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第2話 俺は剣士じゃない

「ど、どうかしたかじゃありません! 魔力不活性の黒曜銀と竜骨を混ぜて鍛えるなんて……それ、教会から『魔力暴走を引き起こす』って禁忌指定されてる技術じゃないですか……!」



 リュシアの悲鳴に近い声が、崩落した工房の天井から覗く青空へと響き渡った。


 ゲンは手にしていた試作品の剣を作業台に置き、面倒くさそうに首の裏を掻いた。


「落ち着け。とりあえず、そこら中に散らばった瓦礫をどけるのが先だ。あと、こいつの血止めもしねぇと、ここで死なれちゃ寝覚めが悪い」


「わ、私だって落ち着きたいですよ! でも、もしその剣が今すぐ爆発でもしたら……!」


「しねぇよ」


 ゲンは断言し、倒れ伏した女――自らを魔王ルヴィアと名乗った女の傍らにしゃがみ込んだ。彼女の額から流れる血を、綺麗な布で乱暴に拭い、備え付けの傷薬を塗りつける。


「いいか、魔力暴走ってのはな、無理やり魔力を通そうとするから起きるんだ」


「それは……ええ、そうです。だから黒曜銀と竜骨の組み合わせは、魔力を弾き合って術者ごと吹き飛ぶと……」


「なら話は簡単だ。俺は鍛造中、これっぽっちも魔力なんて流しちゃいない。ただの金属の塊として熱し、打ち、炭素を馴染ませただけだ」


 ゲンは事も無げに言った。


 リュシアは目を丸くし、やがて呆然と呟いた。


「……ただの金属として? そんな馬鹿な。素材の魔力を活性化させずに鍛え上げるなんて、そんなの、魔術師の常識じゃ考えられません」


「魔術師にはな。だが、俺たち職人にとっちゃ、鉄を打つのはただの仕事だ。魔力なんて見えねぇもんに頼るからおかしなことになる。だから爆発なんてしねぇよ」


 魔術師にとって不可能な禁忌が、職人にとってはただの当たり前の工程に過ぎない。その事実に、リュシアは少しばかり眩暈を覚えたようだった。


「……でも、だとしたら、どうしてあの分厚い魔鎧が斬れたんですか? 魔力が乗っていないただの剣なんて、あの防御呪縛の前には木の枝も同然のはずです」


「逆だ、リュシア。魔力が乗ってないから斬れたんだ」


 素材や道具の話になった途端、ゲンの声に微かな熱が帯びた。彼は作業台に戻り、試作品の刃を指先でなぞる。


「普通の鋼なら、鎧に触れた瞬間に砕け散ってただろうな。だが、この黒曜銀は魔力不活性だ。あの女の鎧に掛かってた魔法の防御とやらを完全に無視して、直接地金に食い込んだのさ」


「防御を……すり抜けた?」


「そうだ。それに、黒曜銀単体じゃ硬すぎて逆に脆い。そこで、お前が採ってきた竜の骨粉が活きた。あれが刃に靭性――つまり、折れにくい『粘り』を与えたんだ」


 ゲンはさらに、傍らに転がっていた黒い石――炭精石を軽く叩いた。


「極めつけは、この捨てられてた黒い石だ。こいつから適度な炭素を吸わせることで、焼き入れと焼き戻しが完璧に決まった。あとは俺が研ぎ出した刃角が、ちょうどいい具合に相手の突進と噛み合っただけだ」


 黒曜銀の魔力不活性、竜骨粉の靭性、そして炭精石による炭素管理と職人の研磨。それが奇跡ではなく、全てが工業的な必然だったとゲンは言い切った。


「あの魔力反応ゼロの石ころが、そんな……」


 リュシアは信じられないものを見る目で炭精石を見つめ、ふと自嘲気味に笑った。


「人間の研究院は、魔力という価値が見出せなくなったものを、本当に簡単に捨ててしまうんですね……。石も、技術も、ひとも……」


 彼女はそこでハッとして口をつぐみ、気まずそうに視線を逸らした。ゲンは深く追及せず、ただ短く鼻を鳴らすにとどめた。


「価値なんてものは、使う場所と使い手次第だ。捨てた奴の目が節穴だっただけのことだろ」


 その言葉に、リュシアはほんの少しだけ顔を上げ、嬉しそうに頷いた。


「そうですよね。……なら、ゲンさんがいれば安心ですね! もしこの女が目を覚まして暴れ出しても、その剣とゲンさんの腕があれば一捻りです!」


 エルフの少女は急に元気を取り戻し、期待の眼差しをゲンに向けた。しかし、ゲンは深く、心底から面倒くさそうなため息を吐いた。


「馬鹿言え。無理に決まってるだろ」


「えっ?」


「俺は鍛冶屋だぞ。剣の打ち方は知ってるが、振り方なんて知るか。さっきのだって、咄嗟に盾代わりに構えたところに、あいつが勝手にぶつかってきただけだ」


「ええええっ!? じゃあ、まともに戦ったら……」


「一秒で首が飛ぶな。だから、あいつが目を覚ます前に追い出すなり縛るなりしねぇと、俺たちはお陀仏ってわけだ」


 あまりにも堂々とした戦闘素人の宣言に、リュシアは頭を抱え込んだ。


「ど、どうしましょう……! 私だって元はただの助手ですよ!? 戦闘魔法なんて使えませんし!」


「だから慌てるなって。とりあえず、こいつの傷が――」


 ゲンが言いかけたその時だった。



 ――ザッ、ザッ、ザッ。



 ひっそりとした山奥には似つかわしくない、規則正しく重い足音が聞こえてきた。それも一人や二人の数ではない。


 ゲンとリュシアは顔を見合わせた。足音は明らかに、この工房を目指して山道を登ってきている。


「……おいおい、何の冗談だ」


 ゲンが崩れた壁の隙間から外を覗き込むと、夕闇が迫る山道に、いくつもの松明の明かりが揺れていた。


 白銀の甲冑に身を包んだ一団。その胸元には、聖剣教会の意匠が誇らしげに刻まれている。人間側の聖騎士団だった。


『魔族の女は、この先の小屋に逃げ込んだと見えるな』


『ああ。魔鎧の反応がこのあたりで途絶えた。手負いの獣だ、油断するな』


 風に乗って、彼らの声がかすかに届いてくる。ルヴィアを追ってきたのだ。


『いかがいたしましょう、隊長。中には誰かいるやもしれませんが』


『構わん。あの魔族の女は一騎当千の化け物だ。中に入って無駄な犠牲を出す必要はない。小屋ごと火矢で焼き払え』


『はっ!』


 その指示を聞いた瞬間、リュシアは顔面を蒼白にさせた。


「や、焼くって……私たちごとですか!?」


 聖騎士団は、中に人間がいる可能性を考慮しながらも、魔王を討ち取るためならば迷わず工房ごと焼却する腹積もりらしい。


「……」


 ゲンは無言だった。だが、その瞳の奥には、確かな怒りの炎が灯っていた。


 彼は作業台に目を向けた。そこには、数日かけて研ぎ上げたのみ、火の加減を調整し続けたふいご、使い込まれて手に馴染んだ金槌、そして苦労して集めた素材たちが並んでいる。


 それらを、事情も確かめずに外から火を放って灰にするというのか。


「……ふざけやがって」


 ゲンは静かに、だが底冷えするような声で呟いた。


 武器を振るうことには関心がない。英雄になりたいわけでもない。だが、自分の工房と、大切に扱ってきた道具たちを理不尽に踏みにじられることだけは、絶対に許せなかった。


「リュシア」


「ひゃ、はい!」


「奥の棚から、三日前に仕上げた『赤涙鉱せきるいこう』の杭と、仕掛け用のワイヤーを出せ」


「え……あ、あの、熱に反応して割れる、危険なやつですか?」


「ああ。少しばかり、思い知らせてやらねぇとな。道具を雑に扱う奴らが、現場でどういう目に遭うかってことを」


 工房の外では、聖騎士たちが松明を掲げ、弓に火番を番える気配が迫っていた。

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