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第12話 星鉄は硬すぎるから使えない

大工房の一角で、異様な熱気と、地鳴りのようなドワーフたちの低い詠唱が響いていた。


 ガルドを筆頭とする魔王軍の古参職人たちが、神聖な儀式でも行うかのように、炉を囲んで一本の剣を打ち上げようとしている。


 少し離れた自分の作業台で短槍の穂先を削っていたゲンは、ハンマーを止め、面倒くさそうに首を掻いた。


「なんだ、あの大騒ぎは。鉄を打つのに歌なんか歌って、温度管理がおろそかにならねぇのか」


「星鉄の鍛造ですよ」


 木炭を運んできたリュシアが、呆れたような顔で答えた。


「魔王領のドワーフにとって、星鉄は最も硬く、魔力を宿しやすい神聖な金属なんです。でも、加工が極端に難しくて……彼らも数年に一度、奇跡的に打ち上がるかどうかってところみたいですけど」


 やがて、詠唱が終わりを告げ、歓声が上がった。


 ガルドが恭しく布で包まれた長剣を掲げ、誇らしげな足取りでゲンの元へと歩み寄ってきた。彼の後ろには、数人のドワーフ職人が胸を張って続いている。


「人間の小僧。貴様が作るような、丸太に鉄の塊をくっつけただけの量産品とは違うぞ」


 ガルドは布を取り払い、完成したばかりの長剣をゲンの作業台に置いた。


「見よ。これこそが我らドワーフの誇り、神聖なる星鉄の剣だ!」


 青白い輝きを放つ刀身は、鏡のように磨き上げられ、一切の曇りがない。魔力に反応して微かに明滅するその様は、確かに芸術品のような美しさがあった。


 ゲンは無言のまま剣を手に取り、その重さと重心を確かめる。そして、親指の爪で刀身の腹を軽く弾いた。


 キンッ。


 高く、硬質な音が大工房に響く。


 ゲンは刀身を眼の高さに持ち上げ、刃の表面をじっと観察した。やがて、彼は深いため息をつき、剣をガルドに突き返した。


「……ダメだな。硬すぎる」


 その一言に、大工房の空気が凍りついた。


 ガルドの顔が、怒りで赤黒く染まっていく。


「硬すぎるだと……? 何を寝言を言っている! 星鉄の硬度こそが絶対の力だ! いかなる人間の鎧も両断し、決して曲がることはない最高の剣だぞ!」


「曲がらねぇのは確かだな」


 ゲンは火鉢の火を火かき棒で弄りながら、淡々と言い放った。


「だがな、これじゃあ実戦で重い衝撃を食らえば、一発でへし折れるぞ」


「な、なんだと……ッ!」


 ガルドの怒声と共に、後ろに控えていたドワーフたちも一斉に激高した。


「我らの神聖な星鉄が折れるだと!?」


「この人間、何も分かっておらん! 星鉄の硬さを侮辱する気か!」


 彼らにとって、星鉄の硬さは信仰そのものだった。それを「折れる」と断言されたことは、彼らの職人としての歴史と誇りを完全に否定されたも同然だった。


「言葉じゃ信じられねぇか。なら、試してみりゃあいいだろ」


 ゲンは前掛けの埃を払い、修練場の方へと顎でしゃくった。



 修練場には、ゲンが短槍の試験で使った分厚い鉄の装甲板が残されていた。


「見せてやる! 我らの星鉄が、貴様の作った安い装甲板など、紙切れのように両断するところをな!」


 ガルドに命じられ、魔王軍の中でも腕の立つドワーフの重装歩兵が進み出た。彼は星鉄の剣を両手で構え、装甲板に向かって凄まじい気迫で踏み込んだ。


「おおおおおっ!」


 ドワーフの筋力と、星鉄が宿す強大な魔力が一体となり、必殺の一撃が装甲板に振り下ろされる。


 ガルドたち古参職人は、装甲板が真っ二つに割れる光景を確信し、勝利の笑みを浮かべた。


 ――ガキィィィンッ!!


 耳を劈くような金属音が響き渡った。


 だが、装甲板は割れなかった。


 代わりに修練場に響いたのは、パキンッ! という、ガラスが砕け散るような甲高い破断音だった。


「なっ……!?」


 ガルドの目が驚愕に見開かれた。


 ドワーフの重装歩兵が振り下ろした星鉄の剣は、装甲板に激突した瞬間、刀身の真ん中から無残に折れ飛んでいた。


 青白い破片が宙を舞い、石畳の床にカラカラと虚しい音を立てて転がる。残されたのは、剣の柄を握りしめたまま呆然と立ち尽くす兵士と、ほんのわずかな傷がついただけの装甲板だった。


「そん、な……」


 ガルドは膝から崩れ落ち、折れて飛んだ刀身の破片を震える手で拾い上げた。


「我らの……星鉄が……神聖なる剣が……こんな、こんな容易く……」


 数百年にわたって彼らが信じ、神聖視してきた「硬さ=最強」という信仰が、物理的な結果を伴って完全に砕け散った瞬間だった。ドワーフ職人たちは誰一人として言葉を発することができず、ただ絶望的な目で破片を見つめている。


 ゲンはそんな彼らを見下して笑うようなことはしなかった。


 ただ静かに歩み寄り、ガルドの手から破片を受け取って、その断面を指でなぞった。


「……素材が悪いわけじゃねぇよ」


「え……?」


「星鉄は確かに硬い。だが、金属ってのは硬すぎると『粘り』がなくなる。ガラスが硬いのにすぐ割れるのと同じだ。衝撃を吸収して逃がす靭性がなきゃ、どれだけ硬くても武器にはならねぇ」


 ゲンは折れた断面をガルドに見せた。


「見ろ、断面が真っ平らだろ。これは金属疲労じゃなく、一発の衝撃に耐えきれずに砕けた証拠だ。お前ら、星鉄を神聖視するあまり、傷をつけるような『焼き戻し』の工程を躊躇したな?」


 図星を突かれ、ガルドは力なく俯いた。星鉄の純度を保つため、彼らは熱を加えて硬さを抜く焼き戻しを極端に避けていたのだ。


「硬いだけの鉄は、衝撃を逃がせねぇから脆い。だから、適切な温度で焼き戻しをして、硬さと粘りのバランスを取る必要があるんだ」


 ゲンは破片をガルドに返し、息を吐いた。


「星鉄の融点は高い。今までは設備が足りなくて焼き戻しが上手くいかなかったんだろうが……昨日、うちの助手が地下で『泥石』の鉱脈を見つけてくれた。あいつを炉に組み込めば、星鉄の高温の焼き戻しも安定してできるようになる」


 ガルドはハッと顔を上げ、ゲンとリュシアを交互に見た。


「お前たち……我らの誇りを砕いておいて、まだこの星鉄を使うと言うのか?」


「当たり前だ。素材の特性を理解して、現場で使える道具にするのが職人の仕事だろ」


 ゲンの言葉に、ガルドの瞳の奥で何かが揺らいだ。


 今まで見下していた人間の小僧が、誰よりも深く鉄の理と向き合い、自分たちの限界を超えようとしている。


 老ドワーフは折れた剣の柄を強く握りしめ、長年の誇りと新たな現実の間で、静かに葛藤を始めていた。

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