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〜幕間〜 拗らせここいにクリスマスは難しい

 クリスマスは難しい。


「クリスマスは好き?」と訊かれたら、わたしは多分そう答えるしかないのだろう。

「好き」「嫌い」という結論に行き着く前に、思考が迷路に入り込んで立ち往生してしまう。様々な感情がないまぜになって、結局出力されるのはざらざらとしたノイズだけ。「なんとも思っていない」と答えられるほど無感情にはなれないし、かといって取り立てて気にしているわけでもない。

 だから「難しい」。


 わたしにも一応、子供の頃家族で過ごしたクリスマスの思い出がある。

 そして、それが事態をより一層ややこしくしている。

 父と母、姉にわたし。

 ささやかなパーティ。プレゼント。開かないシャンパン。ロウソク。

 いつの事だったのかすらわからない遠い記憶。顔を思い出せない母。

 わたしはその時の自分の感情すら思い出せない。きっと楽しかったのだろうし、幸福でもあったのだろうけれど——別に強がっているわけでも、考えたくないわけでもなく、ただ純粋にその時の感情を忘却してしまっている。

 もちろん嫌な記憶というわけではないけれど、手放しに良い思い出とも言い切れない。


 ここ数年、わたしはその日を独りで何事もなく過ごしてきた。

 浮かれた人々を忌々しく思うなんてことはない。むしろ、冷たい空気の華やいだ町を歩くのは好きだ。毎年飽きずに流れる変わり映えしないクリスマスソングだって嫌いじゃない。

 ただ、それらを自分自身と結びつけられない。

 わたしは傍観者なのだ。

 満開の桜の花を眺めるように、巨大な満月が空にぽっかりと浮かぶのを眺めるように、わたしはただ「綺麗だな」とそれを眺めている。


 わたしの心の中に、幸せそうな世間の人々への妬みや嫉妬、寂しさが無いかといえば、それもわからない。

 わたしのそういった事情を鑑みるに、むしろそれがあるのが当然なのかもしれない。けれど、わたしには知覚できない。深層心理にそれがあって、わたしの思考や行動に影響を及ぼしているのだと言われれば「そういうものかもなあ」とも思う。だから、わからない。それがわたしの偽らざる正直な答えだ。

 クリスマスは難しい。



 ——と、そんなような話を、いつだったかみんなにした記憶がある。

 ネルちゃんは笑って「あいかわらず拗らせてますねぇ先輩」とわたしの頭を撫でた。

 石川さんは「私もその時期はそれどころじゃないんですよ」と神妙に頷いた。

 ミソラは「年末年始は毎年里帰りしなきゃいけないんだよねえ」と、うんざりした表情をした。

 深杜は「私大好き、クリスマス」と、屈託なく笑った。

 

 そんなことがあってから(もしくは、あったから)、わたしたちはあまりその話をしなかった。

 だから特別な予定が組まれることもなく、今年のこの日も、わたしは何事もなく独りで部屋にいる。

 そうか、テレビが無いからかな。だから世間から隔離されてしまってピンとこないのかもしれない。この時期に否応なく流れるチキンやらサンタのCMが目に入らないから、何も感じないのかも。

 ちらっとそんなことを思ったくらいで、いつもと何ら変わりのない平日。

 わたしもいつも通りギターを抱えて、ああでもないこうでもないと新しい曲のコード進行を探っていた。

 ふと気がつくと、部屋はすっかり暗くなっていた。

 ああ、そろそろ晩ごはんの支度をしなくちゃ。何かあったかな? 無ければお弁当でも買ってこようかな。

 なんて考えながらスマホをちらっと確認すると、メッセージの着信通知がいくつか表示されていた。

『今何してんの?』『ここいさん起きてますかー?』ときて、『おいこら、スマホ見ろ!』というあまりにも理不尽な怒りのメッセージで終わっている。

 送り主は深杜だった。

『どした?』と返事をすると、ほんの5秒くらいで『遅いよ! のろま! すっとこどっこい!』と酷い罵詈雑言が返ってきた。

 なんだこいつと呆れていると、続けて写真付きのメッセージ。

『ここ、どーこだ?』

 煌びやか……とまでは言わないけれど、まあ綺麗だよね、くらいのイルミネーションの前で、マフラーを巻いた深杜がウインクして舌を出している。

 こいつ、こんな写真でも可愛いでやんの。

 ちょっとイラッとしながらよくよく見ると、どうやらその風景に見覚えが……見覚えが……

『駅前? 何してんの?』

 そこはわたしの家の最寄り駅だった。

 その時のわたしの感情を素直に表すなら、「うわ、また始まったこいつ」だ。

 わたしは自分の予定が乱されることが大嫌いだ。

 サプライズなんて嫌いだし、突然家に押しかけてこられるのなんてもっと嫌いだ。

 それは常々深杜にも言ってある。そうしないと根本的に人間好きで陽キャのこいつには、わたしの気持ちなんてまるでわからないのだ。

 それなのに。

『寒いんですけど? 早く来てくれません?』

 わたしの気も知らないで勝手なことを言っている。

 よりによってこんな『難しい』日に。放っておいてほしい日に。独りよがり。お為ごかし。ワガママ。独善的。

 こんなやり方をされれば、拒絶することだってできないじゃないか、卑怯者め。

 せめてもの抗議のしるしとして、わたしはそれに返事をしないまま家を出た。



「Merry Christmas〜! ほっほっほ、良い子にしてたかな?」

 白いふわふわのついた真っ赤な帽子に、つけヒゲまでつけて、愚かな友人は両腕を広げてわたしを迎えた。やたらとメリークリスマスの発音がいいのがうざい。

 駅前の一番目立つ場所で、通行人にちらちら見られながら、わたしはむっとした表情をつくり、ぼそっと訊く。

「……何?」

 頭に来ていたのも、面倒臭かったのも本心だけれど、実際に深杜の顔を見たら、なんだかほっとした気持ちと、愉快な気持ちが少しだけそこに混ざった。

 どんな顔をすればいいのだろう。自分の気持ちがわからない。

 やっぱりクリスマスは難しい。

「サンタさんがはるばるフィンランドからやってきたよ。レッツパーリィー!」

 深杜はでっかい声で宣言して、手にした紙袋を持ち上げてみせる。なにやら色々と詰め込まれた袋から、シャンパン(もちろんノンアルコールだと思うけど)の瓶の先が飛び出していた。

「3駅隣でしょ……友達とパーティとかするんじゃなかったの?」

 クラスの『賑やかな人たち』とクリスマスパーティの予定を話している彼女の姿を見ていたから、てっきりそちらに参加しているものだと思っていた。

「ん? 友達とパーティするんじゃん」

 深杜はきょとんとしてわたしを指差した。とぼけてるな、こいつ。

「……まあ、あっち行ってもよかったんだけどさ、ここい放っておいたら可哀想じゃん? クリぼっちで孤独死されても寝覚めが悪いし」

「それ普通はっきり言うか……?」

 わたしの複雑な感情を無視した、あまりのノンデリっぷりにびっくりして、怒るよりむしろ感心してしまった。ていうか孤独死って孤独のあまり死んじゃうことじゃないからね?

「あのさ、わたし、こういうの嫌いっていっっっつも言ってるよね?」

「知らん。私は好きだもん」

 わ、わがまますぎる。最強かよこいつ。話が通じない。

「てか寒い。早く行こうよ」

 深杜はそう言って自分の肩を抱いて、さすった。

 なんかわたしの方がゴネてるみたいになってない? おかしくない?

 深杜の息は真っ白で、身体も小さく震えている。

「どっかのお店入ってればよかったのに」

 わたしの言葉を、彼女はふっと鼻で笑いながら、

「野暮だねえ、ここいは。こういうのは寒い中待つのがいいんだよ」

 謎の上から目線でそう言った。

 なにその顔。言い返す気力もなくなって、ため息をつく。

「うち、なんにもないよ? なんか買ってく?」

「うん。ケーキとシャンパン持ってきたから、肉買おう肉」

 肉ね。某有名揚げ鶏チェーン店は今ごろ大行列だろうなあ。

 ぼんやりと考えていたら、深杜サンタはわたしの左腕を捕まえて、むりやりに組んできた。

「……あのさ、わたし、こういうの嫌いっていっっっつも」

「結構綺麗だよね、イルミネーション。あっち行ってみよう!」

 わたしの話なんて聞きゃあしない。

 とはいえ、わたしにもわたしの気持ちなんてわからないんだから、訊かれても困るんだけど。


 やっぱりクリスマスは難しい。

久々に追加エピソード書いてみました。

続編、のんびり準備中です。

どうぞよしなに。

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