
バサラに届く槍。魔族と戦うための槍。天翔脚に耐え、自分の速度についてくる槍。
そんなものが簡単に手に入るとは、アクシオも思ってはいなかった。ただここでは今、現実を突きつけられている。
親方はしばらく考え込む。
やがて、低い声で言った。
「ひとつだけ、心当たりがある」
「あるのか?」
「ここにはない。エルグランド領にある古い祠だ」
「祠?」
「ああ。そこは、大昔にいた竜族が祀られている場所と聞く。なんでも、嵐竜の鱗から作られた槍があるらしい」
「嵐竜の鱗……」
アクシオの目が鋭くなる。
「風の槍、か」
「ただの伝承ではない。古い武器職人たちの間では有名な話だ。だが、誰も持ち出せなかった。祠に立ち入ることすらできなかった者もいれば、槍に認められなかった者もいる」
「認められなかった?」
「強い武器には、持ち主を選ぶものがある」
親方はアクシオを見据えた。
「お前さんが本当にそれを欲するなら、行ってみるといい」
「場所は、知ってるか?」
「エルグランド領、西部の山岳地帯。とある湖だ。詳しい道筋なら地図に記してやる」
「そいつは助かる」
アクシオは食い気味に頷く。迷いなどなかった。
「だが、今のまま丸腰で行くつもりか?」
「あぁ……それは困るな」
「急ごしらえでいいなら、これを持っていけ」
親方は壁に掛けられていた槍を取った。
長さも重さも、アクシオの扱いやすい範囲に収まっている。
鈍色に輝く鋼鉄製。名槍というほどではないが、作りはしっかりしていた。
「この店にある中では、今のお前さんに一番合うだろう」
「いくらだ?」
「金はいらん」
「いや、おやっさんさすがにそれは——」
「だったら、風の槍を持って帰ってきたら、そいつの代金をもらってやる」
「おやっさん……すまねぇ」
親方は気乗りしたような顔で槍を手渡す。
アクシオはそれを軽く振り、重さを確かめた。
「いい槍だ」
「無茶はするなよ」
「んなこと言って、俺が誰だかわかってるだろ?」
「ふっ。まぁな」
「また来るよ。おやっさん!」
アクシオは地図を受け取り、店を出る。
プレサージュの空は高く、工場からの煙を吹き飛ばすような、爽やかな風が街を抜けていた。
嵐竜の鱗から作られた槍。
今の自分に、それを手にする資格があるのかはわからない。だが、行かなければ何も始まらない。
「バサラに届かなかった」
アクシオは新しい槍を肩に担ぐ。
「だったら、届くところまで行くだけだ」
軽口の奥にある悔しさを隠すように、彼は笑った。
「待ってろよ、風の槍」
そしてアクシオは、エルグランドへ向けて歩き出す。
——エルグランド領、西部山岳地帯。
竜族の祠を目指して旅を続けていたアクシオは、数日かけて山道を越え、ようやく目的地に近い町へと辿り着いた。
そこは、ローレルという山と湖に囲まれた町だ。大都市エクシーガやプレサージュほどの賑わいはない。
だが、町の最も北側には巨大な闘技場があり、旅人や冒険者、商人の姿が多く見られた。
「ここがローレルか」
アクシオは、荷物を引っかけて担いでいた槍を地面に立て、町の入口で足を止めた。
冷たい風が頬を撫でる。山間の町らしく、空気が澄んでいて気持ちがいい。
遠くには、湖面が陽光を反射して白く輝いていた。
「例の祠は、この近くの湖に囲まれている……だったか」
プレサージュの鍛冶屋で教えられた情報を思い返す。
嵐竜の鱗から作られた風の槍。それが祀られているという古い祠。
だが、その詳しい場所まではわからない。まずは情報を集めるべきだ。
「腹も減ったし、とりあえず酒場だな」
そう言って、アクシオは町の繁華街へ向かう。
酒場は、昼間にもかかわらず活気に満ちていた。壁には古い冒険者の武具が飾られ、奥の掲示板には討伐依頼や護衛依頼が貼られている。
客の多くは、旅人か傭兵らしい。
「いらっしゃい」
「飯と、ついでに聞きたいことがある」
アクシオはカウンターに腰を下ろす。
「竜族を祀っている祠って知ってるか?」
「ああ。湖の真ん中にあるやつだろう」
「やっぱり近いのか」
「近いには近いが、歩いては行けないよ。湖に囲まれているからね。渡し船が必要だ」
「船か。誰に頼めばいい?」
「船を持っているのは、町外れに住んでいるトラガって男だ。ただし、あいつは少し面倒だぞ」
「面倒?」
「賭け事が好きでな。金だけじゃ動かないことがある」
店主は肩をすくめる。
「今なら、町の闘技場で大会が開かれている。たぶん、その話をされるだろうな」
「嫌な予感しかしねぇな」
そう言いながらも、アクシオの口元には笑みが浮かんでいた。
「ま、話だけ聞いてみるか」
アクシオは飯をかき込み、代金を置いて席を立った。
町外れの湖の畔にある小屋。
小鳥がさえずり、陽光で瞬く水面の上でぷかぷかと浮いている小型の船——湖用の渡し船だ。
その横で、無精髭の男が椅子に腰かけ、木札のようなものを指先で弾いていた。
「あんたがトラガか?」
「ん? ああ、そうだが」
男はわずかに眉をひそめながらアクシオを見上げる。
「船を借りたい。祠へ行きたいんだ」
「へぇ。あそこに行きたい物好きがまた来たか」
その言葉にアクシオが怪訝な顔をする。
「最近は妙に増えてるんだよ。祠に眠る宝だの、伝説の槍だのを目当てにした連中が」
トラガは汚い髭面に皺を作ってにやりと笑った。
「で、船を貸してほしいと」
「話が早くて助かる」
「いいぜ。ただし条件がある」
「金か?」
「金も好きだが、それだけじゃつまらん」
トラガはしたり顔で町の方角を親指で示す。
「闘技場で大会が開かれてる。あれで優勝してこい」
「……は?」
「優勝したら船を出してやる。負けたら諦めろ」
「なんでそうなる」
「俺が賭けるからだ」
アクシオは額に手を当てて瞼を落とした。
「清々しいくらいの私情だな」
「人生は面白い方がいいだろ? お前さん、見たところ腕は立つようだ。俺はそういう奴に賭けたい」
「俺が負けたら?」
「俺の負けだな」
「んだよそれ……」
舌を打つアクシオに、トラガは愉快そうに笑って返す。
「大会は個人戦じゃない。4人1組のチーム戦だ。仲間を集めて出るんだな」
「4人?」
「ああ。飛び入り参加は今日の夕方までだ」
アクシオはため息をついた。
「急に3人も集めろってか」
「祠に行きたいならな」
普通なら、面倒だと切り捨てるところだ。
だが、この状況で船を持つ相手がこの男しかいないなら、選択肢は限られている。
「わかった。出てやるよ」
「いいねぇ。そういう顔が見たかった」
「ただし、優勝したら絶対に船を出せよ」
眼力を強めて釘を刺すアクシオ。
トラガは木札を弾き、歯を見せながら口元を上げた。
「さあ、仲間探しだ。槍の兄ちゃん」
町の広場には、闘技大会の参加者たちが集まっていた。
剣士、魔術士、格闘家、傭兵。
実力を誇示する者もいれば、賞金目当ての者もいる。
「4人1組ねぇ……」
アクシオは腕を組み、周囲を見渡した。
適当な連中と組んでも勝てなくはないだろう。
だが、どうせ参加するなら祠に向かう前の腕試しとして、使える仲間が欲しい。
そう考えている時だった——
「……おい。もしかして、アクシオか?」
聞き覚えのある声。
振り向くと、そこには大柄な男が立っていた。
背には斧。左腕には大きな盾。鈍色に輝く重厚な鎧に身を包んだ戦士だ。
「ビスタ?」
「やっぱりお前か!」
大柄な男は豪快に笑い、アクシオの背中を叩いた。
「痛ぇよ! 相変わらず馬鹿力だな!」
「ははっ、褒め言葉として受け取っておくぜ」
ビスタは、アクシオに似た軽口癖のある金髪の重戦士だ。
攻撃は荒いが、防御と踏ん張りに関しては信用できる。
「なんでお前がこんな所にいるんだ?」
「こっちの台詞だ。俺たちは湖の祠に用があってな」
「俺たち?」
そこへ、ビスタの背後から2人が歩いてくる。
ひとりは、藍色の法衣を着た穏やかな男。手には黄色い石の付いた樫の杖。眼鏡の奥に、落ち着いた瞳を覗かせる。
「お久しぶりです、アクシオさん」
「プレオか」
法術士プレオは、冷静な判断による回復と防御法術を得意とする。
もうひとりは、深緑色の髪を揺らす女性だった。
腰には複雑な装飾を施したショートソードを携え、ワイン色の軽装鎧をまとう、凛とした目元が印象的だ。
「相変わらず軽そうな顔ね、アクシオ」
「開口一番それかよ、セレナ」
「褒めてないわ」
「知ってる」
セレナは剣技と魔術を組み合わせる魔法剣士。口はややきついが、戦闘では非常に頼りになる。
ビスタ、プレオ、セレナ。
かつてエクシーガギルドでの任務を、ともにこなしたことのある3人が、そこにいた。
「ちょうどいい」
アクシオはにやりと笑った。
「お前ら、闘技大会に出る気はあるか?」
「大会?」
「4人1組のチーム戦だ。優勝したら、祠へ行く船を出してもらえる」
「なるほど。僕たちも船の件で困っていたところです」
プレオが眼鏡の縁をつまんで直す。
「つまり、利害は一致しているわけね」
「ああ。どうだ、セレナ?」
「私は構わないわ。あなたが無茶をしすぎなければ」
「それは無理な頼みだな」
「即答しないで」
ビスタが上半身をのけぞらせながら大笑いする。
「よし、決まりだ! 久々に組むか、アクシオ!」
「おうよ!」
アクシオは槍を肩に担ぎ、3人を見渡した。
「優勝して、船をもらうぞ」
精悍な顔つきで拳を握り、アクシオは3人を率いて闘技場へと向かう。




