第80話 ルルさん、すっごく物知りだね
私とラセンは、昔ラセンが使っていた部屋を借りていた。
ルルさんと時間を忘れて薬草談義をしていたせいで、部屋に戻るころにはすっかり夜中になっていた。
そっと扉を開け、忍び足でベッドへ向かう。
「い、今終わったの?」
隣のベッドでラセンが身を起こした。
「ごめん、起こしちゃった?」
私は辞典をかばんにしまうと、ベッドに腰を下ろした。
「ど、どんな話、したの?」
「いろいろ教わったよ。ルルさん、すっごく物知りだね」
「で、でしょ? と、特に、鉱石に詳しいんだよ」
「へー、そうなんだ。食材になる鉱石もあったりするのかな? 明日、聞いてみようかな」
だめだ。薬草のことも、鉱石のことも、考え出したら止まらない。これは、簡単には眠れないかも……。
私はベッドにごそごそと潜り込み、サイドテーブルの上で小さな火を灯していたランタンを消した。
窓から差し込む月明かりが、部屋の中を青く染める。
「おやすみ……」
「お、おやすみ……」
すぐに、隣から安らかな寝息が聞こえてきた。
案の定、私は目が冴えて眠れずにいた。
天井を見上げながら、なんとなくこの世界に来てからの出来事を思い返す。
最初の村のこと。
サビーやラセンとの出会い――。
そのとき、ふと思った。
『サビーにも、ラセンにも、私と出会う前の時間があるんだよね』
私は、異世界から来たことを二人に話していない。
逆に、私だって二人のことをすべて知ってるわけじゃない。
ルルさんのことだって、ついさっきまで知らなかった。
それでも、二人は仲間だと言ってくれる。
だけど、仲間って、どこまで踏み込んでいいんだろう。
「なんだか、むずかしいな……」
私は、小さな声でつぶやいた。
◇
「おはようございます……」
寝不足気味でぼんやりしたまま、リビングの扉を開ける。
テーブルには、すでに朝食が並んでいた。
そしてひとり、もしゃもしゃとパンをほおばるサビーの姿がある。
「朝から寝ぼけた顔してんな」
「朝なんだから、寝ぼけた顔くらいするでしょ、普通」
相変わらずのサビーの言葉に、相変わらずの返事を返す。
「ラセンは?」
「ルルさんの手伝いをしてるぜ」
サビーに言われてキッチンのほうを見ると、ラセンとルルさんが並んで、朝食の支度をしていた。
その姿は、まるでおばあちゃんの手伝いをする孫みたいだった。
なんかほほ笑ましいな、なんて思いながら、私は昨日と同じ席に座る。
「昨日はずいぶん遅くまでやってたみたいだな」
「うん。なんか楽しくなっちゃってさ」
そこへラセンがやってきて、私の前に朝食を並べてくれた。
「ありがとう」
「う、うん。先に、食べてて」
ラセンがキッチンに戻ると、入れ替わるようにルルさんがやってきた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「いいんだよ。あたしも楽しかったしね」
ルルさんがくしゃっと笑う。
なんだか、初めて会ったときよりも打ち解けた気がするな。
ラセンとルルさんも席につき、改めて四人で朝食を食べていると、目玉焼きをぺろりと平らげたサビーが、思い出したように私を見た。
「そうだ、茉歩瑠。今日は何時ごろ出発するんだ?」
「それなんだけど……」
私は、カップを傾けるルルさんを見る。
「ルルさん、ご迷惑ついでに申し訳ないんですが、もう一晩泊めてもらえませんか?」
ルルさんが、少し意外そうに眉を上げる。
「あたしは別に構わないが……旅のほうは大丈夫なのかい?」
「急ぎではあるんですけど、昨日教わった薬草をどうしても探してみたくて」
この理由は、半分は後付けだった。
寝付けずにベッドの中であれこれ考えているうちに、私は気づいてしまったのだ。
私がルルさんを薬草談義に付き合わせたせいで、ラセンとルルさんがゆっくり過ごす時間を奪っていた、ということに。
「ま、茉歩瑠ちゃん、いいの? 大丈夫、なの?」
ラセンが、ルルさんと私をおろおろと交互に見る。
「さっきも言ったでしょ。私、どうしても薬草を探してみたいの。これは私のわがままだから!」
ラセンに向かって、ごめんね、と手を合わせる。
「逆に付き合わせちゃってごめんね。あ、サビーは私の薬草採取に付き合ってね」
「なんで俺まで!?」
文句を言うサビーを視界の端に追いやり、私は目玉焼きに調味料を振りかけた。




