第13話 私にはこの本がある
「お前さんに、これをやろう。きっと役に立つはずだ」
そう言って渡された本は、国語辞典くらいの大きさで、ずっしりと重かった。
表紙には草花や木の実、それに動物の絵が描かれている。
「これは?」
「親父が昔に書いた本だ。いろいろな食材と、その効果についてまとめたものらしい。俺にはさっぱりだがな」
「えっ? そんな貴重な本を私に? それにこれ、お父さんの形見なんじゃ……」
「何言ってる。親父はまだ生きてるぞ」
「あっ」
「気にするな。親父は世界中を旅して、食材を研究してるんだ。自分じゃ〝食材研究家〟なんて名乗ってるがな」
ランドルフさんは苦笑いした。
ぱらぱらとページをめくる。
そこには緻密な食材のスケッチと、びっしりと書き込まれた文字が並んでいた。
……うん、何が書いてあるかはさっぱりわからない。あとでステッキに読んでもらおう。
でも、この本があれば、バフ飯屋だってすぐに始められそう!
「ありがとうございます! すっごくうれしいです!」
私は頬が緩みそうになるのをこらえながら、食材辞典をぱたんと閉じた。
◇
早朝、私は村の入り口に立っていた。
ランドルフさんとヘイゼルさん、そして村の人たちが何人か、見送りに来てくれている。
「これ、お腹がすいたら食べて。夏草っていう野草を練り込んだお団子よ。この村の名物なの」
ヘイゼルさんが、小さな包みをそっと手渡してくれた。
「ありがとうございます!」
ここから隣町までは、歩いて半日と少しかかる。
昼食をどうしようかと考えていたところだったから、すごくありがたい。
「村も安全になったことだし、もう少しゆっくりしていってもいいんだぞ?」
ランドルフさんが、少し名残惜しそうに言った。
ありがたいけど、私にはバフ飯屋を開店して大儲けするという、たいへん重要な予定がある。
だから、いつまでもこの村にとどまってはいられない。
「ありがとうございます。用事が全部済んだら、必ずまた来ます」
「そうか。待ってるぞ」
「ええ、私も楽しみにしてるわ」
ほんの短い間だったのに、もう少しで泣きそうになる。
この世界に来たときはどうなることかと思ったけど、ランドルフさんたちのおかげで、なんとかやっていけそうだ。
それに、私にはこの本がある。
村の雑貨屋で買った肩掛けかばん越しに、そっと本を撫でる。
「よしっ」と小さく気合を入れて、私は村の外へと一歩踏み出した。
◇
ふと見上げると、木々の隙間から陽の光がのぞいていた。
ちょうどそのとき、お腹が盛大に鳴る。
「そろそろお昼にしよっか」
大きな樹の根元に腰を下ろし、ヘイゼルさんにもらった包みを開く。
中には、拳よりひとまわり小さいくらいの、緑色の団子が四つ、きれいに並んでいた。
「草餅みたい。美味しそう!」
ひとつ手に取ってかぶりつく。
爽やかな草の香りと、あんこみたいなやさしい甘さが口いっぱいに広がっていく。
「んー! 美味しー!」
ぺろりと平らげて、ふたつ目に手を伸ばしかけた、そのときだった。
「ぷぎー……ぷぎー……」
森の奥から、動物みたいな鳴き声が聞こえてきた。
どこか心細そうなその声に、思わず耳を澄ませる。
「何の声だろ。魔物?」
「恐らくな。だが、警戒しているような鳴き方ではなさそうだ」
ステッキがそう言うなら、今すぐ危険があるわけじゃなさそう。
私は団子の包みをかばんにしまうと、声のする茂みへと、そっと近づいた。
鳴き声のするほうへ、草をかき分けながら進む。
やがて少し開けた場所に出た。
そこには、毛むくじゃらの体に猪のような頭をした魔物が、血だらけで横たわっていた。
「うわっ! なにこれ!?」
目の前の光景と、あたりに漂う生臭いにおいに、思わず顔をしかめる。
魔物は、もう動く気配がない。
そのとき、倒れた魔物のそばで何かが動いた。
あれは!?
「ウリ坊!?」




