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第14話 戦場で死なない鎧

大工房の壁際に設けられた作業台で、リズミカルな金槌の音が響いていた。


 カン、カン、という小気味よい音が響くたび、手のひらサイズの薄い鉄板が、緩やかなカーブを描くように打ち出されていく。


「親方。革の帯、寸法通りに切り出しました。穴の位置も合わせてあります」


 作業台の端で、見習いの亜人少女ミーシャが、綺麗に切り揃えられた厚手の革紐を束ねて差し出した。


「ん、ご苦労。相変わらず狂いがねぇな」


 ゲンは打ち上がった鉄板を冷却水にジュッと漬け、ミーシャから革紐を受け取った。彼女の手元には、革に均等な間隔で穴を開けるための専用の治具が置かれている。それもゲンが彼女の小さな手でも扱えるように設えたものだ。


「そのまま次の束に取り掛かれ。まだまだ数が要るぞ」


「はいっ!」


 嬉しそうに返事をして作業に戻るミーシャの横で、リュシアが少しだけ不満げに鼻を鳴らした。


「ゲンさん、鉄板ばかり打ってないで、少しは休んでください。それに、その薄い鉄板……昨日から何百枚も作ってますけど、一体何に使うんですか?」


「見りゃ分かるだろ。鎧の部品だ」


 ゲンは、ミーシャが穴を開けた革紐の上に、カーブをつけた鉄板を重ね、手早くリベットで打ち留めていく。鉄板を魚の鱗のように少しずつずらしながら重ねていく、いわゆるスケイルアーマー(鱗鎧)の構造だ。


「鎧……ですか。でも、それにしては随分と薄くて地味ですね。魔王軍の幹部たちが欲しがってるのは、もっとこう、分厚くて魔力を帯びた巨大な鎧じゃないですか?」


「あいつらの要望なんて知ったことか。俺は現場で使えるモンを作ってるだけだ」


 ゲンがぶっきらぼうに答えた、まさにその時だった。


「その通りだ。そんな薄っぺらい鉄屑で、我々にどう戦えと言うのだ」


 大工房の入り口から、地を這うような低い声が響いた。


 武闘派幹部のザガンだった。彼は背後に数人の屈強な部下を従え、ゲンの作業台の上にある鉄板の山を忌々しげに見下ろしている。


「人間の職人よ。あの短槍の大量生産には、百歩譲って目をつぶろう。確かに下級兵どもの生存率は僅かに上がった。だが、いつまであのような小手先の防具や槍遊びを続けるつもりだ。我々には、敵の重装騎士団を正面から粉砕するための『強力な武器』が必要なのだぞ」


 ザガンは、ゲンが組み上げかけている鱗鎧を指差した。


「そのような薄い鉄片を繋ぎ合わせただけの防具で、聖騎士の剣を防げるはずがない。魔力付与すらされていないではないか」


 ゲンは手を止めず、面倒くさそうに息を吐いた。


「防ぐ必要はねぇよ」


「なんだと?」


「刃を真正面から受け止めて『防ぐ』から、鎧が壊れて中の人間が死ぬんだ。ちょっとこっちへ来い」


 ゲンは作業台から離れ、大工房の隅に転がっていた、かつての魔王軍の標準的な支給品――分厚い一枚鉄で作られた、平らな胸当てを拾い上げた。


 それを、近くにあった木の丸太に括り付ける。


「ザガン、お前の剣で、この胸当てを思い切り叩き斬ってみろ」


「ふん。言われずとも、そのような粗悪品など一刀両断にしてくれるわ」


 ザガンは腰の長剣を引き抜き、凄まじい踏み込みと共に丸太の胸当てに向かって刃を振り下ろした。


 ガァァンッ!!


 重い金属音が響き、分厚い一枚鉄の胸当ては、真ん中から大きくへこみ、ひしゃげた。完全に両断こそされなかったものの、丸太には深い亀裂が走り、メリメリと嫌な音を立てている。


「どうだ。これが魔王軍の力だ」


 ザガンが勝ち誇ったように言うが、ゲンは冷ややかに丸太の亀裂を指差した。


「……馬鹿が。鎧が割れなかったからセーフだとでも思ってんのか?」


「なに?」


「分厚い平らな鉄板は、確かに刃を通さないかもしれない。だが、真っ直ぐな面は、打撃のエネルギーを完璧に受け止めちまう。これを見ろ」


 ゲンはひしゃげた胸当てを外し、丸太の無残な亀裂をザガンに見せつけた。


「鎧が無事でも、貫通した衝撃が中の人間の骨を砕き、内臓を潰すんだよ。硬くて平らな鎧を着て死んでいく奴が多いのは、そのせいだ」


 ザガンは眉をひそめ、無言で丸太を睨みつけた。


「じゃあ、こっちを試してみろ」


 ゲンは、先ほど組み上げたばかりの、薄い鉄板を鱗状に重ねた鎧を丸太に括り付けた。


「これも同じように叩き斬れ」


「薄っぺらな鉄片の集まりだろう。一撃でバラバラにしてくれる」


 ザガンは再び剣を上段に構え、先ほどと同じか、それ以上の力で鱗鎧に向かって刃を振り下ろした。


 ――ガキッ、ズァッ!


 その瞬間、奇妙な感覚がザガンの手に走った。


 刃が鉄板に食い込む前に、鱗状に重なった表面の滑らかなカーブが、剣の軌道を斜め下へと『滑らせた』のだ。


 さらに、鉄板の下に敷かれた厚手の革と、複数の鋲で遊びを持たせて留められた構造が、衝撃に合わせてぐんと沈み込み、打撃のエネルギーを分散させた。


 ザガンの剣は鱗鎧の表面を浅く削っただけで横に逸れ、丸太には傷一つついていなかった。


「なっ……!?」


 ザガンは信じられないものを見る目で、自分の剣と鱗鎧を交互に見比べた。


「刃が……滑っただと? この俺の渾身の一撃が……」


「言ったろ。真っ向から受け止めて防ぐ必要はねぇ。刃を滑らせて、衝撃を逃がす。それがこの構造だ」


 ゲンは鱗鎧の無事な表面を軽く叩いた。


「薄い鉄板でも、曲面を持たせて重ねれば強度は上がる。一つ一つのパーツが小さいから、前線で鉄板が数枚剥がれても、そこだけ新しいパーツに付け替えりゃすぐに直せる。修理不能で使い捨てにされてた一枚板の鎧とは大違いだ」


 ザガンはギリッと奥歯を噛み締めた。


 目の前で突きつけられた、極めて合理的な結果。魔力も使わず、ただの構造の工夫だけで、致命傷となるはずの一撃が逸らされたのだ。


「……小賢しい。だが、いくら防御を固めたところで、敵を倒さねば戦争には勝てん! 亀のように縮こまっていては、いずれ押し潰されるだけだ!」


 未だに攻撃至上主義を捨てきれないザガンに対し、ゲンは面倒くさそうにハンマーを肩に担いだ。


「勝つだの負けるだの、それはお前ら将軍が考えることだ。だがな」


 ゲンの声の温度が、スッと下がった。


「敵を倒すための武器を振るうには、まずは『生きてる』ことが大前提だ。死人は剣を振れねぇんだよ。勝つことより先に、死なねぇことを考えろ」


 静かだが、有無を言わさぬ重みを持ったその言葉に、ザガンは息を呑み、反論の言葉を見つけられなかった。


「……ふん。その薄っぺらい鎧が、実戦でどこまで持つか見せてもらうぞ」


 ザガンは捨て台詞を吐き、部下たちを引き連れて大工房を後にした。彼の背中は、明らかな苛立ちの中に、ほんの僅かな動揺を隠しきれていなかった。



「……行っちゃいましたね」


 リュシアがほっと息をつく。


「ゲンさん、あんな幹部相手に堂々と言い返しちゃって、大丈夫なんですか?」


「事実を見せただけだ。それに、時間がねぇ。おい、ミーシャ」


「は、はいっ!」


 ゲンに呼ばれ、ミーシャが慌てて背筋を伸ばす。


「今の調子で革紐の準備を進めろ。明日から、前線に出る部隊の装備を片っ端からこれに切り替える」


「はいっ、親方!」


 ゲンは再び炉の前に立ち、鉄を打ち始めた。


 派手な魔法も、敵を薙ぎ払う最強の剣もない。ただ、一人でも多くの兵士が生きて帰るための、泥臭く実用的な防具。


 その真価が試される時は、すぐそこまで迫っていた。

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