第81話 再戦!レッド・サイクロプス・ギガント
さらに数日後、蒼天の軌跡のメンバーは訓練所に集まっていた。
アレッタの攻撃手段と、リオ、フィエルも交えた新しい連携方法。
それらをパーティ全員で確認したところで、セレナは全員を見回した。
「各自、準備は終わったわね」
セレナの声に、場の空気が少しだけ引き締まる。
「明日、迷宮に向かうわ」
その一言に、リオは自然と背筋を伸ばした。
フィエルの右脚は戻り、全盛期に近い状態を取り戻した。さらに、アレッタも正式に蒼天の軌跡へ加わった。それぞれの準備も進んでいる。
あとは、実戦で確認するだけだった。
「まずは、再出現しているレッド・サイクロプス・ギガントを倒す」
セレナは静かに告げる。
「フィエルの結界を使い、リオも増援の足止めではなく、攻撃に加わる。それを実戦で確認するわ」
「了解だ」
フィエルが頷く。
「相手があいつなら、結界の使いどころも分かっている」
「ええ。お願い」
セレナは次に、アレッタへ視線を向けた。
「アレッタは素材回収をお願い。使える素材は、可能な限り持ち帰るわ」
「はい。僕に任せてください」
アレッタは少しだけ胸を張って答える。
「階層主のドロップ素材なら、魔石も属性結晶も質が高いはずです。何が落ちるかは分かりませんが、使えるものは全部回収します」
「頼もしいな」
レオルが笑う。
「今までは、持ち帰る素材を選ばざるを得なかったからな」
「深層の素材はどうしてもかさばるものが多いですからね」
アレッタは真面目な顔で頷いた。
「今のところ僕の亜空間収納で保管できなかったものはありませんし、容量限界になったこともありません。素材が持ち帰れれば、次の戦いのための強力な武器や魔道具を作ることもできます」
その言葉に、レオルは笑顔を浮かべて言った。
「そいつはすごいな」
深層で戦うための武器を作り、入手するであろう素材の使い道まで考えている。やはり、アレッタは普通の錬金術師ではない。
蒼天の軌跡に加わるだけの理由が、そこには確かにあった。
「明日は、確認の戦いよ」
セレナが言う。
「けれど、相手は階層主。油断はしないこと」
「当然だ」
ドルクが短く答えた。
「油断すればやられる」
その言葉に、誰も笑わなかった。レッド・サイクロプス・ギガントは、すでに倒したことのある相手だが、危険な魔物であることに変わりはない。
一撃でもまともに受ければ、ただでは済まない。
「では、今日はここまで」
セレナは全員を見回す。
「明日に備えて、各自しっかり休んでおいて」
「はい」
リオは頷いた。
いよいよ、新しい蒼天の軌跡が動き出す。その事実に、胸の奥が静かに熱くなっていた。
◇
翌日、蒼天の軌跡は、アグレス坑道を進んでいた。
目的地は四十五階層、レッド・サイクロプス・ギガントが再出現している階層だ。
迷宮内を進む足取りに迷いはなかった。
かつて通った道。
かつて戦った相手。
だが、今の蒼天の軌跡は、あの時とは違う。
フィエルが戻った。
アレッタが加わった。
リオもまた、これまでの戦いで得た経験を自分のものにしている。
四十五階層の広間へ足を踏み入れた瞬間、重い空気が肌を打った。
広間の中央で赤黒い巨体が、ゆっくりと立ち上がる。
レッド・サイクロプス・ギガント。
巨大な一つ目が、侵入者達を捉えた。
「来るわ」
セレナの声が飛ぶ。
次の瞬間、レッド・サイクロプス・ギガントが地面を蹴った。
巨体とは思えない速さで距離を詰めてくる。
「ドルク、レオル、前へ!」
「フィエルは結界を!」
「おう!」
「了解」
レオルとドルクが前に出る。
「まかせろ!」
その横に、フィエルが並び、聖盾の縁を地面へ突き下ろした。
「聖域の檻――サンクチュアリ・ケイジ」
聖盾を中心に、レッド・サイクロプス・ギガントと蒼天の軌跡を囲むように、透明な膜が半球状に立ち上がる。
レッド・サイクロプス・ギガントは結界を気にした様子もなく、その剛腕を振り下ろす。
それをドルクが受け流し、レオルの槍が足元を狙う。
フィエルは結界を維持しつつ、剣でレッド・サイクロプス・ギガントの腕を切り付ける。
一撃の重さは、以前と変わらない。
地面が砕け、空気が震える。まともに受ければ、それだけで戦線は崩れる。
だが、ドルクは崩れない。
「ミア、支援を!」
「まかせて!」
ミアの支援魔法が前衛を包む。
セレナの風刃が、レッド・サイクロプス・ギガントの肩を切り裂いた。
「アレッタは遠距離から爆裂矢で攻撃!」
「わかりました!」
「リオも今回は増援への備えは必要ないわ!攻撃に回って!」
「はい!」
リオはカイゼルの剣技をなぞるように、レッド・サイクロプス・ギガントへ斬撃を重ねていく。
焦る必要はない。
前衛が支えている。
ミアが支援している。
セレナが全体を見ている。
そして、何より、フィエルがいる。
順調にレッド・サイクロプス・ギガントを削ってしばらくして。
レッド・サイクロプス・ギガントが大きく息を吸い込んだ。
リオの背筋に、緊張が走る。
ウォークライ。
同格の魔物、ブルー・サイクロプス・ギガントを呼び寄せる、厄介な咆哮。
前回は、突然の乱入に蒼天の軌跡は大いに焦らされ、戦線を乱しかけた。
だが、今回は違う。
聖域の檻がウォークライの効果を結界外に通さない。結界内部の空気を震わせるだけだ。
増援は来ない。
「予定通りよ」
セレナが言う。
「リオも攻撃に集中して!」
「はい!」
リオは剣を握り直した。
前回は、常に周囲を警戒している必要があった。増援を防ぐための魔力を展開し、タイミングを測り、戦場全体に意識を向けていた。
だが、今は違う。
フィエルの《聖域の檻》が、戦場を固定している。
リオは、目の前の敵を斬ることだけに集中できる。
レオルの槍が、レッド・サイクロプス・ギガントの足を穿つ。
ドルクの重い一撃が、その体勢を崩す。
フィエルの盾が巨体の進路を塞ぎ、セレナの風刃が視界を乱す。
「リオ!支援いくよ!」
ミアの声とともに、単体の強力な支援魔法がリオの身体を軽くした。
リオは地面を蹴る。
剣を振るう。
一撃。
踏み込んで、もう一撃。
以前より、剣が自然に動く。
カイゼルの剣技は、まだ完全ではない。
それでも、王都で見たあの剣は、確かにリオの中へ残っている。
巨体の腕が横薙ぎに振るわれる。
リオはその下をくぐり抜け、足元へ斬撃を入れた。
硬い。
だが、通る。
「やるじゃねえか、リオ!」
レオルが笑う。
「まだです!」
リオはさらに踏み込む。
レッド・サイクロプス・ギガントが怒りの咆哮を上げる。
だが、やはり増援は来ない。
結界の外へ、その声は届かない。
戦場が乱れない。
前衛が崩れない。
余計な敵が増えない。
それだけで、戦いの重さがまるで違っていた。
「片腕を止めるわ」
セレナが短く告げる。
風刃が走った。
レッド・サイクロプス・ギガントの右腕を切り裂き、動きを鈍らせる。
「今だ!」
ドルクが盾を巨体にぶつけ、その動きを止めた。
シールド・バッシュ。
そのタイミングを逃さず、レオルの槍が右足を貫いた。
巨体が、大きく傾く。
リオは、その一瞬を逃さなかった。
リオの手には、蒼い魔力を宿した剣がある。
呼吸を整える。
踏み込みの角度。
剣へ流す魔力。
腕だけではなく、身体全体で振り抜く感覚。
カイゼルの剣を思い出す。
まだ、同じ威力は出せない。
けれど、今の自分にできる最高の一撃を。
蒼い魔力が剣へ集まる。
刃が淡く輝いた。
「ブレーク・エッジ!」
リオは踏み込んだ。
蒼い刃が、レッド・サイクロプス・ギガントの肩から心臓へ向かって深く斬り裂いた。
巨体が揺れた。
一つ目が大きく見開かれる。
そして、次の瞬間。
地響きとともに、その巨体が崩れ落ちた。
「……早いな」
レオルが、ぽつりと呟いた。
以前の苦戦が嘘のように、レッド・サイクロプス・ギガントはその身体を横たえていた。
リオは剣を下ろし、息を吐く。
疲労はある。
だが、前回のような激しい消耗はない。
前回とは違う。自分も確かに強くなっている――そう実感できた。
増援を防ぐために無理をする必要がなかった。
攻撃に集中できた。
その差は、想像以上に大きかった。
「問題ないな」
フィエルが結界を解きながら言った。
「リオ、最後の一撃は良かったぞ」
「ありがとうございます」
リオは少しだけ照れたように答える。
「でも、まだカイゼルさんには届きません」
「そこまで分かっているなら、十分だ」
フィエルは苦笑する。
「ただ、少し力が入りすぎてるな。もっと力を抜け」
「はい」
リオは素直に頷いた。
まだ、学べることはある。
それが少し嬉しかった。
「フィエル」
セレナが近づいてくる。
「結界は問題なさそうね」
「ああ。以前と同じように使える」
フィエルは自分の右脚へ一瞬だけ視線を落とし、それから頷いた。
「動きにも大きな違和感はない。まだ完全とは言えないが、階層主戦でも戦える」
「十分よ」
セレナは微かに表情を和らげた。
「お帰りなさい、フィエル」
◇
――お帰りなさい、フィエル。
セレナのその言葉に、フィエルは少しだけ目を伏せた。
「……ああ。ただいま」
短い言葉だった。けれど、それだけで十分だった。
戦闘が終わると、レッド・サイクロプス・ギガントの巨体は淡い光に包まれた。
赤黒い身体が、少しずつ崩れていく。
魔物の身体が、迷宮へ還っていく。
やがて巨体が完全に消えたあと、広間の床にはいくつかの素材が残されていた。
赤黒い巨大な魔石。
硬質化した巨大な角。
そして、淡い熱を帯びた赤い属性結晶。
「素材を回収します」
アレッタがすぐに動き出した。
亜空間収納が開く。
アレッタは慣れた手つきで、残された素材を確認していった。
「魔石はかなり質が高いです。角は加工して武器にできそうですね」
そして、赤い属性結晶を手に取る。
「これは……かなり純度の高い炎の属性結晶です」
アレッタの目が、わずかに輝いた。
「これなら、強力な爆弾が作れます」
「爆弾か」
レオルが眉を上げる。
「はい。爆裂矢よりも威力を一点に集中させるものです。壁や岩を壊すのに向いています」
セレナはその言葉に、少し考えるように目を細めた。
「ウォー・オーク・エンペラー戦で使えそうね」
「はい。壁の奥に宝珠があるなら、試す価値はあると思います」
アレッタは炎の属性結晶を慎重に亜空間収納へ収めた。
「任せてください」
その声には、確かな自信があった。
レオルがその様子を見て、苦笑する。
「戦ってる時より楽しそうだな」
「はい」
アレッタは迷いなく頷いた。
「新しい道具を作るのはワクワクしますから」
「そんなものか」
レオルが呆れたように笑う。
ミアも小さく笑った。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
だが、セレナはすぐに表情を引き締めた。
「今日はここまでにしましょう」
「戻るのか?」
レオルが尋ねる。
「ええ。以前より楽だったとはいえ、消耗はしているわ。それに、次のウォー・オーク・エンペラー戦に向けた準備も必要よ」
セレナはアレッタを見る。
「アレッタ、その素材の確認と分類はお願いできる?」
「はい。任せてください」
「では、宿へ戻りましょう」
フィエル、アレッタの加入で蒼天の軌跡がさらに強くなりました。
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