第28話 無理無理無理無理!
街道には出ず、私たちは森の中を進んでいた。
草を踏むたびにガサガサと音がして、魔物に気づかれるんじゃないかと気が気じゃない。
キノコ狩りで何度も入った森なのに、今はまるで別の場所にいるみたいだった。
いつもはなんとも思わなかった薄暗さが、ひどく不気味に感じる。
森の奥に広がる闇へ、そのまま引きずり込まれてしまいそうな気さえする。
街って、こんなに遠かったっけ……。
すっかり動けなくなったウリ坊を抱え、先を行くサビーのあとを懸命についていく。
「きゃあぁぁぁ!」
また魔物の叫び声!? 違う、今のは女の人の悲鳴だ!
サビーが立ち止まり、険しい顔で耳を澄ませる。
「今の悲鳴……ラセンだ!」
「ラ、ラセンって?」
「俺がいたパーティーの魔法使いだ。でかい帽子をかぶってたやつだ」
いた! ガークとサビーが揉めてたとき、後ろでおろおろしてた!
悲鳴が聞こえたのは、私たちが進んできた方向から見て左側。
キノコ狩りでも入ったことのない、さらに森の奥だ。
「……どうする? 行ってみる?」
恐る恐る聞くと、サビーの表情が険しくなる。
「あいつ、パーティーの中で唯一、俺に優しくしてくれたんだ。あいつが危ないなら、なんとかしたい……」
「……よ、よし……それなら……い、行こう……」
怖い。
正直、かなり怖い。
前に熊みたいな魔物に爪を振り上げられたときのことが、嫌でも頭をよぎる。
しかも、今回は得体のしれない相手だ。
だけど、あんな悲鳴を聞いて、自分だけ逃げ帰るのも違う気がする。
「……」「……」
私たちは無言で顔を見合わせると、悲鳴のしたほうへと進路を変えた。
地面すれすれまで身を低くして進む。
ステッキを握る手に、じっとりと汗がにじむ。
いざとなれば、私も魔法で戦うしかない。
……美味しくなる魔法でダメージを与えられるかは、わかんないけど。
やがて、視界が開けた。
木々が途切れた先には、サッカーコートくらいはありそうな広場が、森の中にぽっかりと空いていた。
そこで私は――この世のものとは思えない光景を目にした。
私を襲った、あの熊みたいな魔物。
その腹から、大きなトカゲの上半身が突き出している。
トカゲの口元では、長い舌がちろちろと動いていた。
熊の体のほうは、大きく爪を広げて身構えている。
その視線の先には――大きな岩。
次の瞬間、腹のトカゲが口を開き、炎の弾を吐き出した。
火球は一直線に岩へ飛び、ぶつかった瞬間、轟音とともに爆ぜる。
無理無理無理無理! 絶っ対に無理!
熊に炎を吐くトカゲが合体してるとか聞いてない!
「サビー! これはさすがに無理だって!」
前方で様子をうかがっているサビーに、小声で訴える。
サビーが、ちらりとこちらを振り返る。
「前にも言ったろ。俺はEランクだ。絶対に無理だ」
「だよね!? だったら今すぐ逃げ――」
その言葉を、サビーの低い声が遮った。
「だけど、今ならやれる気がする……。茉歩瑠のおにぎりと焼き菓子を食って腹が満たされたせいかな。あのときと同じ感覚があるんだ。俺がひとりで魔物を討伐したときの、あの感じだ。いや、今はそれ以上かもしれない」
おにぎりと焼き菓子。
火竜の実とクスイルの実……。
食材辞典に書かれていた効果を思い出し、私は小さくうなずく。
「わかった。私、サビーを信じるよ。きっと大丈夫!」
「茉歩瑠がそう言うなら間違いないかもな! ちょっと行ってくる!」
そう言うなり、サビーが草むらから飛び出す!
「こっちだ!」
サビーが叫ぶと同時に、一気に魔物との距離を詰める。
ついさっきまで私の目の前にいたのに、いくらなんでも速すぎでしょ!?
背後を取られた魔物が大きく跳び上がる。
腹のトカゲが口を開き、上空からサビーめがけて火球を吐き出した。
けれど、サビーは鋭く身をひねり、それをかわす。
そして、着地する魔物めがけて一気に踏み込む。
「はぁっ!」
サビーの重い蹴りが叩き込まれる。
魔物の巨体は吹き飛び、そのまま大岩へ激突した。
轟音とともに岩が真っ二つに割れ、その陰から震え上がったガークたちが姿を現す。
口から血を流しながら、魔物はなおもゆっくりと立ち上がる。
まだ動けるの!?
そう思った直後、トカゲの頭がぼとりと地面に落ちた。
頭を失ったトカゲの首から血が吹き出し、魔物の体も力を失ったように崩れ落ちる。
サビーは短剣の血をひと振りで払い、静かに鞘へ収めた。
その背後で、倒れた魔物が紫色の炎に包まれる。
やがて、その姿は跡形もなく消え去った。
「あっさりこわされちゃった」
「っ!?」
反射的に振り向く。
そこには、羽をぱたぱたさせながら浮かんでいるステッキがいた。
「今なんか言った?」
「いや、俺は何も言っていない」
だよね。そんなおっさん声じゃなかった。
もっと高くて、少女みたいな……空耳かな。
そこへ、サビーが小走りで戻ってきた。
「なんか、思ったよりも手ごたえがなかったな……茉歩瑠、帰ろうぜ。俺、腹減った」
「う、うん」
……やっぱり、気のせいだよね。




