第8話 考えて......考えて......
「——————やめろよ」
俺の無意識に放った言葉は、重苦しかった空気を一瞬にして凍らせた。その場にいる5人全員の視線が、再び俺に向けられたのを肌で感じた。
——————何やってんだ、俺はぁぁぁぁぁ!!!?
たった一瞬、感情が理性に勝ってしまったことで起きた大失態。感情任せだからこそ、この先どうすればいいのかも分からない。
一言で言い表すのなら、『万事休す』!!!
「何、急に? さっきまで黙ってたくせに」
鳴宮の嘲笑うかのような態度はたしかに鼻につく。
めんどくさい云々を考慮しなければ、言い返したいところなのだが、今はどうやってこの場を丸く収めるか、それが一番重要だ。
いや、でもどうやって……?
丸く収めようとしても、なんだかんだで喧嘩を売るようなことを言ったのは紛れもなく俺。そんな中、「落ち着きましょうや」なんてやったとしても、火に油を注ぐようなことになるかもしれない。
というか、絶対なる。
「おいおい、何か言いたいことあるんだろ? だったら言えよ?」
コイツ、喧嘩する気満々じゃん。
詰んだかもしれん、そう思ったその時——————
「そっちの班の行き先、そろそろ決まったか?」
突如として、何も知らない鬼山先生が地獄のような空気など一切気にせず、3班の様子を伺いに来た。どうやら現時点での進捗を聞きに回っているようだが、タイミングが悪すぎる。
「あ……えっと……そうですね、まだ決まってないんですよ。柳澤さんの役割、決めてるところで」
いかにも優等生ですよ感を出す鳴宮が、鬼山先生に向かって笑顔でそう言った。
「そうなのか? それにしては進んでない気がするが……柳澤、月島に班別行動について聞かなかったのか?」
「え……いや……」
急に話題を振られ、言葉を詰まらす柳澤さん。もちろん、放置でも十分だとは思ったが、もしかしたらチャンスでは? そう思った俺は、鬼山先生と柳澤さんの会話に割って入った。
「それについては教えました! 俺と同じ、チェック係をやるそうです!」
「えぇっ!?」
驚くな!
嘘だとバレるだろ!
俺にも不意を突かれれば驚くのは当たり前ではあるが、頼むから静かにしてくれ、柳澤さん。
「そうなのか。まぁ、柳澤は真面目だからな、2人いるとはいえ仕事は多いからな。柳澤みたいなヤツがやってくれると安心するよ」
鈍感な先生でよかったぁ。
鬼山先生の言葉に、俺は胸を撫で下ろした。
嘘だとバレなくて良かった。
……まぁ、"予定通りなら"今の話は嘘では無くなるが。
「ところで先生、"アレ"ってやらなくていいんですか?」
「ん? "アレ"?」
「班別行動当日にカメラとか配布するために、事前にチェック係が誰なのかを確認する……柳澤さんから見せてもらった、先生のメモ付きのプリントでは、そう書いてありましたよ?」
そう。
先週の金曜日——————柳澤さんにファミレスへ連行されたあの日、柳澤さんが俺に見せてくれた、鬼山先生の付箋付きのプリントには、『班別行動当日の配布物の配布を円滑に進めるため、第3回のホームルームの授業時にチェック係の確認を行います』と書かれていたのだ。
たまたま覚えていたことが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。
ただ、正確に言えば、今は第2回のホームルーム。
第3回と指定されていることを鬼山先生が気づかないことを、最後は願うしかない。
「え? そんなんあったっけか?」
……この男に命運を託した俺が悪かった。
鳴宮の柳澤さんを副班長にしようとする企みを潰し、なおかつ面倒くさそうな仕事を一人で回すことが無くなるよう、無職の柳澤さんを確実にチェック係に入れたかった。ついでにさっきまでのいざこざが忘れられることを祈っていたが、流石に無理だったようだ。
何急に饒舌になってんだ、この陰キャは? という疑問が乗っかった視線が4つ、俺を射抜くのを感じる。
柳澤さんは……なんか頭から湯気を出しながら固まってる。
もう考えることが面倒になってきた。
もうどうにでもなれ、とそう思ったその時、鬼山先生が口を開いた。
「まぁ、そんな話があったかどうかは忘れたが、月島の言う通り当日面倒なことになるかもしれないしな……一応チェック係が誰なのかだけでも把握するか」
鬼山先生は「ありがとうな」と言い残し、教卓の方へと向かっていった。
俺の狙いが分かったのか、鳴宮は舌打ちをし、「陰キャのくせしてふざけやがって」と小声で呟き、そっぽを向いた。
そして——————
「……」
「あー……いや……その……ごめん……」
落ち着いたであろう柳澤さんは、ジッと俺を見つめている。きっと『面倒なことを押し付けられた上に、なんでこんな陰キャと同じ役割をしなくちゃいけないんだ』と思っているだろう。
それに関しては、本当に謝ることしかできない。
「その——————とう」
「ん?」
柳澤さんが何を言っていたのか、ワイワイとした教室のせいで聞き取れなかった。それを察した柳澤さんは、頬を微妙に膨らませた後、言った。
「ありがとう…………その…………副班長に……ならなりようにしてくれて……」
「——————」
俺は、柳澤さんの顔が見れなかった。
柳澤さんのモジモジとした、恥ずかしそうな顔を見たくなかったからか……それとも——————




