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フィナーレ

 ユヅキさんの披露宴の会場は、こじゃれたニューヨークスタイルのレストランだった。

 親しい友人だけを集めたパーティで、平服でお越しください(厳守)という招待状の文言といい、場所といい、なんだかとてもユヅキさんらしいと思った。

 そもそも招待状にも結婚のけの字も無くて、単に「パーティやります」としか書いていない。ちなみに会場を選ぶ決め手になったのは単に「お肉がおいしかったから」だそうだ。

 そんな感じなので、普通の結婚披露宴よりはずっとカジュアルなパーティではあったけれど、それでも着飾った大人の人たちの中に混じって座っていると、そわそわして落ち着かなかった。


 ユヅキさんの旦那さんは京都の旅館の跡取りらしい。

 東京でのらりくらりと遊んでいた(ユヅキさん談)のが、ついに旅館の後を継ぐことになり、ユヅキさんもそれについていくことになったそうだ。ユヅキさん自身は旅館で働くつもりはないらしいけれど、「まあ、なりゆきよね、なりゆき。先のことは知らん!」とのことだった。


 わたしたちが萌音さんを通して、旦那さんにこの場での演奏を打診すると、ありがたいことにとても乗り気で話を聞いてくれて、ユヅキさんには内緒で協力を約束してくれた。

 旦那さんは細身で長身の優しそうな人だった。若いのに枯れた感じというか、草食系ならぬ草そのものみたいな、穏やかな人。大学時代からの付き合いで、音楽にはまるで疎いらしい。


 ユヅキさんは髪を結い上げて、ごくシンプルなノースリーブの真っ白いドレスを着て、旦那さんの横で談笑していた。

 わたしたちを見つけるとすぐに寄ってきて、

「いらっしゃい、あたしの可愛い妹たち! お姉さんの晴れ姿、ちゃんと見届けてよ? あと、料理うまいからしっかり食べてってね?」

 大きな目をきらきらさせて、大きな口でぺらぺらと喋って、一人ずつ順番にハグをした。

「ネルちゃん、今日もかわいいでちゅねぇ! おめかししてきたの?」

「お姉ちゃんに着させられたの。ユヅキちゃん、おめでとう」

 ネルちゃんは頭をよしよしされて、ちょっと鬱陶しそうにしながらもニコニコ笑って答えた。

「石川ちゃん! 最近萌音とべったりなんだって?」

「そんなことないですよ。岩手ではいろいろありがとうございました」

 石川さんは普段通り淡々と答えて頭を下げた。

「ここたん! もう怒ってない?」

「蒸し返さないでくださいよ! 怒りますよ?」

 わたしはムッとして答えた。それから一応「おめでとうございます」と付け加えておいた。

「深杜。このバンドの運命はあなたにかかってるからね」

「わかりました。任せてください」

 深杜は真面目なんだかふざけてるんだかわからない顔で答えた。

「ミソラ! 今度はぜひあなたも一緒に、京都に遊びに来てよ」

「ありがとうございます、ユヅキさん。ドレス素敵ですねえ」

 ミソラはいつものようにのんびり答えた。

「じゃあみんな、適当に楽しんでって! あ、お酒はダメよ? その分いっぱい食べなよ!」

 ユヅキさんはそう言って手をぶんぶん振りながら他のテーブルに向かった。彼女はわたしたちのことをどれだけ腹ペコだと思ってるんだろう。


『ネル・石川ちゃん・ここたん・深杜・ミソラ』という手書きのプレートの載ったテーブルがあって、それがわたしたちの席らしかった。

 会場には岩手でお世話になった三崎さんご夫妻も来ていて、萌音さんたちのテーブルに一緒に座っていた。

 再会した三崎さんはわたしたちにしきりに「また遊びにおいでよ!」と繰り返した。


「それじゃあみなさん、本日は康介君と弓月さんの結婚のお祝いということで。堅苦しくすると怒られちゃいますんで、まあ楽しくやりましょう! 適当に食べて飲んでくっちゃべってください! ご両名、おめでとう! 乾杯!」

 特に花嫁入場みたいなイベントもなく、ユヅキさんと旦那さんの共通の友人代表として、変な蝶ネクタイをつけた三崎さんが乾杯の音頭を取り、すんなりパーティが始まった。

 やたらおしゃれな制服の店員さんが数人で料理を運んでくる。

 サラダにスープ、牡蠣やロブスター、スペアリブにステーキなど、どれも美味しい料理だった。

 ミソラはしきりに一眼レフでユヅキさんやみんなの写真を撮っていた。

 わたしたちがデザートのパンケーキを食べ終えた頃、三崎さんが近寄ってきて、「根岸さん、そろそろ行ってみよっか?」と軽い感じで声をかけられた。

 わたしはトロピカルなジュースを一口飲むと、みんなを見回して、うなずいた。



◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇



 楽器置き場としてお借りしていたスタッフルームへ向かい、楽器を手に取ってぞろぞろ店内に戻る。

 石川さんのウッドベースはスタッフのお兄さんが運んでくれた。ついでに「エグいっすね、いやエグすぎません?」と、よくわからない激励の言葉もいただいた。

 お店はそれほど広いわけではないから、ユヅキさんを含め、店内の皆がわたしたちの動きにすぐに気づいた。


 ユヅキさんは楽器を持ったわたしたちの姿を確認すると、笑いながら目を閉じて、肩をすくめるような仕草をした。


「はーい! みなさん! 宴もたけなわ、たけなわゲートウェイではございますけど、ここでなんと! ユヅキさんの後輩ちゃんたちによるスペシャルライブですよ! はい拍手!」

 三崎さんの柔らかい声が会場に響いた。

 良い感じにお酒が回っているからか、みなさん異様に熱烈な声援と拍手を送ってくれた。

「それじゃあ根岸さん、一言ちょうだい」

「……ユヅキさん、びっくりしました? 旦那さんに協力してもらって、セッティングしてもらったんですよ!」

 マイクを通してユヅキさんに言うと、ユヅキさんは旦那さんに笑いかけて、おどけたように両手をあげた。

「それではみなさん、まずは1曲目、お聴きください。『ユヅキさんフォーエバー』」

 格好つけて言うとお客さんたちから笑いが起こった。

 タイトルはふざけているけど、『なんちゃってブラジル音楽』といった感じの、爽やかでノリの良い曲だ。

 今回の楽器の編成とユヅキさんのキャラクターを踏まえて、みんなでこねくり回していたら自然とできた曲だった。

 石川さんのウッドベースがしっかりと低音を支え、ネルちゃんのカホンが軽やかにリズムを刻む。わたしのアコギと深杜のクラシックギターの上に流れる、ミソラのアコーディオンの哀愁漂うメロディ。

 弾きながら良い曲だなこれ、と思った。

 ……でも、あとでタイトルだけ付け直そう。さすがに。


 お客さんたちはおおむね喜んでくれているようだった。

 間奏のネルちゃんのカホンのソロでは皆で手拍子までしてくれて、曲が終わると店内にわあっという歓声と拍手が響き渡った。店員さんたちまで拍手をしてくれている。

 ユヅキさんはうっすらと微笑んだまま、じっとわたしたちを見ていた。

「ありがとうございます! ネルちゃん、みなさんにお礼言おっか」

「どうもです! 手拍子ありがとうございました!」

 ネルちゃんが屈託なく笑って両手を振ると、また拍手が起きた。

「それでは、もう一曲だけお付き合いください。『ユヅキさんに花束を』」

 わたしは言って、深杜と呼吸を合わせてギターを弾き始めた。


 それは、さっきとは打って変わったバラードだった。

 ユヅキさんを送り出すために。ユヅキさんの未来を祝して。そしてこれまでのユヅキさんの優しさに感謝を込めて。

 絶対に湿っぽくなんてしたくなかった。そんなのはユヅキさんに似合わないし、何より、心配をかけたくなかった。わたしは独りでも一人じゃないって、ユヅキさんがいなくても大丈夫だって伝えたかった。安心して、京都に行って欲しかった。

 アコギのアルペジオを包み込むように、アコーディオンが優しく和音を奏でている。深杜のギターがわたしの歌に応えるようにメロディを奏でる。


 ぼろぼろと涙が溢れてきて、わたしの歌は止まってしまった。

 だめだ。

 これ以上歌ったら、わたしはきっとこの場にうずくまって泣き崩れてしまう。

 けれど、音楽は止まらなかった。

 凛とした、綺麗な発声の歌声。深杜がわたしの隣で歌ってくれていた。

 ぼんやりと彼女を見ると、無理に見開いた両目から涙が流れて、あごの所で雫を作っていた。ネルちゃんも鼻を赤くして、やっとのことで、最低限のリズムだけを叩いている。石川さんは二の腕で涙を拭いながらベースを弾いている。ユヅキさんとあまり接点がないはずのミソラまで涙をこらえている。

 みんなボロボロになりながら、なんとか演奏を繋いでくれていた。


 ユヅキさんと目が合った。

 ユヅキさんは真剣な表情で、ただわたしたちを見つめていた。ただ、わたしたちの音楽を聴いてくれていた。


 ――そうだ、わたしは音楽をしているんだ。

 お別れや感謝の言葉を言いに来たわけじゃない。音楽をするためにここに来たんだ。

 大好きな音楽をしていて、それを真剣に聴いてくれている人がいる。だったら、やめちゃいけない。泣いている場合なんかじゃない。やらなきゃ、命懸けで。


 大きく息を吸って、ひときわ大きな音でギターをかき鳴らした。

 肺に吸い込んだ空気を、歌にして吐き出す。

 わたしはただのひとつの楽器になる。

 深杜がすぐにコーラスパートに回って、わたしの歌をサポートしてくれた。

 ネルちゃんも、石川さんも、ミソラも、まるで「もう大丈夫」というようにはっきりとした音を返してきてくれた。

 会場から「がんばれ」という声が聞こえた。


 演奏が終わると、割れんばかりの拍手が起こった。

 歓声と、指笛と、「良かったよ」「がんばった」という暖かい言葉の数々。泣いている人もいた。それらに包まれて、心がかっと熱くなって、また涙が流れ始めた。


 ――ああ、またユヅキさんに助けられちゃった。

 この場所も、この曲も、このお客さんたちも、そしてメンバーのみんなも。全部ユヅキさんがわたしにくれたものだ。そして、これからは全部自分でやらなきゃいけないんだ。


 出席者の間をぬって、ユヅキさんがしずしずと歩いてくる。真っ白なドレスで、両手をお腹の前で組んで、ゆっくりと。

 なんて素敵な花嫁なんだろう。

 ユヅキさんはわたしの前に立って、わたしの顔を両手で触れた。

「ユヅキさん、ユヅキさん……」

 わたしはもうボロボロで、鼻水まで流して、きっととんでもない顔だったけど、気にしている余裕なんてもちろんなかった。

「ここい」

 ユヅキさんはわたしの名を呼んで、歯を見せてにかっと笑った。その目からぽろぽろと涙の粒が落ちた。

 わたしは彼女の口から聞くわたしの名が、好きだった。

「ユヅキさん、わたし、もう、大丈夫です。大丈夫ですから」

 わたしはユヅキさんに伝えたかったその言葉を口にした。

「うん。よくわかった。最高の演奏だったよ」

 そう言うと、ユヅキさんはわたしとおでこをくっつけて、

「あなたは独りでも、一人じゃない」

 わたしだけに聞こえる声で言った。

「でも、やっぱり寂しいです。寂しくて、死にそうです」

 わたしも彼女にだけ聞こえる声で答えた。

「あたしもだよ。あなたが大好き」

 ユヅキさんはそう言うと、突然わたしの左胸を拳で、どんと叩いた。


 心臓を直に叩かれたような、鮮烈な感覚だった。

 感傷を吹き飛ばして、甘い夢から叩き起こされるような、目の醒めるような衝撃が全身にどん、と響き渡った。

 わたしが驚いて顔を上げると、彼女は笑っていた。きらきらと強い意志を宿した瞳で、まっすぐにわたしの目を見つめていた。

 

「負けるなよ、ここい」


 その言葉と衝撃は、きっと永遠にわたしの心臓に刻まれるだろう。


「ユヅキさんも」


 わたしはなんとか笑みを作って、世界一優しい花嫁に(はなむけ)の言葉を贈った。

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