第45話 これ、食べたいの?
「うわぁ!」
驚いて立ち上がる。
いつのまにか私の隣に赤ずきんみたいな格好をした子どもが立っていた。
赤いフードを深くかぶり、その奥から私を見上げている。
突然の出来事に、夢中で食べていた二人の手もぴたりと止まった。
サビーはゆっくり皿を置くと、腰の短剣にそっと手をかける。
ラセンは皿を持ったまま、息をのんで固まっている。
ウリ坊が皿をかつかつと鳴らす音だけが、夜の静けさに響く。
少しの沈黙のあと、その子がそっとフードを脱いだ。
金色の髪がふわりとこぼれ落ちる。
そこから現れたのは、まるで人形みたいに整った顔だった。白磁みたいな肌に、鮮やかな赤い瞳。
この世のものとは思えない美しさに、私は目が離せなくなる。
「ねえ、私も食べたい!」
少女がぴょこんと跳ねて、おねだりするように言った。
その言葉で、我に返る。
「えっ? これ、食べたいの?」
「うんっ!」
こうして見ると、ただの子どもにしか見えない。
少しずつ、張りつめていた気持ちがほどけていく。
「たくさんあるからいいけど……。じゃあ、そこに座って待ってて」
さっきまで私が座っていた切り株を指さすと、少女はぴょんと飛び乗った。
疑問を山ほど抱えつつも、とりあえず皿にリゾットをよそう。
スプーンを添えて差し出すと、少女はぱっと顔を輝かせた。
「やった!」
足をぱたぱたさせながら、少女がリゾットを口に運ぶ。
「んんー! おいしい!」
スプーンをぎゅっと握りしめ、目をきらきらさせる。
その仕草は、どう見ても普通の子どもだった。
ふっと、頬がゆるむ。
「茉歩瑠ちゃん! どいてっ!」
ラセンの叫びに、私は反射的にその場から飛び退いた。
勢いのまま、地面に転がる。
「ファイアボール!」
ラセンの杖から放たれた火球が、まっすぐ少女めがけて飛ぶ。
次の瞬間、少女に直撃した火球が轟音とともに弾け、火柱を吹き上げた。
「ちょ! え、えぇぇ!?」
何が起きたのかまるでわからないまま、私は呆然と炎を見つめる。
やがて炎の勢いは弱まり――その中から、黙々とリゾットを食べ続ける少女が姿を現した。
「ちっ……だめか」
ラセンが小さく舌打ちをする。
「えっ? だめ? えっ!?」
頭が追いつかないまま、少女とラセンを交互に見る。
「茉歩瑠ちゃん、その子、人間じゃない!」
「茉歩瑠、離れろ!」
サビーも短剣を抜き、身構えている。
荷車の下には、ぷるぷると震えるウリ坊のお尻が見える。
すると、少女がスプーンを動かす手を止めて、ほっぺを膨らませた。
「もー! ごはん食べてるんだから、静かにして! お行儀悪いよ!」
再び、しんと静まり返る。
少女が皿をかつかつと鳴らす音だけが、夜の中に響く。
サビーもラセンも、身構えたままその様子をじっと見つめている。
やがて、リゾットを食べ終えた少女が、空になった皿を私に差し出した。
「おいしかった! だからー……おもちゃをこわしたことは、ゆるしてあげるっ!」
おもちゃ? こわした?
何を言っているのか、まるでわからない。
さっきからずっと、理解が追いつかない。
「それじゃ、またね」
少女はそう言い残すと、ふっと姿を消した。
「はぁぁぁ」「ふぅぅぅ」
サビーとラセンが、ほとんど同時にその場にへたり込む。
地面に大の字で寝転がったサビーが、空を見上げたまま言う。
「茉歩瑠、おまえ、よく平気でいられたな。あの女が飯を食ったとき、何も感じなかったのか?」
「何かって?」
へたり込んだままのラセンが、震える声でサビーに続ける。
「あ、あの子……茉歩瑠ちゃんのごはんを食べた瞬間、すごい気配を、まき散らしたんだよ……」
「そうなの?」
サビーがむくっと起き上がる。
「赤黒い気配っていうか……とにかく、すごい圧だった。本当に何も感じなかったのか?」
「う、うん……」
ウリ坊まで震えてたってことは……。
何も感じなかったの、私だけ?
なんだか、私だけ鈍感なやつみたいじゃん。
「と、とにかく……晩ご飯の続き! みんな座って!」
気持ちを切り替えるように声を張り、もう一度三人分のリゾットをよそう。
「あんなことがあったのに、まだ食う気あるんだな」
倒れていたサビーが、むくっと起き上がる。
「あるよ。だってあの子、もう帰ったみたいだし。それに、お腹すいたままだと、いざってときに動けないでしょ」
「そりゃ、そうだけど……」
サビーが皿を受け取る。
「はい、ラセンの分。少なめにしておいたから」
「う、うん……」
ラセンもしぶしぶ皿を受け取った。
「さ、食べよ!」




