閑話: 亡霊③
夜。
リオは一人、自分の部屋で窓の外を眺めながらため息をついていた。
「ふぅ……」
迷宮都市ベルグラン、蒼天の軌跡がホームとしている豪華な宿。
窓の外には、夜でも消えない灯りが広がっている。
フィエルの件が片付き、蒼天の軌跡はようやく新しい形で再出発しようとしていた。
アレッタが加わり、フィエルも戻ってきた。
新生・蒼天の軌跡。
昼間、皆でそんな話をしたばかりだ。
正直に言えば。
今は、かつてないほど充実している。
蒼天の軌跡への加入。
感知能力。
身体制御。
魔法習得。
剣技の向上。
かつて、どれほど努力しても得られなかったものを、今のリオは次々と手にしている。
サイクロプス・ギガント戦。
あの死闘を経て、蒼天の軌跡との信頼関係も確実に深まった。
王都への派遣。
A級パーティ《銀翼の剣》との共闘。
ホワイト・ダイア・ガーディアンとの死闘。
ウォー・オーク・エンペラーとの激闘。
フィエルの説得
どれも思い返すだけで胸が熱くなる。
だが――
リオはゆっくりと拳を握る。
活躍できているのは、この身体があるからだ。
亡霊に勝手に作り替えられた、この女性の身体。
圧倒的な身体性能。
異常な魔法適性。
感知能力。
もし男の身体のままだったなら。
自分は、蒼天の軌跡でここまで活躍できていただろうか。
答えは、否だ。
今、元の身体に戻ったとしたらどうだろう。
今の経験と技術があれば。
以前の自分よりは、強くなれている気もする。
だが。
蒼天の軌跡のようなトップパーティで通用するかと言われれば――。
「ふぅ……」
リオは再び小さくため息を吐いた。
その時だった。
「やっほー! ご・ぶ・さ・た!」
聞き慣れた軽い声。
リオの目の前へ、半透明の亡霊がふわりと姿を現した。
「女性冒険者、悩めるリオちゃんのベスト・カウンセラーですよ~」
「うるさい!」
リオが即座に怒鳴る。
「ベスト・カウンセラーってなんだよ!」
「あー。そうか。この世界にはそういう言葉ないか」
亡霊は楽しそうに笑った。
「簡単に言えば、お悩み相談で悩みを解決してあげる最適な人って感じかな~」
「いらん!」
リオは即答した。
だが亡霊は気にした様子もない。
「いやー。リオちゃん、大活躍だねぇ」
「お父さんもうれしいよ」
「誰がお父さんだ! 死ね!」
「死ねはひどいなー。もう死んでるけど(笑)」
「いなくなったら困る癖に~」
亡霊はけらけら笑う。
「その身体の生みの親って考えたら、お父さんでもおかしくないでしょ?」
「おかしいわ!」
「あと、いちいちリオちゃん言うな!」
「あれ?」
亡霊は不思議そうに首を傾げた。
「でも最近、周りにリオちゃんって言われても流してるじゃない?」
「否定するのが面倒になっただけだ!!」
「特にお前に言われるのが嫌なんだよ!」
「ひっどいなー。亡霊差別だ」
亡霊は肩をすくめた。
「まぁいいけど」
そして。
ふっと表情を変える。
「それで?」
「今度は何しに出てきた!」
リオが警戒した声で問う。
亡霊は少しだけ真面目な顔になった。
「まず一つはお礼かな」
「最初はどうなることかと思ってハラハラしながら見てたけど」
「リオちゃん、順調にその身体の能力を引き出して強くなってるし」
「もうほんと、血沸き肉躍る興奮!」
「映画なんて目じゃない!」
「いやー。お父さん嬉しいよ」
「だから誰がお父さんだ!」
リオが怒鳴る。
「お前のためにやってるんじゃない!」
「知ってる知ってる」
亡霊は軽く笑った。
だが。
次の瞬間。
その表情が静かに真剣みを帯びる。
「それと――今日は大事な話があってね」
そこに、ただならぬ雰囲気を感じたリオも表情を引き締めた。
「……何だ?」
亡霊は静かに続ける。
「まず、今の僕がどこにいるかだけど」
「深層下部だよ」
「来るなら早く来てね」
リオが眉をひそめる。
「なぜ今になってそんなことを教える?」
「あー」
亡霊は少し考えるように視線を逸らした。
「一つは、リオちゃんが僕を楽しませてくれたお礼かな」
「もう一つは、完全な無駄足にならないように急いでもらうため」
「……無駄足?」
リオの表情が険しくなる。
亡霊は静かに頷いた。
「そう」
「せっかくリオちゃんが深層下部まで来てくれても」
「時間切れで会えませんでした、は僕としても避けたいからね」
「時間切れってどういうことだ!」
リオが声を荒げる。
亡霊は少しだけ困ったように笑った。
「まぁ、ここは正直に言うよ」
「装置の稼働と同時に、僕は顕現できたわけだけど」
「長い年月で蓄積した魔素も、徐々に減ってる」
「この身体を維持するためにね」
「深層下部に部屋を固定したのも、少しでも魔素消費を抑えるためだよ」
リオは無言で亡霊を見つめていた。
亡霊は軽い口調のまま続ける。
「ま、そういうことだから」
「時間切れは意識してね」
「それじゃ、またねー」
「待て!」
リオが叫ぶ。
「時間切れって、いつまでだ!」
亡霊は少しだけ考えるように視線を上へ向けた。
「うーん」
「今すぐってわけじゃないよ」
「1年くらいは大丈夫だと思う」
「でも、それ以上は分からないかな」
リオの表情が固まる。
亡霊はいつもの調子で笑った。
「そういうことだから」
「がんばってねー」
「待ってるよ!」
その言葉を最後に。
亡霊の姿は静かに消えていった。
後には。
呆然とするリオだけが残った。
「一年……」
静かな部屋。
リオはゆっくりと拳を握り締めた。
「……急がないと」
久々の亡霊編です。
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