第79話 新生・蒼天の軌跡
翌朝、一行はフィエルを伴って蒼天の軌跡の宿へ戻ってきた。
「ただいま。ミア、ドルク」
先頭で部屋に入ったセレナがいつもの調子で声を掛けた。
食事をとっていたミアが、顔を上げる。
「あ、おかえり――」
そこまで言って、ミアの動きが止まった。
「……え?」
視線の先、そこには、セレナ達の後ろに立つフィエルの姿があった。
「フィエル!?」
ミアが勢いよく立ち上がる。
「帰って来たんだ!ってことは……すべてうまくいったの?」
その声に、ドルクも静かに視線を向ける。
そして、フィエルの右脚を見た瞬間、僅かに目を見開いた。
「……霊薬も効いたんだな。良かった」
フィエルは苦笑する。
「ああ。おかげさまでな。まだ感覚に違和感はあるが、ちゃんと動く」
「皆には感謝の言葉もない。あんな去り方をしておいてなんだが、また世話になるつもりだ」
ミアは感極まって目に涙を浮かべながら言った。
「良かった。フィエル。本当に良かった」
「ずっと謝りたかったの。私の支援魔法が切れたせいであんなことになって。あの時はごめんなさい。でも、脚が治って本当に良かった」
フィエルは少し困ったように笑った。
「前も言ったろう。あれは、お前のせいじゃない」
「だが、ありがとう。ミア。それにドルクも」
「しばらくは訓練所で身体を戻すつもりだが」
「また一緒に探索させてほしい」
リオ、アレッタも感動してその様子を見ていた。
リオは言う。
「フィエルさん、早く調子を戻して、剣を教えてください」
そしてアレッタも。
「フィエルさん、蒼天の軌跡への復帰、おめでとうございます。それと皆さん、皆さんのおかげで創生の雫の実物とその効果を見せていただきました。本当にありがとうございます」
皆の言葉を聞いていたセレナは微笑んで告げた。
「積もる話もあるでしょうけど、フィエルはまだ身体が治ったばかり。休息が必要よ。一旦解散にしましょう」
「フィエルの部屋は以前のままにしてあるわ。一度休んでもらって夜に今後のことについて話しましょう」
◇
その日の夜、蒼天の軌跡の面々は、宿の一室へ集まっていた。
フィエルも既に着替えを済ませ、以前と同じようにテーブルを囲んで座っている。
セレナが静かに口を開いた。
「それじゃあ、今後の方針について話しましょう」
全員の視線がセレナへ向く。
「まず、フィエル」
「脚は治ったけれど、長い間まともに動かしていなかったのも事実よ。しばらくは訓練所で身体を慣らしてちょうだい」
フィエルは苦笑しながら頷く。
「ああ。さすがに、いきなり昔みたいに動けるとは思っていない。まずは身体を戻すつもりだ」
セレナも小さく頷いた。
「二週間……長くても一カ月もあれば、あなたなら十分戻せるでしょう。その頃には、サイクロプス・ギガントやウォー・オーク・エンペラーも再出現しているはずよ」
「期待しているわ」
レオルが腕を組みながら笑う。
「そうだな。フィエルがいれば前よりかなり楽に進められそうだな」
セレナは続けた。
「深層中部の攻略情報は、私から改めてフィエルに共有するわ。敵の特徴も、対処法も分かった。今の蒼天の軌跡なら、さらに先へ進めるはずよ」
「次の目標は、深層中部最深部――80階層の突破ね。ただ、56階層からは未踏破領域。何があるのか探りながらの探索となるわ」
「でも、フィエルの固有結界、リオの感知能力、それに皆の力があれば、どんな状況にも対応できる。私はそう信じているわ」
その言葉に、部屋の空気が少し引き締まる。
そして、セレナは今度はアレッタへ視線を向けた。
「アレッタ」
「まずは、ここまで本当にありがとう。霊薬の鑑定、エルディオン様のご紹介、霊薬の効果の記録、とてもお世話になった。あなたには本当に感謝しているわ」
「何かお礼をしたいけれど、要望はある?」
アレッタは少し慌てたように首を振る。
「い、いえ! そんな、僕は大したことしていません。お礼なんて――」
そこまで言って、少しだけ躊躇う。
そして、おずおずと口を開いた。
「不要です……と言いたいところなんですが」
「もし、許されるなら」
「わがままを一つ聞いていただけませんか?」
セレナが微笑みながら優しく頷く。
「内容によるわ」
アレッタは小さく息を吸った。
「深層中部へ、連れて行ってほしいんです」
その言葉に、ミアが目を丸くする。
「えっ!? 深層中部!?」
アレッタは真剣な表情で続けた。
「深層中部は、あらゆる錬金術師がうらやむ素材の宝庫だとお師様からも聞いています。深層素材があれば、僕の研究は遥か前に進められると考えています」
「戦闘面でお役に立てることは少ないかもしれませんが、自分の身は自分で守ります。ご迷惑はおかけしません……それに、ポーション類は素材さえあればいくらでもご提供します。迷宮の罠の解析等も任せてください」
「どうでしょう?」
セレナは静かに息を吐いた後、真っ直ぐアレッタを見る。
「アレッタ、あなたには本当に世話になったわ」
「でも、お客様扱いで深層中部に連れて行く気はないわ」
部屋の空気が少し引き締まる。
「深層は甘い場所じゃない」
「もし同行したいなら、あなたにも、蒼天の軌跡の一員として戦ってもらう」
「我々も今回のことで思い知ったわ。未知のアイテムを鑑定できる錬金術師の重要性を。それに、これまでは補給物資不足で引き返すようなことも多かった。あなたが蒼天の軌跡に加入してくれるなら、その弱点を補うことができる」
「レオル、そう思わない?」
そう言ってセレナはレオルに問いかける。
「ああ、そうだな。アレッタが信用できるのはここ数日の付き合いで十分感じている。蒼天の軌跡の弱点を補えるという点にも同意だ」
「アレッタ、どうだ?」
レオルはアレッタに確認する。
「はい」
「こちらからお願いしたいくらいです。有名なAランクパーティ、蒼天の軌跡に加入できるなら、これ以上光栄なことはありません」
レオルが腕を組みながら続けた。
「ただし、深層中部に連れて行くのは構わねぇが、いくら素材の宝庫でも、大した量は持ち帰れないぞ。俺たちの目的は、さらに奥――深層下部だからな。どうしても探索優先になる」
だが、アレッタは静かに首を振った。
「それは大丈夫です」
アレッタは息を吸い込み、何かを決意したように言った。
「……僕には、特殊スキルがありますから」
「本当は、お師様から絶対に秘密にするよう言われていたんですが」
「皆さんになら、お伝えしても大丈夫だと思っています」
そう言って、アレッタはテーブルへ手をかざした。
次の瞬間、淡い光と共に、小型ボウガンや小型爆弾が空間から現れる。
「……なっ!?」
レオルが目を見開いた。
ミアも驚きの声を上げる。
「い、今どこから出したの!?」
アレッタは少し照れくさそうに笑った。
「亜空間収納です。かなり珍しいスキルらしくて……」
セレナが驚いたように呟く。
「亜空間収納……そんなスキル、本当に存在したのね」
アレッタは小さく頷いた。
「実は以前、ボウガンや爆弾を出した時も、外套から出したように見せて誤魔化していました」
その時、リオが小さく頷いた。
「あぁ……やっぱりそうだったんですね」
アレッタが驚いたようにリオを見る。
「リオさん、気付いてたんですか?」
リオは少し苦笑する。
「以前、アレッタが盗賊と戦った時、なにか不自然な魔力の流れが起きた直後に、いきなりボウガンや爆弾を持っていたので」
「何かのスキルなのかなって思ってました。でも、外套から出したと言われて何か隠したい事情なのかなと追求しませんでしたが」
フィエルが小さく笑った。
「なるほど」
「つまり、君がいれば深層素材を大量に持ち帰れるという訳か」
アレッタは真剣な表情で頷く。
「はい。それに――深層素材が手に入れば、もっと強力な武器も作れると思います」
フィエルは感心したように息を漏らした。
「大したもんだ。リオ君もアレッタ君もただの可愛いお嬢ちゃんにしか見えないんだがな」
レオルが苦笑する。
「本当に次から次へと、とんでもねぇのが増えるな。だが、いいことだ」
皆の様子を見ながら、セレナは静かに息を吐いた。
フィエルの固有結界《聖域の檻》。
リオの感知能力、それに超級魔法と剣技。
そして、アレッタの持つ、鑑定、調合、罠解除、亜空間収納という能力。
蒼天の軌跡に足りなかったピースがすべて揃った。
今なら――更なる深層、深層下部へ届くかもしれない。
セレナは小さく笑った。
「……本当に、すごいパーティになったわね」




