第91話 なめちゃダメ!
ほかに方法はないか、片っ端から戸棚を開ける。
そのとき、屋根から吊るしてあるドライフラワーが目に入った。
「あれは、前に摘んでおいたスリートピー……そうだ!」
鍋に水を張り、スリートピーを放り込む。
沸騰したところで弱火にして、しばらく煮込む。
そこへ大量の砂糖をどさっと加え、とろりとしたシロップ状になるまで溶かしていく。
仕上げに、鍋に向かって呪文を唱える。
ピンクの光が弾けると同時に、鍋からぶわっと湯気が立ち上った。
それを吸い込んだ瞬間、頭がくらりと揺れる。
あっぶない! 湯気だけで寝落ちしかけた!
両手でほっぺたをぱちんと叩いて、気合を入れ直す。
「サビー、この鍋の中身をあたりの木にかけてきて!」
サビーに鍋とお玉を渡す。
「これをか? なんだか甘くていい香りだな」
そう言って、サビーがシロップをなめようとした。
「なめちゃダメ! 眠くなるから! ほら、早く木にかけてきて!」
慌てて止めると、サビーは「ちぇっ」と言いたげな顔をした。
それでも鍋を抱えると、結界の外へ駆け出していく。
甘いシロップの匂いにつられたのか、結界に群がっていたクワガタたちが一斉に飛び立ち、サビーの後ろを追いかける。
サビーは黒い大群の攻撃をかわしながら、木に次々とシロップをかけていく。
すると、後を追っていた虫たちは急に動きを変え、シロップが塗られた木々へ張り付いた。
ぺちゃぺちゃと、シロップをなめる音がここまで聞こえてくる。
サイズが大きいから、なめ方までダイナミックだ。
やがて――ぼとり、と一匹が木から剥がれ落ちた。
続けて、ぼとり、ぼとりと次々に落ちていく。
そう。
スリートピーのデバフ――睡眠効果が、クワガタたちに効いたのだ。
「やった! ――ラセンっ!」
「うん!」
ラセンは結界を解くと、白ラムネを口に含んだ。
それを飲み込むと、杖を掲げて呪文の詠唱に入る。
「大気の底に眠る氷雪よ、たぎる熱を静寂へと還せ。震えよ凍土の鼓動、目覚めよ永久の檻――世界を白銀の絶望で満たせ! グラシアル・ノヴァ!」
地面に突き立てた杖の先から、真っ白な霜が走る。
それは地面に転がるクワガタたちへ一気に広がり、黒光りしていた甲殻が一瞬で白く凍りついた。
ラセンが叫ぶ。
「サビー!」
「おう!」
サビーが、凍り付いたクワガタを片っ端から砕いていく。
そして最後の一匹へ勢いよく飛び乗る。
パリン、と甲高い音を響かせて、白い体が粉々に砕け散った。
「やった……」
「やったね……」
私とラセンが、その場にぺたんと座り込んだ。
そこへ、右手にお玉、左手に鍋を持ったサビーが戻ってくる。
「茉歩瑠、これ、なんだったんだ? なんであいつら、これに吸い寄せられたんだ?」
「あー、これね。私の地元だと、クワガタを捕るときによく使う方法なの」
「クワガタを捕る方法? またお前の地元の変な話か」
サビーはもうこの手の展開に慣れたのか、けろっとした顔で鍋とお玉を差し出してきた。
「今回は完全に茉歩瑠のおかげだな。下手すりゃ魔物にたかられて全滅だったぜ」
「うん。茉歩瑠ちゃんのバフとデバフのおかげ」
突然二人に褒められて、照れくさくなった私は頬をかいた。
「でも、ラセンの結界魔法のおかげで料理をする時間ができたし、シロップをうまく使ってくれたのはサビーだから。これは、みんなの勝利だと思う!」
「だな」
「うん」
私たちは顔を見合わせて笑いあった。
――ぱち、ぱち、ぱち……。
突然、背後から拍手の音がした。




