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第11話 ツンデレ助手、魔王城で不機嫌になる

魔王城地下の巨大な火山炉は、今日も轟々と熱気を噴き上げている。


 ゲンは前掛け一つで灼熱の炉の前に立ち、絶え間なくハンマーを振るっていた。彼が手掛けているのは、魔力の弱い下級兵のための実用品――『折れない短槍』の大量生産である。


 カン、カン、という規則正しい打撃音が響く。すでに数十本もの穂先が打ち上がり、傍らの冷却槽の横に無造作に積まれていた。


「ゲン、少しは手を休めたらどうだ」


 涼やかな声と共に、魔王ルヴィアが大工房へと姿を現した。彼女は冷気を放つ氷晶石が浮かんだ水差しと、果実の乗った銀の盆を自ら持ってきている。


「我が軍の兵のために骨を折ってくれるのは感謝するが、お前が倒れては元も子もない。大工房の設備も人員も、いくらでも自由に使って良いのだぞ」


「いらねぇよ。自分のペースってもんがある」


 ゲンは火かき棒で炉の温度を微調整しながら、素っ気なく返した。


「遠慮は無用だ。ガルドの配下の者たちを数人、お前の専属助手として付けよう。それに、星鉄鉱山からの直接の運搬路も、お前の炉のすぐ裏まで通させてある。必要なものがあれば、何でも私に言うといい」


 王としての権力と財力を惜しげもなく注ぎ込み、ゲンの環境を徹底的に整えようとするルヴィア。彼女の態度は、かつてゲンをただの駒として見ていた頃とは明らかに異なり、どこか過保護なほどの熱を帯びていた。


 そのやり取りを、少し離れた作業台からギロリと睨みつけている者がいた。エルフの少女、リュシアである。


「……あの、魔王様」


 リュシアは手にしていたヤスリを乱暴に置き、ズカズカと二人の間に割って入った。


「ゲンさんの助手なら、私がいます。それに素材の運搬や調達だって、私の仕事です。わざわざ軍の人間をしゃしゃり出させる必要はありませんけど」


「ほう」


 ルヴィアはリュシアを見下ろし、涼しい顔で首を傾げた。


「エルフの、お前も休んでいれば良い。人間の町工場ならいざ知らず、ここは魔王城だ。ただの助手一人に全てを負わせるほど、我が軍は人材不足ではないぞ。ゲンの食事や身の回りの世話も、城のメイドに任せれば――」


「させませんっ!」


 リュシアが食い気味に叫び、尖った耳をピンと逆立てた。


「私を誰だと思ってるんですか! 元・王国魔法研究院の主席助手ですよ! そこらのドワーフやメイドなんかと一緒にしないでください! ゲンさんのことは、私が一番よく分かってるんですから!」


「……そう怒るな。私は効率の話をしているだけだが」


「効率なら私が一番です! あーもう、ゲンさんも何か言ってくださいよ!」


 火花を散らす女魔王とエルフの間に挟まれ、ゲンは深く、心底から面倒くさそうなため息を吐いた。


「どっちでもいいから、そこにある木炭を炉の横に運べ」


「っ、私に任せてください!」


 リュシアはルヴィアに勝ち誇ったような視線を向け、自身の背丈ほどもある木炭の袋を引きずって運んでいった。


 ゲンはそんな彼女の後ろ姿を見ながら、首の裏を掻く。


 魔王城に来てからというもの、リュシアは明らかに不機嫌だった。


 ルヴィアが次々と立派な設備や鉱山の権利、そして多くの配下をゲンに与えるたびに、彼女はムキになって雑用をこなし、ゲンと城の人間との間に壁を作ろうとしている。


(……世話焼きなのはいつもの事だが、妙に焦ってやがるな)


 ゲンには、彼女が何をそんなに張り合っているのか、正確なところは分からなかった。ただ、道具の扱いが雑になるのだけは勘弁してほしかった。



 その日の午後。


 ゲンが柄の取り付け作業に一区切りをつけた頃、リュシアが埃まみれになって大工房の奥から駆け戻ってきた。


「ゲンさん! ちょっと、こっちに来てください!」


「なんだ、騒々しい。俺はまだ……」


「いいから! すごいものを見つけたんです!」


 リュシアはゲンの腕を引っ張り、半ば強引に大工房のさらに奥、普段は使われていない古い地下倉庫の方向へと連れ出した。


 松明の明かりも届かない、暗く湿った岩の通路。リュシアの杖の先端に灯る魔力光だけが頼りだ。


「おい、どこまで行く気だ。ここは採掘坑じゃねぇぞ」


「城の連中にはそう見えてるでしょうね。でも、私の『探知』は誤魔化せませんよ。ここです」


 リュシアが立ち止まったのは、行き止まりになった岩壁の前だった。表面には青苔が張り付き、ただの硬い岩盤にしか見えない。


 彼女は得意げに胸を反らし、岩壁を手で叩いた。


「この壁の向こうに、異常な鉱脈が眠っています。城のドワーフたちは、ただの硬い岩盤だと思って数百年も放置していたみたいですけどね。私の魔法研究院仕込みの緻密な探知術式が、その微細な魔力の揺らぎを捉えたんです!」


 彼女の口調は、いつにも増して早口だった。まるで、自分の存在価値を懸命に証明しようとしているかのように、見つけた成果を必要以上に誇示している。


「魔王様がいくら星鉄の鉱山を提供しようと、私だって、これくらい見つけられるんですから!」


 ゲンはリュシアのまくし立てる言葉を半分ほど聞き流し、腰の工具袋から先を尖らせたたがねとハンマーを取り出した。


 カン、と岩壁の表面を叩き、少しだけ砕く。


 欠けた断面を指の腹でなぞり、匂いを嗅ぐ。


「……おい、リュシア。お前、こいつの魔力反応はどう読んだ?」


「え? あ、はい。非常に微弱ですが、周囲の魔力を『吸収』するような奇妙な性質を持っています。魔力が通らないわけでも、弾くわけでもない。ただ、ひたすらに熱と魔力を内部に溜め込むような……。だから、普通の探知魔法では見落とされてきたんだと思います」


 ゲンは目を細め、もう一度ハンマーで岩盤を強く叩いた。


 火花が散る。その火花の色は、鉄や星鉄のそれとは違う、青みを帯びた奇妙な色だった。


 途端に、ゲンの声の温度が急激に上がった。


「……マジかよ。こいつ、耐熱性と魔力の吸収に特化した『泥石でいせき』の変異種じゃねぇか」


「泥石……? そんな名前の鉱石、聞いたことありませんけど」


「だろうな。こいつは単体じゃ武器にも防具にもならねぇ。硬いくせに脆くて、すぐ崩れるからだ。魔力反応も薄いとなれば、お前ら魔術師や、ここのドワーフたちがゴミ扱いして見落とすのも無理はねぇ」


 ゲンは岩肌を愛おしそうに撫でた。


「だがな、こいつを砕いて粉にして、炉の耐火煉瓦の繋ぎに混ぜてみろ。熱を逃がさず溜め込み、魔法的な干渉も弾く、最高の『断熱材』に化けるぞ。これがあれば、星鉄みたいな融点の高い素材の焼き戻しが、今の倍は楽になる」


 ゲンは振り返り、リュシアの顔を真っ直ぐに見た。


「よく見つけたな、リュシア。魔王の設備もすげぇが、この鉱脈はお前じゃなきゃ一生見つからなかった。……こりゃあ、すげぇ助かる」


 素直な、職人としての心からの称賛。


 その言葉を聞いた瞬間、リュシアの肩から、張り詰めていた糸がふっと切れたように力が抜けた。


「……っ」


 彼女は一瞬だけ、本当に一瞬だけ、泣き出しそうなほど安堵した顔を見せた。


 魔王城という圧倒的な環境の中で、自分はもうゲンにとって不要な存在になってしまうのではないか。役に立たなければ、捨てられてしまうのではないか。


 その根深い恐れが、「助かる」というたった一言で、ほんの少しだけ和らいだのだ。


 だが、リュシアはすぐに顔を背け、いつもの辛辣な口調を取り繕った。


「と、当然です! 私を誰だと思ってるんですか。これくらい、なんてことありませんよ!」


「ああ、そうだな。頼りにしてるぜ、主席助手殿」


 ゲンは深くは追及せず、再び岩壁に向き直ってピッケルを振るう準備を始めた。


 城の地下深く、忘れられた空間で見つかった異常な鉱脈。それは、後に魔王軍の装備をさらに一段階引き上げるための、強力な切り札となる気配を静かに漂わせていた。

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