アクシオ編「エピソード・オブ・ドラゴンランサー Part①」
大都市エクシーガ。
エリシオン王国でも有数の規模を誇るその都市は、今日も朝から人々の活気で満ちていた。
石畳の大通りには商人たちの呼び声が飛び交い、荷馬車が忙しなく行き交う。
武具屋、道具屋、宿屋、酒場。
そして、そんな喧騒の中心近くに、一際大きな建物が構えられている。
——冒険者ギルド。
魔物討伐、護衛、素材採取、遺跡調査。
数多の依頼が集まり、それを生業とする者たちが日々出入りする場所だ。
「アクシオさん、また早々に達成ですか?」
受付嬢が、半ば呆れたような顔で書類を受け取った。
「おう。西の森に出たリザードマンの群れ、きっちり片づけてきたぜ」
「今朝、出発したばかりですよね?」
「相手が弱かったんだよ」
得意げに笑いながら、アクシオは肩に担いでいた槍を軽く回した。
軽口を叩く癖があり、態度だけを見れば少し調子のいい男にも見える。だが、その実力はギルド内でも広く知られていた。
若くして多くの任務をこなし、特に槍の腕に関しては同世代の冒険者の中でも頭ひとつ抜けている。
俊敏な身のこなしと、的確な突き。そして、どんな危険な任務でも笑って引き受ける胆力。
そのため、彼を指名する依頼人も少なくない。
「まったく、無茶だけはしないでくださいね」
「心配してくれるのか?」
「ギルドの貴重な稼ぎ……いえ、戦力ですから」
「おい今言い直したか? ってか、そこは普通に俺個人を心配してくれてもいいんだぜ?」
「次の依頼、受けますか?」
「ぐっ、スルースキル半端ねぇな」
受付嬢の淡々とした反応に、周囲の冒険者たちが笑う。
アクシオは眉間を上げ、大げさに肩をすくめた。
「で、次はどんな仕事だ?」
「少し特殊な護衛任務です」
受付嬢は一枚の依頼書を机の上に置いた。
そこには、依頼主の名が記されている。
——バルガス・ローグ。
エクシーガでも名の知れた大富豪。
商団をいくつも抱え、鉱山、輸送、貿易にも手を広げるやり手だ。
「へぇ、ローグ商会の旦那か。こいつぁ報酬も期待できそうだ」
「報酬はかなり高額です。ただし、内容が内容ですので、腕の立つ者にしか任せられません」
「そう言われると、断りにくいな」
アクシオは依頼書を手に取り、軽く目を通す。
そして、わずかに眉をひそめた。
「誘拐予告?」
「はい。バルガス氏の一人娘、リリア様を誘拐するという脅迫状が届いたそうです」
「犯人は?」
「不明です。人間か、魔物使いか、あるいは別の組織か。まだわかっていません」
アクシオは依頼書を畳み、槍の柄を肩に乗せた。
「なるほどな。つまり、金持ちの娘さんを守れってことか」
「引き受けますか?」
「当然でしょ」
食い気味の返答。迷いはなかった。
「女の子が狙われてるって聞いて、放っておくわけにはいかねぇだろ」
軽い調子の言葉。
けれど、その目だけはまっすぐだった。
受付嬢は小さく微笑む。
「では、すぐにローグ邸へ向かってください」
「あいよ。任せとけ」
アクシオは依頼書を懐にしまい、ギルドを後にした。
ローグ邸は、エクシーガの高台に建つ大きな屋敷だった。
白い石造りの外壁に、手入れの行き届いた庭園。門の前には私兵が立ち、敷地内にも複数の警備兵が配置されている。
「さすが大富豪。家っていうより、ちょっとした城だな」
アクシオは感心したように口笛を鳴らした。
門番にギルドの依頼書を見せると、すぐに屋敷の中へ通される。
玄関広間で待っていたのは、恰幅のよい中年の男だった。高価な衣服に身を包み、指にはいくつもの宝石の指輪がはめられ、輝きを放っている。
だがその煌びやかさとは裏腹に、男の顔には疲れと焦りが滲んでいた。
「君が、ギルドから来た冒険者か」
「アクシオ・フェステンクルスだ。依頼を受けて来た」
「私はバルガス・ローグ。どうか、娘を守ってほしい」
バルガスは深々と頭を下げた。
大富豪としての威厳よりも、娘を案じる父親としての不安が前に出ている。
「脅迫状ってのは?」
「これだ」
渡された紙には、乱れた文字でこう書かれていた。
”月が最も高く昇る夜、娘をいただく”
「はっ、ずいぶん芝居がかった文面だな」
「笑いごとではない!」
「悪い。別に軽く見ているわけじゃない」
アクシオは紙を返し、周囲を見渡した。
「警備は多い。けど、相手がどこから来るかわからない以上、数だけじゃ安心できないな」
「娘は今、二階の部屋にいる」
「なら、俺はその近くに張りつく。犯人が付け入る隙を作らせない」
バルガスは神妙な顔で頷いた。
「頼む。リリアは、私にとってなにより大切な娘なのだ」
「わかってる。必ず守る」
アクシオはいつもの軽い笑みを浮かべた。
「報酬分以上には働いてやるさ」
リリア・ローグは、まだ10歳ほどの少女だった。
薄い栗色の髪を肩まで伸ばし、上品な白いドレスを着ている。
だが、父親と同じように不安げな顔をしていた。
「あなたが、私を守ってくれる人?」
「ああ。アクシオっていうんだ。よろしくな、お嬢様」
「お嬢様って呼ばれるの、あまり好きじゃないの」
「そうなのか?」
「リリアでいいわ」
「了解、リリア」
アクシオは部屋の壁際に立ち、槍を肩に担いだ。
「怖いか?」
「……少し」
「正直でよろしい」
リリアは唇を尖らせた。
「笑わないで」
「笑ってないさ。ただ、怖いって言えるやつは強いと思ってな」
「そうなの?」
「ああ。怖いのに平気なふりをするより、ずっといい」
リリアは少しだけ表情を和らげた。
「あなたは怖くないの?」
「俺か? 俺はまあ、慣れてるからな」
「嘘」
「なんでだよ」
「目が少し真面目だったもの」
意外な言葉に、アクシオは目を瞬かせる。
それから、ふっと笑った。
「鋭いな、リリア」
「父様は、私がなにも知らないと思っているけど……私だって、わかるわ。みんな、怖がってる」
「そりゃそうだ。得体の知れない相手に狙われてるんだからな」
「でも、あなたは逃げないのね」
「仕事だからな」
「それだけ?」
「……まあ、俺にも意地がある」
アクシオは窓の外へ視線を向けた。
高台から見下ろすエクシーガの街は、夕暮れの光に照らされていた。
「目の前で誰かが悲しむのを、黙って見てるのは性に合わないんだよ」
リリアはその横顔をじっと見つめる。
「変な人」
「よく言われる」
「でも、少し安心した」
少女の小さな言葉に、アクシオは軽く肩をすくめる。
「そいつはなによりだ」
やがて夜が訪れた。
屋敷中の灯りが点され、警備兵たちの緊張も高まっていく。
月は、ゆっくりと空の中心へ近づいていた。脅迫状に書かれていた時刻はもうすぐだ。
アクシオは窓際に立ち、外の気配を探る。
庭には異常なし。屋根にも人影はない。廊下の警備兵にも乱れはない。
「……妙な静けさだな」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。リリアは部屋の奥にいろ」
「うん」
リリアが頷いた、その時——上空で、何かが羽ばたいた。
「っ!」
アクシオは反射的に窓を開け放ち、外へ身を乗り出す。
夜空を横切る黒い影。
巨大な翼。鋭い爪。鳥とも言い難い、異形の飛行モンスターだった。
「空からか!」
次の瞬間、モンスターは急降下した。
屋敷の屋根を砕き、窓枠ごと部屋へ突っ込んでくる。
「きゃああっ!」
「リリアッ!」
アクシオは槍を構え、モンスターの爪を受け止めた。
金属同士がぶつかったような激しい音が響く。凄まじい力だ。
床板が割れ、壁にひびが走る。
「おいおい、ずいぶん乱暴な客だな!」
アクシオはモンスターの爪を弾き、槍を突き出す。
穂先が翼の付け根をかすめ、黒い血が飛び散った。
「効いてるな。なら、もう一発——」
だが、モンスターは予想以上に速かった。
片翼を大きく振るい、アクシオの体を壁際へ叩きつける。
「ぐあっ!」
その一瞬。
モンスターの尾が伸び、リリアの体を絡め取った。
「えっ——」
「しまった!」
モンスターはそのまま崩れた壁から外へ飛び出した。
夜空へ向かって一気に上昇する。
リリアの悲鳴が、遠ざかっていく。
「助けて、アクシオッ!」
その声が、胸に突き刺さった。
「くそっ!」
アクシオは壊れた壁から外へ飛び出し、屋根の上へ着地。
モンスターはすでに高く舞い上がっている。普通なら、届かない。槍を投げても、リリアに当たる危険がある。
屋敷の兵士たちは下から弓を構えているが、同じ理由で撃てない。
「撃つな! 娘に当たる!」
バルガスの悲鳴にも似た声が庭から聞こえた。
アクシオは歯を食いしばっては、屋根の上を走って跳ぶ。
近くの塔へ飛び移り、さらに屋根を駆け上がった。それでも、高さが足りない。
「待てよ……!」
足に力を込める。
石造りの屋根がわずかに砕けた。
「俺が、守るって言ったんだろ……!」
リリアの声が聞こえる。
「アクシオッ!」
もう一度、刺さる彼女の声。胸の奥が強く脈打った。
その瞬間、足元から何かが吹き上がるような感覚を覚える。
風ではない。魔力でもない。脚そのものが、空を駆るイメージ。
「なんだ、これ……」
考えるよりも先に、体が動いた。
アクシオは脚を力いっぱい踏ん張る。屋根が砕け、破片が舞う。
そして解き放つ。次の瞬間、体が夜空へ跳ね上がった。
「なっ……!?」
地上の兵士たちが驚きの声を上げる。
だが、アクシオ自身が一番驚いていた。
高く、そして速く。まるで、空へ向かう道が足元にできたようだった。
けれど、感動なんてしている暇はない。
「リリアを——」
凄まじい速度で飛翔し、アクシオは槍を構えた。
モンスターが振り返る。
禍々しく鋭い瞳に、空中にいるアクシオの姿が映された。
「返しやがれぇぇぇっ!!」
アクシオの槍が鈍色の一閃を描く。その一瞬で、モンスターの尾を断ち切った。
解放されたリリアの体が、宙へと投げ出される。
「きゃあああっ!」
「任せろ!」
アクシオは空中で身をひねり、リリアを抱き止める。
そのまま槍を突き出して、モンスターの爪を弾いた。
「ったく、往生際の悪いモンスターだぜ」
リリアを片腕で抱えたまま、アクシオは槍を構える。
モンスターが咆哮し、再び襲いかかってきた。
槍に力を込める。穂先が淡い光を帯びた。
「はあぁぁぁっ!!」
腕をバネのようにしならせ、槍を投げ打つ。
直後、それがモンスターの背を貫いた。翼が大きく裂ける。断末魔の叫びをあげ、夜空から落下。黒い煙を噴出させて消滅した。
アクシオはリリアを抱えたまま、空中で体勢を崩す。
「っと……やべ」
上がることはできた。
だが、降り方まではわからない。
「アクシオ!?」
「あーわりぃ。初めて使った力なもんだから、降り方わかんねぇ」
「ちょっと、どういうこと!?」
「まぁ、心配すんな。なんとかする」
アクシオは苦笑しながら、先ほどモンスターを突き刺した槍を空中で手に取る。
すると今度は、それを自分の落下位置の地面へと投げ放った。
ドーンと激しい音とともに風圧が発生。それを受け、リリアを抱きかかえたアクシオの落下速度が緩和された。
無事に着地。足元の芝生が大きくえぐられる。アクシオは片膝をつきながらも、リリアをしっかりと抱えたままだった。
「リリア!」
バルガスが駆け寄ってくる。
アクシオは少女をそっと地面に下ろした。
「お父様!」
リリアは父親に抱きつき、泣き出した。
バルガスは娘を強く抱きしめる。
「よかった……本当によかった……!」
しばらくして、バルガスはアクシオへ深々と頭を下げた。
「ありがとう。君は娘の命を救ってくれた」
「ま、仕事だからな」
アクシオはそう言って笑った。
だが、膝は少し震えていた。今になって、全身から力が抜けてきたのだ。
「それにしても、さっきの跳躍は……君はいったいなにをしたのだ?」
「さぁな」
アクシオは夜空を見上げる。
さっきまで自分が駆けていた空。信じられないほど高い場所。
「俺にも、よくわかんねぇ」
リリアが涙を拭いながら、彼を見上げる。
「でも、飛んでた」
「飛んでたっていうか、跳んでたっていうか……まあ、似たようなもんか」
「すごかった」
「だろ?」
いつものように軽口を叩く。
アクシオは槍を肩に担ぎ、もう一度空を見上げた。
「天を翔ける脚、か」
自然と、そんな言葉が口をついた。
「悪くねぇな」
月明かりの下、アクシオはにやりと笑った。
この力が、いずれ自分をどこへ連れていくのか。その時の彼には、まだ知る由もなかった。




