第20話 人間であるお前が、なぜ魔族に武器を渡す
「血を流すための道具なんか、打った覚えはねぇよ」
勇者の真っ直ぐな問いに、砦の周囲を取り囲んでいたザガンや魔族の兵士たちが一斉に殺気を放つ。
だが、ゲンは彼らを片手で制し、レオルドに向き直った。
「詭弁です」
レオルドの声は硬い。
「現に、あなたの作った槍で、我が軍の聖騎士たちが傷ついているではないですか。それは紛れもない虐殺の道具です」
「虐殺だあ?」
ゲンの声が、一段低くなった。
彼は作業用の革手袋を外し、砦の入り口に積み上げられていた修理待ちの防具――ひしゃげた鱗鎧の一つを拾い上げた。
「おい、勇者様。お前らの言う正義の戦いってのは、どんなもんなんだ? 魔力を持たねぇ下級兵を丸腰同然で最前線に立たせ、ボロボロになったら使い捨てにする。それが正義か?」
「それは……聖戦における尊い犠牲です。彼らの魂は神の御許へ――」
「現場の血の匂いを知らねぇ奴の理屈だな」
ゲンは拾い上げた鱗鎧を、レオルドの足元に放り投げた。
革紐で繋がれた薄い鉄板の表面には、無数の剣痕が刻まれている。致命傷になってもおかしくない一撃を、何度も滑らせて凌いだ生々しい傷跡だ。
「俺がここにいる連中に渡してんのは、敵を皆殺しにするための『最強の剣』じゃねぇ」
ゲンは足元の鱗鎧を顎で示した。
「お前らの振り下ろす馬鹿力から身を守り、一秒でも長く立っていて、そして……『生きて帰るための道具』だ」
「……」
「お前らが正義だと言うなら、俺はそれを否定しねぇよ。だがな、俺は職人だ。自分の直せる道具が壊れたまま放置されて、そのせいで人が死ぬのは我慢ならねぇ」
ゲンはぶっきらぼうに続けた。
「だから直す。死なねぇように工夫する。それだけのことだ」
ゲンの言葉には、長々とした思想の押し付けや、世界を変えようとするような大仰な演説の響きはなかった。
あるのはただ、鉄と向き合い、道具を使う者たちの命に直に触れてきた職人としての、極めてシンプルで揺るぎない価値観だけだった。
レオルドは足元に転がった鱗鎧を見つめ、微かに眉をひそめた。
彼の目には、それがただの薄汚れた鉄屑にしか見えない。神の加護も、美しい装飾もない、魔族の野蛮な武具。
「……理解できませんね」
レオルドはゆっくりと首を横に振った。
「あなたの言う『生きて帰るための道具』が、結果として魔族の延命に繋がり、聖戦を長引かせている。それは、神の意志に対する明確な反逆です。いくら理屈をこねようと、あなたが悪に加担しているという事実は変わりません」
彼は純粋なのだ。
教会の教えを微塵も疑わず、自分の振るう剣が絶対の正義だと信じ切っている。だからこそ、ゲンのような現場の職人の泥臭い理屈は、彼の美しい信仰の壁に弾き返されてしまう。
「そうかい。なら、話すことはもうねぇな」
ゲンは再び革手袋を嵌め、作業台の方へと踵を返した。
「俺はお前らの正義には付き合わねぇ。だが、俺の道具を持った奴らは、そう簡単には死なねぇぞ」
一度だけ立ち止まり、肩越しにレオルドを見る。
「……せいぜい、その綺麗な剣を壊さねぇように気をつけるんだな」
レオルドの顔に、再び明確な怒りの色が浮かんだ。
「交渉は決裂です」
その手が、腰の聖剣の柄に触れる。
「あなたが自らの罪を認めないというのなら……次に戦場で会う時は、容赦はしません。その魔族の防具ごと、私が断ち切ってみせましょう」
レオルドはそれ以上語ることはなく、反転して荒野の彼方へと歩き出した。
その背中を見送りながら、ザガンが舌打ちをする。
「……傲慢な小僧め。今ここで斬り捨てておくべきだったのではないか、大工房長」
「大工房長じゃねぇ」
ゲンは作業台に戻り、先ほどまで研いでいた短槍の穂先を手に取った。
「今はそこか?」
「そこだ」
ザガンが呆れたように鼻を鳴らす。
ゲンは砥石へ水を垂らした。
「それに、あいつはまだ、自分が何を信じ込まされてるのか分かっちゃいねぇ」
「だからこそ危険なのだろうが」
「ああ。だが、本物の狂人なら、俺の話なんざ最初から聞かねぇよ」
ゲンは短槍の穂先を砥石に当てた。
シャッ、シャッという単調な音が、防衛砦に響く。
「あいつは聞いた」
「理解はしなかったようだがな」
「理解できなかっただけだ」
ゲンはそれ以上、何も言わなかった。
鉄は嘘をつかない。
現場で無理をさせれば、いつか必ず壊れる。
それは武器も、道具も。
そして、人間の信じるものも同じなのかもしれない。
生真面目な勇者の純粋な信仰と、鍛冶屋の冷徹な物理の眼。
交わることのない二つの価値観はすれ違ったまま、人間側と魔王軍の本格的な衝突が迫る最前線へと、その熱を静かに持ち越していくのだった。




