第83話 一緒に行きましょう
ある雨の朝、軒先にびしょ濡れのラセンが座っていた。
ルルさんはラセンを家に招き入れて、暖炉で暖をとらせてから、事情を聞いた。
そのとき、ラセンは「王宮から逃げ出してきた」と語ったそうだ。
それから一年近く、身を潜めるように、この家に住んでいたらしい。
「……そんなことが……」
「……俺も知らなかったぜ」
実は、ラセンとルルさんの関係は少し気になっていた。
見た感じ、血のつながったおばあちゃんというわけではなさそうだし。
けど、安易に聞かなくてよかった。
私はひとり、ほっと胸をなで下ろした。
「もう一度言うが、このことは黙っておいておくれよ」
私とサビーは無言でうなずいた。
夕食の時間になっても、ラセンは起きてこなかった。
食後、リビングでお茶を飲みながら、私はサビーと昼間のことを話していた。
「ガーク、様子がおかしかったよね。僧侶の子もいなかったし」
「ああ、代わりに変なやつを連れてたな」
黒いローブ姿の人物。
杖も使わず、詠唱もなしに炎を放っていた。
「そもそもだけど、あれって魔法だったのかな? 火の玉を放り投げてるように見えたし。ねえ、あなたはどう思う?」
私の問いかけに、腰のステッキがぴょんとテーブルに飛び乗った。
「あいつが炎を作り出したとき、魔力を感じ取れなかった」
「となると、魔法じゃない別の何かってこと?」
「おそらくな」
「けど、そんなことできるの?」
「炎を吐く魔物もいるからな。炎を撃てる魔道具だってある。炎による攻撃が、すべて魔法とは限らない」
「そっか」
キメラ。
様子のおかしくなったガーク。
謎の黒ローブ。
それに、メリアのこともある。
なんだか、どんどんややこしくなってきた。
私とステッキの会話を聞いていたサビーが、口を挟んだ。
「けどよ、結局俺たちにできることは、警戒しながら王都を目指すことだ。ガークが来ようが、何が出てこようが、それは変わらないだろ?」
うん。サビーの言うとおりだ。
こっちから打って出るわけにもいかないし、今は気をつけながら王都を目指すしかない。
「……そうだね。気を付けながら進むしかないね」
◇
「ご、ごめんね……心配かけちゃって……」
翌朝、ぼんやりした表情のラセンが、私とサビーに深々と頭を下げた。
「こっちこそ、毎回ごめんね。ラムネのデバフのせいで……」
魔法を使うたびに倒れるなんて、ラセンが気の毒すぎる。
それに、もしものときにラセンが動けなかったら、それこそ大ピンチになりかねない。
早くなんとかしないと。
「ほら、突っ立ってないで席に座りな」
ルルさんが、テーブルに朝食を並べていく。
私たちは、いつもと同じ席に腰かけた。
朝食を終えると、すぐに出発の時間となった。
ルルさんから事情を聞いたラセンは、目を赤く腫らしている。
「お世話になりました」
私は、大きな荷物を背負ったルルさんにぺこりと頭を下げた。
「ルルおばあちゃん……また、会えるよね……」
ラセンがか細い声で言う。
「当たり前だよ。必ずまた会えるさ」
そう言って、ルルさんはラセンをやさしく抱き寄せた。
ラセンは指で涙を拭うと、何度も何度もうなずいた。
実は、昨日の夜、私はルルさんに「一緒に行きましょう」と持ちかけていた。
けれど、私たちに危険が及ぶかもしれないからと、彼女はうなずいてくれなかった。
「それじゃ、そろそろ行きますね」
私たちはもう一度、頭を下げた。
「ああ、気をつけてお行き」
「はい。ルルさんも……」
まんぷく号の引き手に力を込める。
そして私たちとルルさんは、別々の方向へ歩き出した。




