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第7話 魔王軍の武器庫は、ひどかった

魔王領の奥深くにそびえる、黒々とした岩山を穿って造られた巨大な要塞――魔王城。


 ゲンたちは、ルヴィアの案内でその地下層へと足を踏み入れていた。


 通路の壁面には、微かに熱を帯びた岩肌が露出している。地下深くを流れる火山脈の熱が、城全体を巨大な炉のように温めていた。


「……なるほど。確かにこりゃあ、すげぇ火力だ」


 ゲンは岩壁に手のひらを当て、その安定した熱量に目を細めた。


「だろう? この熱源を利用した大工房と、城の裏山に連なる星鉄の鉱脈。これらが我ら魔王軍の誇る生産拠点だ」


 ルヴィアが振り返り、少しだけ誇らしげに胸を張る。


 リュシアはゲンの背後からひょっこりと顔を出し、周囲を警戒するように見回していた。魔族の拠点ということもあり、彼女は終始落ち着かない様子だ。


「それで、ゲンさん。まずはその大工房とやらを見に行くんですか?」


「いや、後回しだ」


 ゲンは前掛けの埃を払いながら、短く答えた。


「作る場所より先に、今『何を使ってるか』を見ねぇと始まらねぇ。ルヴィア、下級兵の武器庫に案内しろ」


「武器庫か。分かった、こちらだ」


 ルヴィアに先導され、さらに地下へと続く石段を下りる。


 やがて、重厚な鉄の扉の前に辿り着いた。扉の両脇には、筋骨隆々とした獣人の兵士が立哨している。彼らはルヴィアの姿を認めると、慌てて直立不動の姿勢をとり、敬礼した。


「扉を開けよ。この者たちに、中を見せる」


「はっ、陛下!」


 重々しい音を立てて、鉄の扉が開かれる。


 ゲンは薄暗い武器庫の中へと足を踏み入れ、そして――無言のまま立ち尽くした。


 石造りの広い空間には、無数の武器や防具が山積みにされていた。しかし、その光景は、ゲンの想像をはるかに下回る、惨憺たる有様だった。


「……おい」


 ゲンの声が、不自然なほど低く沈んだ。


「なんだ、これは」


 彼は最も手前にあった木箱から、一本の長剣を拾い上げた。


 刃はところどころひん曲がり、刀身の表面には赤黒い錆が浮いている。ゲンが刃先を親指で軽く弾くと、鈍い、中身の詰まっていない音が響いた。


「焼き入れが甘すぎる。こんなもん、三回も打ち合えば根元からへし折れるぞ」


 次にゲンは、壁に立てかけられていた革と鉄板の混成鎧を手に取った。


 胸元の鉄板は大きく凹み、それを繋ぎ止める革紐は擦り切れて千切れかかっている。


「この鎧、どうやって直す気だ? 鉄板の形がバラバラすぎて、替えの部品を一つ一つ手作りしねぇと嵌まらねぇじゃねぇか。そもそも、応力を逃がす構造になってねぇから、一発重い打撃を食らえば、衝撃がそのまま中の人間の骨を砕くぞ」


 さらに奥へ進むと、車輪の軸が折れ曲がり、放置されたままの巨大な木製荷車がいくつも転がっていた。


「補給の要になる荷車の車軸に、こんな節だらけの安い木材を使ってやがる。これじゃあ、ちょっとでも悪路を走れば自重でへし折れるに決まってる」


 粗悪な武器。修理不能な構造の鎧。壊れたまま放置された補給用の荷車。


 ゲンは武器庫の中を歩き回りながら、次々と欠陥を指摘していく。その声には怒鳴るような熱はない。だが、底冷えするような静かな怒りが、確かな密度を持って空間を満たしていた。


「……これで戦えと言ったのか。兵士たちに」


 ゲンは壊れた鎧を床に放り投げ、振り返ってルヴィアを見た。


「逃げ出す奴がいるのも当然だ。こんなモンを持たされて前線に出るのは、戦いじゃねぇ。ただの自殺だ」


 ルヴィアは顔を伏せ、反論しなかった。彼女自身、この惨状を痛いほど理解していたからだ。


「おい、人間の小僧! 随分と偉そうな口を叩くじゃねぇか!」


 その時、武器庫の奥から、野太く怒気を孕んだ声が響いた。


 ずんぐりとした体躯に、見事な白髭を蓄えた老ドワーフが、数人の筋骨隆々な職人たちを引き連れて現れた。彼の分厚い手には、巨大な鍛冶用の金槌が握られている。


「私は魔王軍鍛冶長、ガルドだ。陛下がお連れになった客人だというから黙って聞いておれば、好き放題に我らの仕事を貶しおって!」


 ガルドは血走った目でゲンを睨みつけ、床に落ちた鎧を指差した。


「前線からの要求は無限だ! 次から次へと武器を持っていかれる状況で、いちいち細かい仕上げなどしていられるか! 形になればそれでいい。戦場で折れたなら、それは使った兵の力が足りなかっただけのことだ!」


 ガルドの後ろに控える職人たちも、一斉に頷き、ゲンに対して敵意を剥き出しにした。


「そうだ! 人間のひ弱な職人に、戦場の何が分かる!」


「魔力もない石ころを弄ってるだけのガキが、偉そうに語るな!」


 彼らの怒りは、単なる傲慢ではない。圧倒的な物資不足と過酷な要求の中で、彼らなりに必死に軍を支えてきたという、職人としての誇りゆえの反発だった。


 リュシアがサッと杖を構え、ゲンを庇うように前に出た。


「下がれ、リュシア」


 ゲンは彼女の肩を軽く叩いて制止し、ガルドたちの前に進み出た。


 彼はガルドの怒鳴り声に対しても、まったく怯む様子を見せなかった。ただ、極めて冷徹な目で、老ドワーフの目を真っ直ぐに見返した。


「使った兵の力が足りない、だと?」


 ゲンは、先ほど手にした錆びた長剣をガルドの足元に放り投げた。


「てめぇらが作ったのは、強者が無双するための『最強の剣』か? それとも、最前線で震えてる新兵が、少しでも長く生き延びるための『道具』か?」


「なっ……」


「俺は職人だ。そして、お前らも職人だろうが。職人が、自分の作った道具の欠陥を、使い手のせいにし始めたら終わりだ」


 ゲンの静かな、だが重い言葉が、武器庫に響き渡る。


「兵士の命を使い捨てるような粗悪品を大量に作って、何が鍛冶長だ。こんなゴミの山を作るくらいなら、まだ何もしねぇ方がマシだ」


 ガルドは顔を真っ赤にして絶句し、ワナワナと震える手で金槌を握り直した。


「……き、きさまぁ! ならば見せてみろ! 口先だけでなく、我ら魔王軍を救うという、その『最強の剣』とやらを!」


 古参の職人たちが、一斉にゲンを睨みつける。


 彼らは皆、この生意気な人間の職人が、伝説の聖剣を凌ぐような、とびきりの一点物を作り出すことを期待し、また同時に、それが不可能であると信じて疑わなかった。


 だが、ゲンは面倒くさそうに首を掻き、ふんと鼻を鳴らした。


「誰が剣なんて打つと言った。俺が最初に作るのは、もっと地味なもんだ」

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