第21話 聖剣ギルドの粗悪品
勇者レオルドとの対峙から数日後。
魔王領の最前線では、人間側の聖騎士団と魔王軍の遊撃部隊による本格的な衝突が始まっていた。
ゲンは前線基地の防壁の上に立ち、眼下に広がる荒野の戦場をじっと見下ろしていた。彼の背後には、リュシアと数人の魔族兵が控えている。
戦況は、これまでの魔王軍の劣勢とは明らかに異なっていた。
「……防戦できてるな」
ゲンがぽつりと呟いた。
眼下では、銀色の甲冑を纏った人間側の聖騎士たちが、魔力で強化された長剣――量産型の聖剣を振るい、魔王軍の陣形を突破しようと猛攻を仕掛けている。
だが、魔王軍の兵士たちは崩れない。彼らの装備する鱗鎧が聖剣の斬撃を斜めに滑らせ、折れない短槍のしなりが、重装騎士の突進を粘り強く押し留めていた。
『押し込め! 邪悪な魔族どもを浄化せよ!』
人間側の指揮官の号令と共に、聖騎士の一隊が一斉に聖剣を振りかぶり、魔力の刃を伴って魔王軍の盾陣に叩きつけた。
その瞬間だった。
ガキィィンッ! という金属音に混じり、パキン、パキンという嫌な破断音が連続して戦場に響き渡った。
「なっ……!?」
聖騎士たちが驚愕の声を上げた。彼らが絶対の信頼を寄せていた量産型の聖剣が、魔王軍の短槍の柄や鱗鎧に激突した衝撃で、次々と真っ二つに折れ飛んだのだ。
剣を失い、バランスを崩した聖騎士たちは、魔王軍の反撃を受けて次々と後退していく。
「……見ろ。あいつらの剣、根元からポッキリいってやがる」
ゲンは目を細め、戦場に散らばる折れた剣の破片を遠目に確認した。
「勇者の剣と同じだ。無理な魔力を込めて硬いもんを叩き続けた結果、応力が逃げずに金属疲労を起こしたんだ。量産品なら尚更、作りが甘いからな」
戦線が膠着し、一時休戦となったその日の午後。
人間側の陣地である白亜の天幕の中では、聖剣ギルドから派遣された高位の鍛冶長が、怒りに顔を真っ赤にして部下の騎士たちを怒鳴りつけていた。
「なんたる醜態か! 我がギルドが誇る神聖なる聖剣が、あのような下等な魔族の防具ごときに折られるなど!」
「し、しかし鍛冶長。我々も決して手抜きをしたわけでは……。魔族どもの防具が、以前とは比べ物にならないほど粘り強く、刃が滑るのです!」
「言い訳など聞きたくない!」
鍛冶長は折れた聖剣の柄をテーブルに叩きつけた。
「これは魔族の邪法だ! 奴らが我らの聖剣を腐食させる呪いの粉でも撒き散らしたに違いない。でなければ、神の加護を受けたこの剣が折れるはずがないのだ!」
彼らは、自分たちの作った武器の物理的な欠陥を一切認めようとしなかった。ただ「神の加護」という権威にすがり、不都合な結果はすべて魔族の卑劣な術のせいだと責任を転嫁しているのだ。
その声は、魔法で聴覚を強化していたリュシアの耳にもしっかりと届いていた。
「……信じられません」
前線基地の工房で、リュシアが呆れたようにため息をついた。
「人間側のギルドの連中、剣が折れたのを全部魔族の『呪い』のせいにしてますよ。自分たちの技術のなさを棚に上げて、なんて恥知らずな……」
「放っておけ。権威に胡座をかいた連中なんてそんなもんだ」
ゲンは、戦場で魔族兵が拾い集めてきた『折れた量産聖剣の破片』をいくつか作業台に並べ、ルーペで断面を観察していた。
「……やっぱりな」
「何か分かりましたか?」
ゲンは破片の一つをリュシアの前に放り投げた。
「断面を見てみろ。金属の組織がボロボロだ。それに、刀身の表面を綺麗に磨いて誤魔化してるが、中心部分の焼き入れが全く足りてねぇ」
「焼き入れが足りない……?」
「ああ。おそらく、早く大量に作るために、炉の温度を十分に上げないまま、表面だけ魔力でコーティングして硬さを出したんだろ」
ゲンの声には、同業者としての軽蔑がはっきりと滲んでいた。
「表面だけ硬くて中身がスカスカの鉄。それに『聖剣』だの『神の加護』だのと大層な名前をつけて、馬鹿みてぇに魔力を込めて殴りつけりゃ、そりゃあ簡単に折れる。呪いでもなんでもねぇ、ただの粗悪品だ」
聖剣ギルドの権威が、現場の過酷な物理的現実に耐えきれず、完全に破綻した瞬間だった。
「こんなモンを持たされて死んでいく人間側の兵士も、哀れなもんだな」
ゲンは折れた破片をゴミ箱に放り捨てた。
彼らが信じている正義の剣は、もはや武器としての体をなしていない。
人間側が誇る「絶対的な質」の崩壊が、最前線の兵士たちの命を代償にして、白日の下に晒され始めていた。




