第3話 異世界に来て、秒で詰んだんだけど……
お菓子を食べる手が止まる。
何? 何の話?
「街の冒険者ギルドに依頼していた、魔物討伐の件だ」
焼き菓子を両手で持ったまま、首をこてんとかしげる。
その反応を見て、彼の表情が変化した。
眉をよせながら、私のスカートを指さす。
「お前さん、その格好……〝討伐依頼を受けた魔法使い〟じゃないのか?」
ここで、ようやく気がついた。
これ、完全に勘違いされてるやつだ。
「えーと……たぶん、違います……」
誰と間違われてるかはわかんないけど、少なくとも、私じゃないことだけは確かだ。
「……やはりそうだったか。少し変だと思っていたんだ。本物の魔法使いなら、ボウリル程度の魔物にやられて気絶するはずがないからな」
「えっと、その……見てました?」
「ああ。ちょうど、ボウリルがお前さんの顔面を捉えたところをな」
「あー、そうですか。ですよね。でないと私、ここにいないですもんね。あははは……」
あーあ、よりにもよって一番見られたくないところを見られてた。
このままだと、かき捨てた恥でゴミ箱がぱんぱんになる。
いや、今もピンクでフリフリの魔法少女コスのままなんだから、もうとっくにぱんぱんか。
……ま、いっか。ここ、異世界だし。
雑に納得した私は、また焼き菓子をさくさくと食べ始めた。
それにしても、魔物討伐かぁ。
さっきは凶暴なウリ坊にお尻を突かれたし、いよいよ異世界に来た実感が湧いてくるな。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はこの村の村長、ランドルフ。それと、妻のヘイゼルだ」
そっか、この人、村長だったんだ。
「えっと、星咲茉歩瑠って言います」
二人にぺこりと頭を下げる。
「さっきの話ですけど。魔物討伐って、畑にイノシシが出たりするんですか?」
「イノシシ? その魔物は知らんが、違うな。畑ではなく、村の中に魔物が入り込むようになったんだ。家畜たちも、そいつにぜんぶやられたよ」
あ、思ってたのと違う。これ、想像よりもずっと深刻なやつだ。
もちろん、畑を荒らされるのも十分深刻だよ?
だけど、家畜が襲われるって……。
それ、かなり本気で危ない魔物だよね。
「なんか……大変ですね……」
急に気軽な空気じゃなくなって、私は無難な言葉を返した。
何気なく額に指先を当てる。
うん。さっきよりも、痛みがだいぶましになった気がする。
――それにしても、すっかり長居しちゃったな。
お茶もお菓子もたくさんごちそうになったし、そろそろ帰らないと。
……あれ?
帰るって、どこへ?
魔物が出るなら野宿は無理そうだし、そもそもテントなんて持ってない。
唯一の持ち物は、ステッキいっぽん……。
見ると、窓の外はうっすらと紫がかっている。
嘘でしょ……。
異世界に来て、秒で詰んだんだけど……。
能面みたいな顔で、呆然と宙を見つめる。
そんな私の様子に何かを察したのか、ランドルフさんが口を開く。
「お前さんさえよければ、泊まっていけ。魔物は一度現れると、その後数日は現れない。村もしばらくは安全だ。さっきの部屋を使ってくれていい」
あ、私が詰んでるの完全にバレてる。
間違いなく気を使わせちゃってる。
でも正直、助かった!
「ありがとうございます!」
私は嬉しさを隠そうともせず、満面の笑みでぺこりと頭を下げた。
「なに、困ったときはお互い様だ」
◇
その夜。
私はベッドにひっくり返って、ぼんやりと天井を見上げた。
泊めてもらえたのは助かった。
だけど、突然こっちの世界に来ちゃったし、なんにも持ってきてないから、やることがない。
ごろりと寝返りを打つ。
すると、テーブルの上のステッキが目に入った。
このステッキのせいで、こんなことになってるんだよなー。
ウリ坊にお尻をつつかれたり、ピンクでフリフリの格好のまま過ごすことになったり……。
そもそも、なんで私がステッキと一緒に、この世界へ来ることになったのか――。




