第10話 名剣より、折れない槍を百本
大工房の火山炉が、轟々と低い唸り声を上げていた。
地下のマグマから直接引き込まれた熱気は、肌を焦がすほどに熱い。だが、その圧倒的な火力を前にしても、ゲンの手つきには一片の迷いもなかった。
彼は真っ赤に熱せられた鉄の塊を金床に置き、ハンマーを振り下ろす。
カン、カン、カンッ!
リズミカルな打撃音が工房に響き渡る。飛び散る火の粉を前掛けで防ぎながら、ゲンは鉄の塊を細長く、かつ分厚い楔のような形へと打ち延ばしていった。
「ゲンさん、頼まれていた柄の木材、運んできましたよ。これで全部です」
リュシアが汗を拭いながら、荷車いっぱいに積まれた木材を運び込んできた。
「ご苦労。木目の通りはどうだ?」
「言われた通り、真っ直ぐに木目が通っている丈夫な樫の木だけを厳選しました。でも……本当にこんな普通の木でいいんですか? 魔力を通しやすい魔獣の骨とか、もっと硬い鉱石を柄にした方が……」
「馬鹿野郎。魔力を通しゃいいってもんじゃねぇ。柄に必要なのは、適度な『しなり』だ。硬すぎる柄は、突いた時の衝撃が逃げずに手首を壊すか、結合部からへし折れる」
ゲンは打ち上がった鉄の穂先を水にジュッと漬けて冷やし、検分するように目を細めた。
「それに、魔力のない下級兵が扱うんだ。自身の魔力で武器を強化できないなら、物理的な構造で折れなくしてやるしかねぇだろ」
彼が作っていたのは、豪奢な装飾が施された名剣でも、魔力を帯びた魔槍でもなかった。
刃渡りは短く、だが極端に分厚い穂先。それを、人の背丈ほどの長さに切り揃えられた樫の木の柄にしっかりと固定した、ただの武骨な『短槍』であった。
「なんだ、その貧相な棒切れは」
突然、大工房の入り口から、冷ややかな声が降ってきた。
武闘派幹部のザガンだ。彼は数人の部下を従え、ゲンの手にある短槍を忌々しげに睨みつけていた。
「てっきり、あの忌々しい人間の聖剣を打ち砕くほどの『最強の剣』を打っているのかと思えば。そのような装飾の一つもない安物で、我々に戦えと言うのか」
「戦うのは俺じゃねぇ。最前線で震えてる、お前らの部下だ」
ゲンは短槍の重心を確かめるように軽く振ると、ザガンの方へと視線を向けた。
「いいか、ザガン。お前らみたいな魔力の強い幹部は、自分の魔力で武器を補強できるからいい。だが、魔力の弱い下級兵はどうだ? 支給された粗悪な剣を、力任せに振り回してはへし折られ、丸腰で殺されてるのが現状だろ」
「それが弱者の定めだ。力なき者は死ぬ。戦場とはそういう場所だ」
ザガンは鼻で笑った。
「貴様は職人の端くれかもしれんが、戦場を分かっていない。そのような短い刃で、聖騎士の分厚い鎧を貫けるはずがなかろう」
「貫く必要はねぇ」
ゲンは短槍をザガンの足元に放り投げた。
「貫けなくても、殴りつけることはできる。それに、こいつの一番の利点はな……『絶対に折れない』ことだ」
「ふん、大きく出たな。人間の小僧が作る安物など、俺が片手でへし折ってくれるわ」
ザガンが苛立たしげに足元の短槍を拾い上げようとした、その時だった。
「言葉より、現場で見りゃあいいだろ」
ゲンは前掛けの埃を払い、修練場の方へと顎でしゃくった。
大工房に隣接する修練場には、不要になった分厚い鉄の装甲板が、木の杭に何重にも重ねて括り付けられていた。
「リュシア、そこらで暇そうにしてる下級兵を一人呼んでこい」
「は、はい!」
ほどなくして、小柄で魔力の弱そうな獣人兵が連れてこられた。彼はザガンら幹部の前で縮み上がっていたが、ゲンは構わず、昨日打ち上げたばかりの短槍を彼に握らせた。
「ザガン、お前のとこの魔力の強い部下に、そっちの武器庫にある標準支給の長剣を持たせろ。そして、あの装甲板を思い切り突かせてみろ」
ゲンの挑発に、ザガンは「よかろう、現実を教えてやる」と冷笑し、自身の部下に目配せした。
筋骨隆々としたザガンの部下が、真新しい長剣を構え、装甲板に向かって凄まじい踏み込みを見せた。
「おおぉぉっ!」
彼自身の高い魔力が剣に乗り、一撃必殺の突きが装甲板に激突する。
ガァァァンッ!!
耳を劈くような金属音が響き、一番手前の鉄板が大きく凹んだ。見事な威力だ。ザガンが満足げに頷く。
「見たか。これが我ら魔王軍の力だ。貴様の作った棒切れとは威力が違う」
「いいから、同じようにもう十回、力任せに突かせてみろ」
ゲンが欠伸を噛み殺しながら言う。
ザガンの部下は顔を真っ赤にし、何度も何度も装甲板に剣を突き立てた。
三回、四回、五回――。
そして七回目を突いた瞬間。
パキンッ! という甲高い破断音が修練場に響いた。
「なっ……!?」
ザガンの部下が手にしていた長剣が、鍔元の少し上から無残に折れ飛び、地面に突き刺さっていた。
「硬いだけの鉄はな、衝撃を逃がせねぇんだよ」
ゲンは折れた剣を一瞥し、淡々と説明した。
「魔力を込めて威力を上げれば上げるほど、反作用の力は剣そのものに返ってくる。金属疲労が溜まって、一番負荷のかかる根元からポッキリといく。典型的な欠陥品だ」
ザガンが歯噛みする中、ゲンは隣で震えている獣人兵の背中を軽く叩いた。
「お前の番だ。魔力なんて使わなくていい。あの装甲板を、持っている槍で思い切り突いてみろ。何回でもだ」
獣人兵はこくりと頷き、ゲンの作った短槍を構えた。
タァッ! という気合と共に、装甲板を突く。
鈍い音が響き、装甲板には僅かな傷がついただけだった。先ほどのザガンの部下の一撃とは比べ物にならない。
「ふははっ! なんだその情けない突きは! 鎧に傷をつけるのが精一杯ではないか!」
ザガンが嘲笑する。だが、ゲンは表情一つ変えずに言った。
「続けろ」
獣人兵は何度も何度も、無我夢中で短槍を突き出した。
十回、二十回、三十回。
装甲板を打つたびに、樫の木の柄がぐんと撓り、すぐに元の真っ直ぐな形へと戻る。分厚く短い鉄の穂先は、硬い装甲に何度ぶつかっても決して刃こぼれを起こさない。
五十回突き終えたところで、獣人兵が肩で息をしながら手を止めた。
「……お見事」
リュシアが短槍の穂先を覗き込み、感嘆の声を漏らした。
刃の欠けは一つもない。柄の木材に亀裂すら入っていなかった。
「刃を短く分厚くして強度を上げ、柄の木材のしなりで衝突の応力を全体に逃がす。これなら、魔力のねぇ素人が何度力任せに壁を叩こうが、絶対に折れねぇ」
ゲンはザガンに向き直り、静かに言い放った。
「戦場で一番恐ろしいのは、敵の鎧が硬いことじゃねぇ。自分の持ってる武器が途中で使い物にならなくなることだ。一発の威力は劣っても、絶対に折れず、最後まで兵士の命を守り抜く。それが俺の作った『実用品』だ」
明確な事実と結果。
安物だと馬鹿にしていた短槍が、既存の武器を耐久性という面で完全に凌駕した。
ザガンは折れた長剣と、無傷の短槍を交互に見比べ、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「……こんな棒切れが何百本あろうと、英雄一人の聖剣には勝てん! 貴様の考えは、弱者の甘えだ!」
ザガンは己の想定が完全に折られたことを認められず、負け惜しみを吐き捨てるように踵を返し、修練場を後にした。
ゲンはその広い背中を見送りながら、短くため息をつく。
「まあ、頭の固い奴を説得するのは後回しだ」
ゲンは振り返り、リュシアと、短槍を抱きしめて目を輝かせている獣人兵を見た。
「リュシア、木材の在庫はあとどれくらいある?」
「えっと、今運んだ分で大体百本分くらいは……」
「よし、とりあえず百本だ。今日中に穂先を打って柄に据え付ける。手伝え」
「ひゃ、百本!? ちょっと、いくらなんでもペースが……!」
リュシアが慌てふためく声を背に、ゲンは大工房へと足を踏み入れる。
一点物の名剣ではなく、名もなき兵士たちが生きて帰るための、地味で確実な実用品。その大量生産が、ここから静かに、だが確実に魔王軍の底力を押し上げていくことになるのだった。




