第4話 ふぁみりーれすとらん
「——————とりあえず、今日の授業はここまででいいだろう。時間ももうすぐだし」
この日最後の数学の時間、後半はずっと先生が喋っていたこともあり、俺は完全に話を聞くのをやめていたが、"ここまで"という言葉を聞き、やっと終わったと思いながら、机に出ていた教科書類をこっそりとカバンにしまった。
「宿題は月曜日に回収するから、明日明後日で終わらせるように!」
先生がそう言いメガネをクイッとした時、ちょうどチャイムが鳴った。本日の授業終了のチャイムが、止まっていたクラスの時を動かしたかのように、教室は生徒たちの話し声や移動音で埋め尽くされた。
俺はカバンを背負い、修也のいる席に向かった。
俺と修也は部活に入っていないため、たまに一緒に帰ることもある。いつもは修也から誘ってくるが、たまには俺から誘いに行くのも悪くないだろう。
「修也、どうせもう帰るだろ? 一緒に帰ろうぜ?」
初めて誘ったから、不自然な感じになっていないか心配だ。まぁ、どうせ断られないだろうしいいだろう。修也だし。
そう思ったが、俺を見た修也は申し訳なさそうな顔をしていた。
「悪いな。今日は班別行動の班でどこ行くかの話し合いすることになってんだ。ぼっちにさせて、すまんな」
顔の前で手を合わせ、少し腰を折り曲げている修也に悪気は無いだろうが、"ぼっち"というワードはやめろ。悲しくなる。
ただ、そういう事情なら仕方がない。
「なんも知らないのに誘ってごめん。頑張れよ」
「ははっ! 別に大変なことじゃねぇよ! また明日な!」
明日は土曜日だ、と心の中でツッコミながら、俺は教室を後にした。
★★★
学校から駅までは20分ほどと少し遠い。
駅まで行くには、交差点をいくつも通らなければならず、悪い意味で時間が合うと赤信号で何度も止められる。
そして今日、俺は運悪くその赤信号に連続で引っかかっていた。
「こんなに赤信号で止められるなら、もしかしたらこの先も止められるな……反省文とか書かなきゃいけないってんのに……」
悪態をついても仕方がないのはわかっていても、こう何度も通りたい時に止められれば、塵も積もれば山となる方式で、少しずつ苛立ちが積もってしまう。
レストランやコンビニ、それから有料駐車場。他にも自動車販売店などもあるが、そんな風景など既に見慣れているし、なんの関心も湧かない。
「——————」
横の歩行者信号が点滅を始めた。
赤信号ループから抜け出すには、走って次の信号を青で渡るしかない。
走りに自信は無いが、たまたま思い出した今、忘れないうちに反省文を仕上げたい。
青で点滅していた歩行者信号が赤信号へと変わった。瞬き程の一瞬の後、車道信号が黄色に変わり、赤色の灯りが点いた。
それを確認した俺は、全力で一本道を走り出す——————
「月島くん……だよね?」
透き通るような声。
聞いた事のない声だ。
だが、その声の主は俺を呼んだ。
俺は脊髄反射で声の主がいるであろう方へと素早く振り向いた。
視線の先にいたのは、俺と同じ学校の制服を着た女子生徒だった。
肩にかかる程の長さがあり、艶のある黒い髪。
雪のように白い肌。
そして、感情を置き去りにしたかのような、無表情な顔。
この特徴を持つ女子生徒は、最近嫌という程見てきている。
「柳澤さん……?」
女子生徒——————柳澤さんが小さく頷いた後、その健康的なピンクの唇が開かれた。
「私と、少し話をして欲しいんだけど、いいかな?」
どこかを指差しながら、柳澤さんはそう言った。
スベスベとしていそうな右手の人差し指が指す方向を目で追うと、そこには超有名ファミリーレストラン、「キャスト」があった。
どんな話があるのかは分からない。
何もした覚えもない。
というか、何もしてない。断言出来る。
ただ、これだけは言える。
めんどくさい事になった、と。
★★★
「いらっしゃいませ〜、空いてるお席をご利用くださ〜い」
比較的ズッシリとしたドアを開けたと同時に、明るい店員さんの声が聞こえた。
レストランにはあまり行ったことがないため、本当に勝手に席に移動してもいいのかと戸惑っている俺を尻目に、柳澤さんはズカズカと店内を歩き始めた。
俺はその後を慌てて追った。
大分奥の席まで移動した柳澤さんは、店内の一番端——————なんだか他の席と比べて、ひっそりとした席を選び、ソファ席に座った。
「? 座らないでどうするの?」
「へ? あ……あぁ、ごめん……なさい……?」
何を考えているのかが全く分からない。
めちゃくちゃ怖いんだけど!?
動揺。焦燥。不安。恐怖。
脳内大パニックではあるが、俺は平然を装いながら柳澤さんと向かい合わせになる形で席に着いた。
柳澤さんは既に、席においてあったタブレットでドリンクバーを注文している。
顔をチラ見するが、何一つ変わらない無表情。
怖すぎる。
「何か頼む?」
「え!? あ、いや、大丈夫です!」
テンパりすぎだろ!!!
心の中で俺は俺自身にそう、指摘した。
こんな時、修也がいればどれほど楽だろうか。
今、この場にはいない修也の顔を思い浮かべる。
なんだかんだ言って、アイツがいるからこそ平穏な日々を保てている。
そんなキーパーソンが欠けると、こうも自分が無力なのかと思い知らされる。
——————えぇい、だからなんだ。
こうなったらやけくそだ!
この後面倒なことになるかもだけど、ボッチの俺には捨てるものなんてほとんどないんだ!
「あの……なんで、俺を呼ぎ……呼び止めたん……ですか?」
俺は少し噛みながらも、言葉を繋いで言った。
思った事を言えた安堵感と、その後の不安、たった一言を言うだけでこんなにも惨めな姿になる自分への呆れ。
それらが、俺の中でつっかえる。
そんな内心ぐちゃぐちゃな俺を、柳澤さんは彼女の真横に置いてあるカバンをジッと見つめている。
無表情で、ジッと。
怒っているのか、それとも何かを考えているのか、はたまた、多分違うけど悲しんでいるのか。
表情から分からないからこそ、無駄に空気が張り詰めている。息苦しい。
というか、なんでカバンなんて見つめてんだよ。
心の均衡を保とうとしているのか、意味の無いツッコミを心の中でしてしまう。そんな、内心大混乱な俺をよそに柳澤さんは口を開いた。
「昨日のことで、話があるんだけど」
「き……昨日……?」
昨日、俺は柳澤さんとは会っていない。
そもそも、同じクラスだと発覚したのは今日だ。
更に頭が混乱してきた。
とりあえず、柳澤さんの言う"話"というのを聞こう。
聞けば、何か分かるはずだ——————多分。
「その"話"っていうのは……なんなんですか……?」
「え……」
「……え……?」
「伝わってない……?」
「いや……だって"話"があるって……」
逆に今の会話で何が伝わるのか、俺はそれを聞きたくなってしまった。
それはともかく、なんだこの意味わからん空気は。
相変わらず柳澤さんは無表情で、何を考えているのかは一切予測不可能。
対する俺は、脳内大混乱の果てにもう思考するのが疲れてきた。
「鬼山先生がそう言えば伝わるって……言ってたんだけどなぁ……」
無表情のまま視線を落とす柳澤さんを見て、俺はまた謎を増やされた。
なんでこの会話に鬼山先生が出てくるのか。
——————"昨日のことで話がある"
そう言えば、俺に話が通じるだろう、そう鬼山先生が柳澤さんに言ったと捉えるのがおそらく正解。
昨日……?
昨日といえば、寝不足気味だった。
それから班別行動の班決めと、日付を跨ぐが真夜中に通知で悩まされた。
それしか記憶にない。
鬼山先生が関係していることなど——————ん?
俺は二つ、あることを思い出した。
班別行動の班員が実際なら6人以上のはずだが、まだ5人しか揃っていないことに。
そしてもう一つ。
一昨日のスマホ使用の件で呼び出された後のことだ。
保健室帰りの柳澤さんを、俺は目撃している。
当時は仮病だと思っていなかったが、昨日柳澤さんの顔を見なかったのは、もしかしたら本当に体調不良で、その翌日も休んだから。
だとしたら、一つの仮定が浮かび上がる。
——————もし、柳澤さんが6人目なら?
班を決めたのは鬼山先生だ。
そして、勝手に班を決めた理由は確か"まだ話したことのない人との交流目的を達成するため"だったはずだ。
鬼山先生から色々と説明すればいいはずだが、鬼山先生はあえて柳澤さんに"昨日のことで話がある"と俺に伝えるように言った。
この一連の出来事で、先生の目的は多少は達成される。鬼山先生には、そうさせる理由と利点があるわけだ。
それでいて、6人目が柳澤さんならば、班の欠員も、柳澤さんが一昨日保健室に行き、その翌日も休んだことで柳澤さんと会わなかったことも説明ができる。
——————ややこしくしすぎだろ。
呆れ。疲れ。そして、納得。
色んな感情が混じりあった深いため息が、俺の口から漏れた。




