第78話 昔、王都にいたらしい
森を少し進み、脇へ伸びる細い道に入る。
しばらく歩くと、木々に囲まれるようにして、一軒の古びた家があった。
土台の石は苔むし、外壁には蔦が絡んでいる。
二階建ての屋根には、レンガ造りの煙突が突き出していた。
「ここ?」
うっそうとした木々に囲まれ、昼間だというのにあたりは薄暗い。
どこからかカラスのような鳴き声が聞こえてきて、私は思わず肩をすくめた。
ラセンは慣れた様子で玄関の扉へ向かい、ためらいなくドアノッカーを叩く。
コンコンという音が、森の静けさに吸い込まれていく。
しばらく待ってから、もう一度鳴らす。
けれど、扉が開く気配はなかった。
「る、留守……かな」
ラセンが困ったように首をかしげる。
「ちょ、ちょっと、裏を……見てくる」
そう言うと、ラセンは家の裏へ回っていった。
「いないみたいだね」
「だな」
私とサビーが、家の周りをぐるぐると回っているラセンを眺めていると、不意に背後から声がした。
「お前さんたち、何か用かい?」
声のほうを振り返ると、とんがり帽子をかぶった、子供くらいの背丈のおばあさんがいた。
あれ? もしかして、この人がラセンの言ってた人?
「ラセン! こっちきて!」
ラセンに向かって叫んだ瞬間、おばあさんの表情が変わる。
「ラセン? ラセンがいるのかい!?」
ラセンが、てとてととこちらへ走ってくる。
そして、おばあさんの姿を見つけるなり、その表情がみるみる明るくなっていく。
「おばあちゃん!」
家の中は、どこか不思議な雰囲気だった。
棚には見たことがない道具や、いろいろな鉱石が並んでいる。
陽の当たる窓辺では、黒猫が丸くなって眠っていた。
ウリ坊がとことこと近づき、その隣にころんと寝転がる。
黒猫は一瞬だけ首をもたげてウリ坊を見たけれど、気にした様子もなく、また目を閉じて丸くなった。
ラセンは、部屋の中をゆっくりと見回している。
「急に訪ねてきて、どうしたんだい?」
ティーポットを持ったおばあさんが、キッチンから戻ってきた。
「近くまで来たから、おばあちゃんの顔を見たいと思って」
いつもは緊張気味に喋るラセンが、すらすらと話している。
いい意味で、いつものラセンっぽくない。
なんていうか、肩の力が抜けているというか……。
安心しているときのラセンって、こういう顔するんだな。
「そうかい。ほら、突っ立ってないで座りな」
少しぶっきらぼうに促され、私たちは椅子に腰かけた。
ラセンは慣れた様子で、窓際の席を選ぶ。
それを見て、おばあさんがふっと笑った。
「ラセン、お前はいつもその席だったね」
「うん。この席からだと、ちょうど窓の外が見えるから」
ラセンは頬杖をついて、窓の外へ目を向けた。
「それで、お前さんたちは?」
お茶を注ぎながら、おばあさんが私とサビーを見る。
「あ、星咲茉歩瑠です。ラセンとパーティーを組んでいます」
「俺はサビーだ。よろしくな」
「そうかい。あたしゃ、ルルだ。見てのとおり、森でひっそり暮らすばばあさ」
そう言って、ルルさんは湯気の立つカップを私の前に置いた。
「さっき、近くまで来たと言っていたね。旅の途中なのかい?」
「はい。実は、王都を目指してまして……」
「ふぅん、王都に……。ラセン、お前も行くのかい?」
「うん。一緒に行くよ」
ラセンがカップを受け取りながら、にこやかに答えた。
「……へぇ。そうかい」
ルルさんが目を細めた。
なんだろう。
その反応が、ちょっとだけ引っかかった。
それから私たちは、ルルさんといろいろな話をした。
ルルさんは昔、王都にいたらしい。
今はこの森で、魔術や鉱物の研究をしながら暮らしているそうだ。
王都では、魔術を教える立場にいたこともあるという。
「ラセンは、ルルさんから魔法を習ったりしてたの?」
「う、ううん……してない」
ラセンが首を横に振る。
「わ、私は、おばあちゃんとは違う系統……だから」
そっか、魔法使いにも系統とかあるんだ。
洋食のシェフと和食の板前みたいな? ……いや、ちょっと違うか。




