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ミソラと美空とコントラバス

 わたしの元に、ユヅキさんからパーティーの招待状が届いた。

 ユヅキさんたちの結婚式は、京都で身内だけを集めて挙げるらしいのだけど、それとは別に横浜で披露宴代わりのパーティーを開くのだそうだ。

『ここたん、バンドのみんなと来てね』

 文末にはその一文と共にキスマークがついていて、わたしはげんなりしながらグループすチャットにそのことを報告した。


ここい『ユヅキさんからパーティの招待状来たよ。◯月×日、すていぐま御一行様』

ネル『披露宴ですよね? 行きます行きます!!』

mimori『レッツパーリィ!!』

♪ミソラ『私あんまり面識ないけどいいのかな?』

mimori『ユヅキさんだからだいじょうぶ! 行こ!』

SZCA†SteinFluss『また萌音さんに服選んでもらわなきゃ』

ここい『そういえば平服で来いって書いてあるけど、なに着ればいいの?』

♪ミソラ『適当なワンピとかでいいのよ』

ここい『その適当がわからんのです』

SZCA†SteinFluss『そうなんですよ!』

ネル『そんなことより、やっぱりやっちゃう感じですか?』

mimori 『そりゃやるでしょ、相手はユヅキさんだし』

SZCA†SteinFluss『そう来ると思いました』

♪ミソラ『なんかエモの気配!』

ここい『ユヅキさんをわんわん泣かせよう!』



◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇



 わたし達からしたら、その場所で演奏が出来ないか、となるのはもはや必然だった。新郎新婦の友達が一曲歌う、なんてよくあるし。

「会場はレストランなんでしょう? 貸切とはいえ、ドラムセットだの大きいアンプだのは難しいでしょうねぇ」

 練習後のいつものファストフード店の2階で、石川さんはフライドポテトをかじりながら誰ともなしに言った。

「じゃあ、あれかな。生楽器だけで、アンプラグドってやつ」

 深杜がちょっと考え込むようなそぶりで答えた。

「面白そうじゃないですか! やりましょうよ!」

 全肯定の女、ネルちゃんはやはり何も考えずに賛成した。

「そうすると、編成は……ここいちゃんと深杜ちゃんはアコギ、私はまあキーボード? 厳密にはアンプラグドじゃなくなっちゃうけどね。ネルちゃんは? スネアとバスドラとハイハットの3点セット?」

 ミソラが訊くと、

「そうだ! あたし、あれやってみたいんですよね、カホンってやつ!」

 ネルちゃんはテーブルにどん、と両拳を置いて元気に答えた。

「カホンって、あの四角い木箱をポコポコ叩く、あれ?」

 深杜の言葉に、ネルちゃんが大きく頷く。

 そっか、ストリートの人が箱に座って叩いてるあれって、名前あるんだ。

「ここい先輩とミソラさんがストリートでやった演奏、本当に良かったんで、カホンだったら一緒に出来そうだし、混ざりたいな、なんて」

 あら、そんなこと言ってくれるのね、ネルちゃん。可愛いやつめ。


「あの、私もずっと考えてたことがあるんですけど、いいですか」

 その時、石川さんが真剣な眼差しでみんなを見回した。

「一度、ウッドベースをバンドで使ってみたいんです」

「……ウッドベースかぁ……」

 わたしは呟きながら、ステージで大きなウッドベースを抱え、ボンボンと鳴らしている石川さんを想像した。

――うん、すごく良い。

「おもしろそう! 絶対かっこいいと思う! ジャズの人みたい!」

 わたしはちょっと興奮しながら言った。

 音楽理論もへったくれもないわたしには、ジャズの人たちは「なんか凄い人たち」という、謎に憧れの存在なのだった。我ながら馬鹿っぽいけど。

「鈴夏さん、そういえば吹奏楽部にいたんだっけ。そのときやってたの?」

「はい。吹奏楽で言うところのコントラバスですね。ずっと、バンドで使ったら面白そうだなとは思っていたんですよ」

 深杜の問いに、石川さんはそう答えた。

「そうか、音量バキバキの会場だと難しいけど、アンプラグドやるなら……確かに良い機会かもね」

 ミソラが納得したように言った。生の楽器をバンドで使うとマイクの調整が難しいので、たぶんそのことを言っているだろう。

「ただ、色々と問題がありまして……単純にサイズの問題で運ぶのが大変なのと、そもそも私、楽器を持っていないんですよね。練習のたびにレンタルして、運ぶとなると、手間もお金もかかりますし……うーん、やっぱり、現実的じゃないですかねえ?」

 石川さんは自分で説明しながら、現実に押しつぶされてどんどん萎れていった。

「あ〜、それじゃあさ、うちくる?」

 あまりにもさりげなくミソラが言ったので、わたしたちは少しの間その意味がわからなかった。

「……? えっと、ミソラさんの家で、相談しようってことですか?」

 石川さんが頭の上に大量の『?』マークを浮かべながら訊くと、ミソラは笑った。

「あ〜、ごめん、違くて。うちにあるんだよ、コントラバス。練習もうちですれば、いちいち運ぶ必要なくない?」



◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇


 

 わたしたちはミソラとの待ち合わせの1時間前に鎌倉駅に着いた。

 鎌倉に来るのは小学校の遠足以来だったので、ちょっと辺りを散策してみたくて早めに来たのだ。

「すいません、チーズバーガーセット、玄関前に置いといてください」

「だから配達の人じゃないですってば!」

 深杜にいじられてネルちゃんはぷんすか怒っている。

 あの後(くだん)のカホンを手に入れたネルちゃんは、それを運ぶためのバッグも買ったのだけど、四角くて黒い大きなリュックを背負ったその姿は、どっからどう見ても『なんとかイーツ』の人だった。

「バッグの色、しくったなぁ。可愛いやつにすればよかった」

 ネルちゃんは悔しそうにしている。


 駅舎の外は広々としたロータリーになっていて、平日なのに観光バスが何台も停まっている。バスツアーやら遠足やら修学旅行やらの集団がうろうろしているのが見えた。

 一口に鎌倉といっても、大仏やお寺のある場所は電車で何駅かの範囲にわたって広がっていて、しかも結構な山道なので、あちこち回ろうとするとなかなか大変だった記憶がある。

 今日はみんな楽器も持っているし、近場をぶらぶらするだけにしよう、なんて話していると、

「うえっ……な、なんで!?」

 一人の制服姿の女の子が、わたしたちの前で立ち止まって変な呻き声をあげた。

 あまり見ないタイプのデザインの制服で、いかにもいいところの私立の学校の子という感じがした。スカート丈は長めで、前髪をヘアピンで留め、後ろをきっちりと二つ結びにして、大きめの黒縁メガネをかけている。

 わたしたちはきょとんとして顔を見合わせた。どうやら誰の知り合いでもないらしい。何か用事なんだろうか。

「まいったなあ……こんなに早く来てるとは思わなかったよ」

 その子ののんびりとした口調に、なぜか聞き覚えがあるような気がするのは、気のせいなんだろう、多分、きっと。

「あの、どうかした? 何か用かな?」

 深杜が優しく声をかけると、女の子はなぜかため息をついて恥ずかしそうに目を逸らした。

「……ミソラさんだ! この人、ミソラさんですよ!」

 ネルちゃんがそんな声をあげたので、わたしは「いやいや、まさかそんな」と、一歩近づいて彼女をまじまじと見た。

 唇の斜め下に、見慣れた小さいほくろがある。言われてみれば確かに彼女はわれらがキーボーディスト、本郷美空に瓜二つだった。

「……ほんまや」

「ほんとだ! これミソラだ! ミソラおじょうさまだ!」

「えええー!? 本物ですか!? 妹さんとかじゃなく!?」

みんなで騒いでいるとミソラ(?)は珍しく不貞腐れたような顔をした。

「見られたくなかったんだよなぁ。だってさ、うちの制服、微妙でしょ?」

「……」

「やっぱ微妙なんだね……」

推定ミソラの問いかけには誰も返答できず、彼女は悲しげにどこか遠くを見つめた。



◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇



「おお~……」

 みんなが感嘆の声をあげた。

 ミソラに案内されて15分ほどで辿り着いたのは、延々と続く塀に囲われた、あまりにも立派なお屋敷だった。

 瓦屋根のついた古めかしくて大きな門は格子状になっていて、その向こうには松の植えてある広い庭園が見える。家というかまるで旅館とか料亭みたいだった。

 ミソラはなんでもないように(自分ちだから当たり前だけど)その門を開けて中に入っていく。

 躊躇しているわたしの横をネルちゃんがきょろきょろしながら進んで、みんながその後に続いた。

 庭園の池には案の定ニシキゴイが泳いでいる。探せばきっと『シシオドシ』もあるかもしれない。池の向こうには竹林が広がっていて、白い壁の蔵が建っているのが見えた。

 ミソラが玄関のインターホンを押すと、しばらくしてから女の人の声がした。

『あら、美空。お帰りなさい』

「お母さん、ちょっと予定が早まったんだけど」

 それに答えるミソラの声色が、普段とは違って少し硬く聞こえた。お母さんの前で友達と一緒だと気恥ずかしいとか、そういう感情がミソラにもあるんだと思って少し意外だった。

『お友達がいらしてるのね。構わないからお入り頂きなさい』

「うん」

 ミソラはそれだけ答えるとがらがらと引き戸を開けて、

「じゃあみんな、入って」

 いつものように微笑んだ。


 わたしたちが通されたのはレトロな雰囲気の洋室だった。

 古びているのに綺麗に手入れされた家具やインテリアは、きっとどれも高価なものに違いなかった。

 そのうちの一つの大きなソファにそわそわと座っていると、ミソラのお母さんが紅茶と、フルーツがごろごろ載ったケーキを持ってきてくれた。

「あなたがここいさんでしょう?」

 彼女はお盆をテーブルに置き、わたしと顔を見合わせるなり開口一番で言った。

 話し方も動作もきびきびと明るい、とても若々しい女性で、おっとりしていてたまにおばあちゃんみたいに見えるミソラとは対照的だった。

「あ、はい。お世話になってます」

「やっぱり! 聞いてた通り、可愛らしいお嬢さんね」

 なんか以前にもこんなやりとりがあった気がする。

 わたしってそんな分かりやすい?ていうかみんなは、わたしの事を周りにどう説明してるわけ? 凄く気になるんですけど。

「いえ、そんな」

 この場合の可愛らしいは多分、額面通りの誉め言葉じゃないよな、と思いながら一応謙遜しておいた。

「この子、昔から引っ込み思案で友達も少なかったから心配してたのよ。みなさん、うちの娘をどうぞよろしくお願いしますね」

 ん? ミソラが引っ込み思案?

「へえ、ミソラさんって大人しい子だったんですか?」

 わたしが「まあ聞かないでおこう」と思うのと同時に、ネルちゃんがズバッと聞いていた。

「そうなのよ~。あ、あなた、『ネルちゃん』さんね? え、中学生!? まあまあまあ、こんな古い家、若い人は落ちつかないでしょう? 私も嫁入りしたばっかりの頃は……」

「お母さん、もうわかったからやめて」

 どうにも喋りだすと止まらなくなる人らしくて、ミソラが堪りかねて恥ずかしそうに割って入った。そんなミソラの様子は新鮮で、なんだか微笑ましかった。

 それからミソラはわたしたちを一人ずつお母さんに紹介してくれた。

「そうか〜。ふふっ、美空がバンドをねぇ」

派手な脱線を繰り返しながらみんなの紹介が終わると、ミソラのお母さんはそう言って娘に微笑みかけた。当のミソラは目を逸らして紅茶を飲んでいる。

「うちの人がね、自分が音楽しかしてこなかったもんだから、この子にも色んな楽器をやらせようとしてねえ。なまじ見込みがあったもんだから……まぁ、周りがガタガタ言い過ぎたのよね。この子、すっかり嫌気が差したみたいで、楽器に触らなくなっちゃってねぇ」

「別に、それで嫌になったわけじゃないよ。やることは自分で決めたかっただけ」

「うん、それでまた楽器を弾くことを選んでくれたんだものね。お父さんも喜んでるわよ」

「……お父さんが?ウソだよ」

「ウソなもんですか。あの人は音大の講師なんてやってるから、楽器を早く始めることのアドバンテージを、嫌ってほどわかってたのよ。それで焦っちゃって、あなたに煙たがられちゃってさ。ま、プレゼンが下手なのよ、要するに」

「わかります」

急に石川さんが身を乗り出して喋り始めた。

「好きなものを布教するのって、ほんと難しいですよね!」

ミソラと彼女のお母さんはあっけにとられたように石川さんを見て、ミソラは苦笑いを浮かべ、お母さんは楽しそうに笑った。

「そう、そうなのよ。どんなに素晴らしいものだって力説しても、本人が興味を持たないことにはね。結局それが出来たのは、うちの人じゃなくて、あの、なんとかサラダとかいう……」

「インディゴフィッシュ。全然違う」

「そのバンドと、あなた達だったのよね、美空にとっては。だから、感謝しないとね。お父さんもお母さんも、あなたを音楽嫌いにさせたんじゃないかって、ずっと後悔してたんだから」

「わかった、わかったよ。もう、どうしてそんな話、みんなの前でするかなあ」

「皆さんの前だからこそ、したのよ。そりゃこんな話、自分たちの馬鹿さ加減を晒すようで恥ずかしいわよ。でもあなたのお友達の前で嘘はつけないし、誤魔化すこともできないでしょう? 私の、いわば(みそぎ)ね、これは」



◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇



お屋敷の裏手のガレージの横には、コンクリートの下り階段があって、その先の分厚い扉を開けると、近代的な広々とした部屋が現れた。エアコンと換気扇が回りっぱなしになっており、さらに窓からは日の光も差し込んでいて、地下室なのにまったく息苦しさを感じなかった。

グランドピアノが一台に、キーボードが2台。大きなマリンバ。その他に、大小さまざまな弦楽器や管楽器が、壁面や棚に並んでいる。

「大丈夫かな? ネック反ったりしてない?」

ウッドベースの調子を確認している石川さんの横でミソラが様子を見ている。

「いえ、全然。ていうかこれ、めちゃめちゃいい楽器ですよね? 本当にお借りして大丈夫なんですか?」

「本当に使ってないもん。お父さんに言ったら、じゃあもうあげちゃったらどうかって」

「いえいえいえとんでもない! お借りするだけで結構ですから! ていうか、置く場所がありませんよ」

石川さんがそう言いながら右手の指で弦を弾くと、太くて大きい枯れた音が響いた。左手が指板を降りていくと、低音から高音に、ごわごわした音から艶っぽい音に変わる。

 すらっとした石川さんが大きなウッドベースに寄り添っている、そのアンバランスさがすごく目を引く。彼女の細くて長い指が指板を動き回る様子もなんだか色っぽかった。

「いいね、すごくいい」

演奏が途切れたところで深杜がそう言って小さく拍手をした。

「正直ちょっと感動しちゃった。音も、ビジュアルも、真面目に、私たちのバンドの大きな武器になると思う」

「そうでしょう? すず姉は本当はかっこいいんですよ! ……ちゃんとしてれば」

ネルちゃんがいつものように鼻高々に宣言した。一応注釈も添えて。

「石川さん、腕が綺麗ですね! 二の腕が白くて、すべすべで! はあはあ」

「え、ええぇぇ? やだ、私もう一生長袖しか着ません」

 やば、思わず腕フェチが出た。石川さんにキモがられちゃった。

「そ、そういう意味じゃなくってですね、石川さんのか細い腕とたくましいウッドベースの織りなす、アンビバレントなコントラストと言いますか……コントラバスだけに」

「ちょっと先輩、すず姉が怯えてるからやめてもらえます?」

 ネルちゃんに真顔で怒られて黙るわたし。

「ここいちゃんの性癖は置いておいて、ねえみんな、これ、どうかな?」

 棚の方でなにやらごそごそしていたミソラが、くるりと振り返った。

「それ、アコーディオン!?」

 深緑のツヤツヤとしたボディと鍵盤が黒い蛇腹で繋がっている。ミソラは蛇腹を伸ばしたり縮めたりしながら簡単なフレーズを弾いた。

「そう! 私だけ電子楽器なのが、ずっとモヤモヤしててさ、これだったらちゃんとアンプラグドじゃない?」

「えー! わたし、実物見たの初めてかも!」

 わたしは物珍しくてミソラに近づいてじろじろと見てしまった。

「この、並んでるボタンって何なの?」

 深杜が左手側にずらずらと並んだ丸いボタンをつんつんしながら訊いた。

「これはコードとベースのボタン。伴奏しながらメロディが弾けるってことだね」

 どういう意味? と首を傾げていると、ミソラは丸いボタンだけ押して音を出してくれた。メジャーコードに、マイナーコード、セブンスコード。確かにボタンひとつでコードが鳴っている。端に並んでいるボタンを押すと、ベース音が鳴る。すごい。なんだこの楽器、すごいぞ。でも、

「……これ、鬼ムズくない?」

 わたしが訊くと、

「鬼ムズいよ、ちゃんとやったらね。まあ無理しないで、出来る範囲でぼちぼちやるよ」

 ミソラはのんびりと答えた。

「ここい、これ超面白いよ。私、こんな変な編成のバンドいたら絶対見るもん。やばい、めっちゃ楽しみになってきた」

 深杜が興奮気味に言いながら、顔をぱっと輝かせた。

「じゃあ、次はあたしの番ですね! あたしのニューギア、見てくださいよ!」

 ネルちゃんがバッグから取り出して、自信満々に見せびらかしたそれは――

「箱、だね」

「うん、箱」

「木箱」

「下駄箱?」

「今下駄箱って言ったの誰ですか? ちょっとゆっくりお話ししましょうか」

 たぶん下駄箱って言ったの、すず姉さんだと思うよ。

「まったくもう。確かに箱ですけど、こうやって上に座って叩くわけですよ。どうです? 意外に良い音でしょ?」

 ポコポコ、バンバン、タンタン。ネルちゃんは脚を広げておてんばな感じでカホンを叩いた。なるほど、叩く場所で音が違うし、思ったよりずっと音が響く。後で見せてもらったのだけど、中に弦が張られていたり、実際はただの箱ではないのだ。

「……かわいい」

「子供みたいで可愛いと思う」

「機嫌がよさそう」

「ゼンマイ巻くと太鼓叩くおもちゃみたい」

「違いますよね!? あたしにも下さいよ深杜さん、『このバンドのいい武器になると思うわキリッ』てやつ!」

「……うん、このバンドのいいマスコットになると思うよ?」

「いだだだだだだ!」

 (くら)いほほえみを浮かべながらネルちゃんのほっぺをつねる深杜。おどおどする石川さん。室内に響く乾いた笑い。もうやだこんなバンド。

「わ、わたしちょっとトイレに〜……」

「あ、それじゃあここいちゃん、案内するよ〜」

 私とミソラはその地獄に耐えきれず部屋から脱出した。



◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇ ◇



 部屋の扉をバタンと閉じると同時に、わたしたちは思わず吹き出した。

「あはははは、ネルちゃん、かわいかったね」

「ふふふ、でもまあ、確かに箱だしねぇ」

 コンクリートの階段を登りながらふたりで笑いあった。

「ありがとね、ミソラ。もしかして、家に呼んでもらったの、ちょっといやだった?」

 わたしは階段を登って行くミソラの、制服のお尻に向かって問いかけた。

「ん? そうだね。確かに結構、覚悟は要る感じだったねぇ……そういう所には敏感だね、ここいちゃんは」

 階段を登り切ったところでミソラは振り返って、困ったように微笑んだ。


「私ってさ、さっきお母さんも言ってた通り、ほんとに言われるがまま、なんにも考えないで生きてきちゃったんだよ」

 庭の木から木へ、尾の長い小鳥が鳴きながら飛んで行った。

「私の家は経済的には恵まれてるからさ、本当はそれでよかったのかもね。それなりの学校を出て、それなりの仕事に就いて、よきところで結婚? でもさ、そう考えたら……ゾッとしちゃって。先が全部決まってるんだもん。そんなの、私である意味がない。生きてる意味がないじゃない」

 ミソラは強い意志を込めた瞳をわたしに向けて、宣誓するように言った。

「私、自由になりたいんだ。自分のやることも、進む道も、好きなものも、全部自分で決める。でも、それってやっぱり怖いよ。何をやっても、いつでもどこでも、これでいいのかって自問自答してる」


 何者にも縛られない自由なミソラは、彼女の作り出した偶像なのかもしれない。元々の彼女は、大人しくて、引っ込み思案な、この二つ結びのおさげ髪の少女、本郷美空なのだろう。


「あの時、駅前でここいちゃんとインディゴを歌った時――ようやく、確信が持てた。これが私のやりたいことで、私の人生なんだって。ここいちゃんがバンドに誘ってくれた時、私がどれだけ嬉しかったか、わかる?」

 ミソラの瞳が潤んで、ゆらゆらと水面のように揺れていた。

 わたしは両手を持ち上げて、彼女の肩越しに、二つ結びの髪のヘアゴムを外した。

 ゴムの輪をつるりと抜けた髪が、風に吹かれてミソラの頬にかかった。

「わかるよ、ミソラ。わたしだって同じだけ、嬉しかったんだから」 

 ミソラは少し驚いたようにわたしを見て、それから目を細めて、口角を上げていつものように笑った。

次のエピソードでひとまずは幕となります。

この作品を書いているうちにすっかり高校生気分が蘇り、トラウマと黒歴史でジタバタしたりして、ええと楽しかったです! ほんとに! 泣いてないよ!


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

評価・感想などいただければ幸いです。

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