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第13話 弟子一号は、魔力なしの見習い少女

大工房の奥で、星鉄の焼き戻しに向けた炉の改修作業が少しずつ進められていた。


 ガルドたち古参のドワーフ職人は、未だにゲンのやり方を完全に受け入れたわけではなかった。だが、あの装甲板での試験結果――信仰の象徴であった星鉄の剣が砕け散った現実――を前にして、少なくともゲンの指示を無視することはなくなっていた。


 ゲンは作業台に向かい、量産型短槍の穂先を研磨する作業に戻っていた。


 ふと、視界の隅でチョロチョロと動く小さな影に気がついた。


 身の丈に合わないブカブカの作業着を着た、十代半ばほどの亜人の少女だった。頭には丸みを帯びた小さな獣の耳がついている。彼女は大きな箒を抱え、ドワーフたちが散らかした鉄屑や削りカスを、床を這いつくばるようにしてかき集めていた。


「おい、そこ退け! 邪魔だ!」


 荷車を引いてきた屈強な職人が怒鳴ると、少女は「ひぃっ、ご、ごめんなさい!」と肩をすくませて壁際に縮み上がった。その拍子に、抱えていた鉄屑の入った木箱を落とし、中身を盛大にぶちまけてしまう。


「ちっ、魔力もねぇ、力もねぇ小娘が。ただの雑用も満足にできんのか」


 職人が吐き捨てるように言い、舌打ちをして通り過ぎていく。


 少女は涙目になりながら、床に散らばった鉄屑を慌てて素手で拾い集め始めた。指先が鋭い切り粉に触れ、血が滲むが、彼女はそれを気にする余裕すらないようだった。


(……ひでぇ扱いだな)


 ゲンは手を休め、その少女の様子をじっと観察した。


 魔王軍において、魔力の強さは絶対的な価値基準だ。魔力が弱ければ前線には立てず、こうして大工房の雑用として使い捨てられるようにこき使われる。


 ゲンが視線を戻そうとした時、少女の手元に目が留まった。


 彼女は鉄屑を拾い集めた後、壊れて使い物にならなくなった木箱の破片を手に取った。そして、腰に下げていた錆びた小さなナイフを使い、無意識のうちにその木片を削り始めたのだ。


 シュッ、シュッという小さな音が鳴る。


 彼女の指先の動きは、先ほどまでの怯えた様子からは想像もつかないほど滑らかだった。親指で背を押し、刃の角度を絶妙に調整して木目を削り出していく。出来上がったのは、ほんの数十秒で作られたとは思えないほど、左右対称に整えられた小さな木の留め具だった。


 魔力はない。腕力もない。だが、圧倒的に手先が器用だ。


 ゲンは前掛けで手を拭い、少女の元へと歩み寄った。


「おい」


「ひっ! も、申し訳ありません! すぐ片付けますから、叩かないで……!」


 少女は頭を抱え、ガタガタと震え出した。ゲンはため息をつき、彼女の目線に合わせてしゃがみ込んだ。


「叩かねぇよ。お前、名前は?」


「ミ、ミーシャ……です」


「ミーシャ。お前、さっき削ってたその木片、見せてみろ」


 ミーシャはおずおずと、自作の小さな留め具を差し出した。


 ゲンはそれを受け取り、指の腹で表面の仕上がりを確かめる。木目に逆らわずに削られているため、表面が毛羽立っておらず、指に吸い付くように滑らかだ。


「……悪くねぇ。誰に教わった?」


「だ、誰にも……。ただ、端材を触っていると、なんとなく、どう削ればいいか分かるというか……」


 自信なさげに俯くミーシャ。


 ゲンは立ち上がり、自分の作業台の方へと顎でしゃくった。


「ついてこい。雑用は終わりだ」



 ゲンの作業台には、下級兵のための『折れない短槍』の柄となる木材や、刃角を固定するための治具の材料が山積みにされていた。


「いいか。魔力がねぇなら、手と道具を使え」


 ゲンはミーシャに、真新しいかんなと小刀を手渡した。


「俺はこれから、短槍の穂先をまとめて打つ。お前には、その槍の柄を一定の太さに削り出す作業と、兵士たちが研ぎに使う木枠の治具作りを任せる。見本はここにある」


「わ、私にですか!? でも、私なんて魔力も全然ないし、ドワーフの親方たちみたいに力強く鉄を打つことも……」


「鉄は打たなくていい。お前のその手先の感覚は、大味な力仕事しかしてこなかったドワーフ連中にはねぇ武器だ。寸法通りに、隙間なく木を組んでみせろ」


 ゲンは鉋の刃の出し方と、木目の読み方だけを短く教えた。


「鉋は引く時に力を入れるな。木目に対して平行に滑らせろ。木枠の接合部は、コンマ一ミリの隙間も許さねぇ。刃の角度が狂うからな。やれ」


 ぶっきらぼうな指示。だが、そこには彼女の能力に対する明確な信頼があった。


 ミーシャは恐る恐る鉋を手に取り、見本の治具と睨めっこしながら、木材に向かい合った。


 最初は力みすぎて鉋の刃が深く食い込み、木材がささくれてしまった。


「ああっ、ごめんなさい……!」


「慌てるな。木目が逆だ。材料の向きを反転させろ」


 ゲンの端的な指摘を受け、ミーシャは深呼吸をして木材を裏返した。


 シュッ、と鉋を引く。今度は薄く、透き通るような削り屑がくるくると舞い上がった。


 作業に没頭し始めると、ミーシャの目から怯えの色が消えた。元来の手先の器用さが、ゲンの的確な指導によって引き出されていく。彼女は数回の失敗を経て、みるみるうちに木材を精密なパーツへと変えていった。


 一時間後。


 ゲンが打ち上げた穂先を水で冷やしていると、ミーシャがおずおずと完成した治具を持ってきた。


「親方……これ、できました」


「親方って柄じゃねぇよ」


 ゲンはぼやきながら治具を受け取った。


 組み合わされた木枠の接合部を、光に透かして見る。


「……」


 隙間がない。角度を測る定規を当ててみるが、指定した通りの刃角が完璧に出ている。手先の器用さに加え、集中力と観察力がずば抜けていた。


「なんだ、小僧。そんな魔力のない小娘に道具を作らせているのか?」


 休憩がてら通りかかったドワーフの職人が、鼻で笑った。


「どうせ、すぐにガタがくるようなヤワな作りだろうが」


 ゲンは無言で、ミーシャが作った治具をドワーフの胸元に投げ渡した。


「……む?」


 ドワーフの職人は治具を受け取り、その接合部を見た瞬間、顔色を変えた。彼は自身のゴツゴツとした指で接合部をなぞり、何度も光に透かして確認する。


「な、なんだこれは……。にかわも釘も使っておらんのに、木と木が完全に噛み合って、微塵の隙間もない……! 計算し尽くされた角度だ。これほどの精度、我らでも中々出せんぞ……!」


 ドワーフの驚愕の声に、ミーシャは信じられないものを見るように目を丸くした。


「これ、合格だ。次も同じ精度で作れ」


 ゲンが平然と言うと、ミーシャの目からぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。


「私……私でも、役に立てるんですか……?」


 魔力が弱く、誰からも期待されず、ただ怒鳴られてゴミのように扱われてきた。そんな自分が作ったものが、真っ当に評価されたのだ。


「泣いてる暇があったら手を動かせ」


 ゲンは素っ気なく返すが、その声に棘はない。


「道具を作れる奴はな、戦場で剣を振る奴と同じくらい偉ぇんだよ。お前の作ったその木枠が、百人の兵士の命を長引かせる」


 その言葉に、ミーシャは涙を拭い、力強く頷いた。



「ちょっとゲンさん! なんでそんな子に付きっきりなんですか!」


 そこへ、薬草の束を抱えたリュシアが足早に近づいてきた。彼女はゲンの傍らで目を輝かせているミーシャを見て、尖った耳をピクピクと動かし、露骨に不機嫌な顔をした。


「私がせっかく竜の骨粉の精製をしてる間に、どこから拾ってきたんですか、その子。……ゲンさんの助手は私一人で十分じゃないですか!」


「助手じゃねぇよ。こいつは治具と柄を作る専門だ」


「同じようなものです! 大体、そんなひ弱そうな子に大事な作業を任せるなんて……」


 リュシアは文句を言いながらミーシャをジロリと睨んだ。だが、ミーシャのボロボロの作業着と、血の滲んだ痛々しい指先、そして必死に鉋を握りしめる小さな手を見た瞬間、リュシアの言葉がピタリと止まった。


「……」


 かつて、自分も研究院で「役に立たない」と判断され、全てを奪われて捨てられた。その過去の痛みが、無意識に重なったのだろう。


 リュシアは深いため息をつき、ミーシャの隣にドカッと腰を下ろした。


「ほら、手元が暗いと怪我しますよ。指先も血が出てるじゃないですか」


「えっ、あ、ごめんなさい……!」


「謝らないでください。――『癒しの微光ヒール・ライト』」


 リュシアが杖を振ると、淡い光がミーシャの指先を包み込み、小さな切り傷が塞がっていった。さらに、作業台の周囲に手元を明るく照らす光の球を浮かべる。


「ほら、これで削りやすいでしょ。木屑が目に入らないように、このゴーグルも貸してあげます。……ゲンさんは大雑把なんだから、こういう細かいケアは私がやらなきゃ駄目なんですからね」


 ブツブツと文句を言いながらも、リュシアの手つきは優しかった。嫉妬から出た言葉とは裏腹に、生来の世話焼きな性分と、捨てられていた者への共感が勝ってしまったらしい。


「あ、ありがとうございます……えっと、お姉ちゃん」


「お、お姉ちゃん!? ち、違います、私は元・魔法研究院の主席助手で……!」


 顔を真っ赤にして慌てるリュシアと、彼女に教わりながら懸命に木を削り続けるミーシャ。


 ゲンはその騒がしい様子を横目で見ながら、ふっと口角を上げた。


 魔力がないと見捨てられていた少女が、大工房の隅で確かな「居場所」を見つけた瞬間だった。


 山奥から来た職人の元で、小さな弟子一号が静かに育ち始めていた。

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