第2話 へ? 魔物討伐?
あれ? 私……。
ゆっくりと上半身を起こすと、額からタオルがぽとりと落ちた。
「つぅ!」
額がじんじんと痛む。
そっと触れると、小さなたんこぶができていた。
あー、そうだった。ウリ坊との一騎打ちでやられたんだ。
あいつ、なかなかの使い手だったな。次に会ったら、絶対一発入れてやる。
鈴木先生、不甲斐ない弟子でごめんなさい。
いや、今はそれどころじゃないな。
ここ、どこだ?
ぼんやりとした頭で、部屋の中を見回す。
丸太の柱に板張りの壁。
飾り気はないのに、どこかおしゃれなロッジみたいな部屋。
窓の外の高さからして、どうやら二階らしい。
ふと、ベッド脇のテーブルが目に留まる。
そこには、私の唯一の手荷物――あの、魔法のステッキが置かれていた。
「ねえ、ここ、どこだろ?」
「どこかの村だな。魔物にやられて気を失っていたお前を、この家の男が助けてくれた」
ステッキが、ぶっきらぼうに答える。
そう。私をこの世界に連れてきて、開幕早々ひどい目に合わせた元凶。
それが、この〝魔法のステッキ〟なのだ。
先端には、拳より少し小さい赤色の宝石。
根元には、やたらかわいい羽根。
見た目は完全に魔法少女のステッキなのに、しゃべる声はちょっとおっさんくさい。
「そっか、この家の人が助けてくれたんだ」
ベッドに腰かけて、肩をぐるぐると回す。
脚を曲げ伸ばしして、関節の具合を確かめる。
うん、額のたんこぶ以外は、たぶん大丈夫そう。
「家の人に、お礼を言わないと」
私はゆっくりと立ち上がると、そっと部屋のドアを開けた。
ドアの隙間から廊下をのぞく。
ちょうど、桶を抱えた女性がこちらへと歩いてきて、私と目が合った。
「あっ」
とっさに目を逸らした私に、女性が安堵の表情で駆け寄ってくる。
「気がついたのね! よかった!」
「あ、はい。あの、ありがとうございます」
ドアから顔だけ出してお礼を言う。
けど、さすがに失礼すぎると気づいて、慌てて廊下に出る。
「あなた! 彼女が目を覚ましたわよ!」
「おぉ、そうか」
低く大きな返事が返ってきた。「あなた」ってことは、旦那さん?
階段がギチギチと鳴り、重い足音が、ゆっくりと近づいてくる。
現れたのは、中年くらいの男性。
がっちりとした体格だけど、どこか落ち着いている。
短く整えた髪に、キリッとした眉。控えめに言って、かなりカッコいい。
え、ちょっと待って。
私、こんな人にお姫様抱っこされて運ばれた!?
なんて、ひとりで勝手に盛り上がっていると、手元のステッキがつぶやく。
「お前、この男が引く荷車の上でうなされてただけだぞ」
「そういうの、言わなくていいんだって!」
一階のリビングに通され、そわそわしながら椅子に座る。
知らない世界の家でおもてなしを受けるなんて、昨日の私は想像もしていなかった。
しかも、こんな格好で……。
苦笑いしながら、スカートの裾をつまむ。
「かわいい服ですね」
奥さんが優しくほほ笑んで、私の前にティーカップを置く。
「あ、ありがとうございます」
褒められるのは悪い気はしない。
けど――この格好って、こっちの世界ではどうなの?
セーフなの!?
カップにお茶が注がれる。
立ち上る湯気と一緒に、嗅いだことがない香りがふわっと漂ってきた。
続いて、焼き菓子の入ったカゴがテーブルに置かれる。
スコーンっぽいけど、たぶん違う。でも美味しそう!
その瞬間――
ぐぅぅぅぅ……。
私のお腹が、見事な音を立てた。
旦那さんらしき人が、私にお菓子のカゴを向ける。
「遠慮しないで食ってくれ」
聞かれた。
完全に聞かれた。
今の音、どう考えても「お腹ぺこぺこです」って自己紹介したようなものだ。
恥ずかしくて、耳が一気に熱くなる。
……でも実際、お腹は減ってる。
だって、何の準備もなく、こっちの世界に連れてこられたんだもん。
しかも、晩ご飯の前だったし。
じとっとした目で、腰のステッキを見る。
視線を避けるように、ステッキがわずかに傾いた。
あなたのせいで恥かいたよ、もう。
お茶の支度を終えた奥さんが、彼の隣に腰を下ろした。
「さあ、冷めないうちに」
奥さんの言葉に促されて、私はティーカップを手に取った。
心地いい香りが鼻をくすぐる。
……もういいや、異世界の恥はかき捨てだ。
「いただきます」
ふーふーと息を吹きかけて、ひと口飲む。
んー、美味しい!
花みたいな、果実みたいな、うまく言えないけどすごくいい香り。しかも、後味が爽やか。
今度はお茶菓子に手を伸ばす。
見た目はスコーンっぽいのに、食感が少し違う。ほんのり甘くて、これも美味しい!
私が小動物みたいにお茶菓子を頬張っていると、彼が話を切り出した。
「それで、魔物討伐の件なんだが――」
「へ? 魔物討伐?」




