第9話 おにぎりにしてもいいですか?
「ヘイゼルさん、お弁当作り、私も手伝わせてください!」
忙しそうに立ち働いている彼女に話しかける。
「え? ありがとう! さっそくだけど、桶に広げたご飯をお弁当に詰めてもらえるかしら」
「わかりました!」
言われたとおり、桶の前に立つ。
うっすらと湯気を立てるご飯は、白米とは違う、茶色っぽくてぼそぼそとした見た目だった。
しゃもじを手にしたところで、ふと思いつく。
これをただお弁当箱に詰めるより、片手で手軽に食べられるようにしたほうが、夜警の合間に助かるんじゃない?
「ヘイゼルさん、このご飯、〝おにぎり〟にしてもいいですか? あと、中に何か味のアクセントになる具を入れたいんですけど……」
「おにぎり? よくわからないけど、具ならこの壺の木の実なんかどうかしら。保存食なんだけど――」
言いながら、ヘイゼルさんが戸棚から出してくれた小さな壺を受け取る。
中には、しわしわになった赤い実が詰まっていた。
試しに小さい実をひとつつまんで、ぽいっと口へ放り込む。
「すっっっぱ! なにこれ、梅干しじゃん!」
涙目でのたうつ私を見て、ヘイゼルさんが呆れ半分に笑う。
異世界にも梅干しみたいなのってあるんだ! これなら、完璧な梅干しおにぎりが作れる!
「よしっ」
手に水をつけて塩を馴染ませ、ぼそぼそのご飯を手に取る。
真ん中に真っ赤な実をのせて、ぎゅっぎゅっとにぎっていく。
「おお! 何かそれっぽいのができた!」
次々とおにぎりを握る。
やがて、桶の中にはたくさんの梅干しおにぎりが並んだ。
「さて、と」
布巾で手を拭い、腰のステッキを手に取る。
「どうする気だ?」
「きまってんじゃん。愛情をこ・め・る・の!」
桶から少し離れて、ステッキを構える。
「すぅー」と、おなかに空気を貯めて――左手のブイサイン越しにウィンク。
そのまま一回転して、びしっとポーズを決める。
横から視線を感じるけど……気にしない!
「レーナ! クーシ! イオ!」
一オクターブ高い声で呪文を唱える。
ステッキの宝石が輝き、ピンクの閃光が桶へと飛ぶ。
淡い光が桶全体を包むと、ぱっとはじける。
ぼそぼそだった茶色いおにぎりが、炊きたてみたいにつやつやと輝き始める。
「完っ璧!」
なんだか視線が増えた気がするけど、気にしない気にしない!
私は、いそいそとおにぎりをお弁当箱に詰めた。
右手に槍、左手にお弁当の包みを持ったランドルフさんを見送り、私とヘイゼルさんはリビングでお茶をすすっていた。
「あのすっぱい食べ物、何て言うんですか?」
「ああ、あれはね、〝火竜の実〟っていう赤い果実よ」
「かっ、かりゅう!?」
「ふふ、大げさよね。ただ赤いからそう呼ばれているだけよ。収穫したときは固い実なんだけど、漬け込んでおくと柔らかくなって食べやすくなるの。ちょっとすっぱいんだけどね」
完全に梅干しだ。
そういえば、私もおばあちゃんが握ってくれた梅干しおにぎりが大好きだったっけ。
すっぱかったけど、不思議と元気が出たんだよね。
両肘をテーブルについたまま、そっとカップに口をつけた。
ほうじ茶に似たその味が、おばあちゃんの住む田舎の風景を連れてくる。
「おばあちゃん……元気にしてるかな」
ふぅ、と息を吐く。
その途端、視界がぐらりと揺れた。
「あっ、あれれ?」
手放しそうになったカップを慌てて握り直し、テーブルに置く。
だめだ……すごく眠い。
「畑仕事の疲労と、魔力の消費が重なったせいだな。いつまでも起きてないで、さっさと寝ろ」
腰のステッキが、小声で正論をぶつけてくる。
カチンとくる言い方だけど、そのとおりだ。
もう起きていられない。
「お茶……ごちそうさまでした……お先に……休ませてもらいます」
「今日はありがとうね。おやすみなさい」
「はい……おやすみなさい……」
私はやっとのことで椅子から立ち上がると、壁伝いに部屋へと戻った。
自室の扉を閉めると、そのままベッドへと倒れ込む。
全身がベッドの中へと吸い込まれていくような感覚に、無抵抗で包まれる。
今日は……がんばりすぎた……な……。
そう思ったところで、私の意識はぷつんと途切れた。




