第6話 茶髪女子
ぼっちの土日は一瞬で過ぎ去り、時は月曜。
俺は駅を出て、複数の交差点へと続く真っ直ぐな道を歩いていた。
修也とはたまに同じ電車に乗る時があり、そうなったら一緒に登校するのだが、比較的俺の方が早く登校するため、基本は一人で無心になりながら学校へと歩く。
今日がいい例だろう。
「なんだか曇ってるな……」
青い空。
だが、ところどころ灰色の雲に覆われている。
傘持ってくれば良かったかもな。
まぁ、後悔しても仕方ないんだが。
念の為、歩きながらポケットに入った財布を取り出し、残高を確認してみる。
ビニール傘くらいなら、コンビニで買えばワンコインとちょっとあれば足りるだろう。
そう思っていたが、中身は400円と少しのみ。
昨日の出費が、今になって打撃となった。
「これじゃあ雨降ったらヤバいな。まぁ、その時は修也に入れてもらえばなんとかなるか」
修也が持ってくる前提だし、男2人の相合傘なんて、ちょっと嫌ではあるが。
財布をポケットにしまい、分かれ道を右に曲がろうとしたその時、「ちょっと待って」という女性の声が聞こえた。
反射的に止まりそうになるが、よくよく考えずとも、ぼっちの俺には全く関係がない。火を見るより明らか、というやつだ。振り向く必要なんてない。俺はそのままアスファルトの地面を一歩一歩と歩いていく。
「ちょ……無視しないで止まりなさいよ!」
止められているヤツはまだ止まっていないのか、そう思うと同時に、ふと後ろがどんな状況なのかが気になった。
人間は興味が少しでも湧くと、気になって仕方なくなる生き物だ、という話をどこかで聞いたことがある。
今の俺を表すなら、その言葉がピッタリなのではないだろうか? 事実、俺は今、後ろが気になってしまう。
そうなったら、やることは一つだろう。
俺は右足を軸に、身体を後ろに向けるようにして振り向いた。
「え」
「は?」
分からない。
一瞬だった。
俺の視界に入ったのは、さっきまで通っていた道でも、通行人がただ静かに歩いていたり、集団で歩いていたりした風景でもない——————俺の学校の制服を着た、たった一人の茶髪の女子の驚いた様子の顔だけだった。
——————ゴンッ!!!
次の瞬間、鈍い音と共に頭部の鋭い痛みが俺を襲った。
思いっきりぶつかったのだろう、死ぬほど痛い。
痛みに悶えながらも、俺は薄目で先程の女子生徒を見た。
俺と同じように、頭を手で抑えながらしゃがみこんでいた。
「いきなりなんなんで——————」
「ちょっと! いきなり振り返らないでよ!」
なんなんですか——————そう言切る前に、俺は彼女の言葉に遮られた。
「イッタァ……もう! 何度も呼んでんのに無視しやがって……このク〇陰キャが!」
「——————」
なんだこいつ?
初対面のくせして、失礼にも程があるだろ。
理不尽に晒された怒りをなんとか抑え込み、俺は立ち上がって、逃げるようにその場を後にしようとした。
面倒だし、何よりムカつくからだ。
だが、逃がすまいと茶髪女子は俺の肩をガッシリと掴んだ。
意外と力強い。
てか、地味に痛い。
「なに逃げようとしてんのよ! 話聞きなさいよ!」
「いや、初対面のヤツに悪口言うような人の話なんて、聞く理由ないんだけど?」
素直に話を聞けば、もしかしたらすぐに解放されていたかもしれないが、つい怒りで思っていたことを言ってしまった。
だが、意外にも効果はあったようで、茶髪女子は汗を一筋額から垂らし、険しい顔をしたまま俺の肩から手を離し、少しだけ後ずさった。が、彼女は吠えるように言葉を発した。
「何イキっちゃってんの!? ダッサ!」
険しい顔はどこへやら。
煽るような表情で、茶髪女子は俺に言った。
わかりやすい挑発だ。
俺からしてみれば、そんな挑発に乗ったところで意味は無いし、そんな安い挑発なんて気にしない。
これ以上相手をするのは無駄だ。
それならどうするか——————?
俺は何も無い前方を指さし、近所に迷惑にならないほどの声の大きさで叫んだ。
「あぁぁっ!!! 鬼山先生が野良猫触ってる!!!
「え!? アイツいるん!?」
占めた!
俺が指さした方向に気を取られてる彼女の隙をつき、俺は出来る限り全力で走った。
「あ! ちょっと、待ちなさい!」
出遅れた茶髪女子を一本道で振り切るのは難しかっただろう。だが、俺が今いる場所は、交差点前にある入り組んだ道路。
曲がり角などを駆使し、俺は謎の茶髪女子を振り切ることに成功した。
——————平穏な日々はどこ行った……?
息も絶え絶えとなっている俺は、ひっそりとした細道の中、天を仰ぎながらそう思った。
★★★
「げっ……」
校門を目の前にし、俺は無意識にとてつもなくヤバいものを見るような表情になってしまった。
その理由は——————
「遅かったじゃない。人の話を聞かないク〇陰キャ」
校門の前で仁王立ちした茶髪女子は、俺をチクチクと刺すように睨み、そう言った。
「人の事をヤバいものを見るような目で見て……失礼だと思わないわけ?」
「いや、実際そうだろ……」
なんだか調子が狂う。
そう思いながら、口から自然と心の声が漏れた。
「……まぁいいわ。それよりアンタ、さっき初対面とか言ってたけど私の事覚えてないの!?」
「いや、覚えているも何も、初対面だろ」
「はぁ!? 信じらんないっ!!! 私、班別行動で同じ班の神野なんだけど!?」
……誰?
そんなやついたっけ?
「ちょっと、ボサっとしてないで話聞きなさいよ!」
「え、嫌です」
「アンタみたいな陰キャに拒否権なんて無いわよ!」
言い終える前に、茶髪女子——————神野さんは、俺の手首をガッシリと掴み、力いっぱいに引きずり始めた。
抵抗しようとしても多分意味ないだろう。
そう思い、俺は抵抗せずにそのまま神野さんに引きずられた。
「ちょ……自分で歩きなさい!」
ツッコミが飛んでくるとは思いもしなかった。
★★★
人通りが少ない西校舎。
家庭科室や音楽室、手芸室などの特殊な教室が多くあるこの校舎は、まだ授業の始まっていない時間帯である今は、朝であるにも関わらず、どこか寂しげな感じがした。
「ここなら誰もいないわよね」
神野さんが選んだ教室は実験室。
物理や化学の授業で度々使われるこの教室は、暗幕のせいで外の様子が全く分からない。
「話、聞く気になった?」
「帰っていいですか?」
「ダメに決まってんでしょ!」
なんだこのコントみたいなやり取りは。
「もう! コントみたいなやり取りしてないで、話聞け!」
コイツは俺の心の声でも読めるのか?
そう思いながらも、このまま頑固に話を聞くことを拒否していても仕方が無い。
結局、俺は神野さんの話を聞くことにした。
「アンタ、私と同じ班よね? これだけ手こずらせて違うとかほざいたら、この場で息の根止めるから!」
随分と過激派な人だ。
それはそうと、俺と班別行動が一緒なのはあのセンター分けイケメンと柳澤さん。その他女子3名。その中にこんな茶髪女子いたっけ……?
「ちょっと、まさか同じ班の人のこと、覚えてないとか言わないでしょうね?」
——————ギクッ
一瞬俺の目が泳いだのを、神野さんは見逃さなかった。
「これだから陰キャは……」
「それ、関係あんのかよ」
「うっさいわね……アンタ、2年2組の3班の月島で合ってるでしょ? こんだけ忘れられてると不安になるわ」
「まぁ……月島であってるけど……」
「……これだから陰キャは……」
ため息を短く吐き、テーブルの下にあった小さな椅子を引き出し、テーブルに肘を掛けるように神野さんは座った。色々と目のやりどころに困る。
「同じ班ってわかったところで、話の本題行くわよ」
「俺の意志やっぱガン無視かよ」
ぺちゃくちゃと喋る神野さんの話の最中、俺は早く時が過ぎ去ってくれないだろうか、と願望を胸の中で叫んだ。




