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【毎日更新】亡霊の罠で女になった万年D級探索者、拾われた先で頭角を現す ~灯火の輪のリオ~  作者: アサトン


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第76話 フィエル①

「皆疲れたでしょうから、一度休息しましょう。詳しい話はまた夜にね。ミア、アレッタを客室に案内してくれる?」


セレナがそう言って、その場は一時解散となった。


「それじゃ、部屋を案内するねー」


ミアに促され、アレッタは宿の二階へ上がっていく。


「わぁ……すごい宿ですね……」


部屋へ入ったアレッタが、きょろきょろと辺りを見回した。


「ベルグランのA級パーティって、やっぱりすごいんだ……」


ミアが少し得意げに笑う。


「まぁねー!でも、そのうちアレッタも慣れるよ」


「よろしくお願いします!」


アレッタはぺこりと頭を下げた。そして、思い出したように続ける。


「あ、そうだ。今度、蒼天の軌跡の倉庫も見せてもらえるんですよね?」


その瞬間、再び目が輝く。


「どんな古代遺物があるんだろう……!もしかしたら凄いものもあるかも……!」


その様子に、ミアは思わず苦笑した。


「あんまり期待しないでね。基本、次の冒険の為に売り払っちゃうものが多いし、そんなに沢山あるわけじゃないからね~」


その言葉に、アレッタは微笑む。


「そうなんですね。でも、どうしても期待しちゃいます」


ミアも微笑む。


「じゃあ、私は一旦戻るね。必要なものがあったら遠慮なく言って」


「はい!ありがとうございます!」



そして、夜。蒼天の軌跡の面々は宿の食堂へ集まっていた。セレナが最初に口を開く。


「……それで、明日だけど。まずは、フィエルのところへ行ってみましょう」


リオが少し首を傾げた。


「フィエルさんって、今どこにいらっしゃるんですか?」


レオルが答える。


「ベルグランの郊外だ。中心地からはかなり離れてる」


ミアも続けた。


「小さな酒場をやってるんだよ。常連さんも結構いるみたい」


リオは少し驚いたような顔をする。


「酒場……」


「意外か?」


レオルが笑う。


「まぁ、昔から料理は結構得意だったからな、あいつ」


「基本はお酒を飲む場所だけど、フィエルの料理もかなり評判いいらしいわ」


セレナも口元に笑みを浮かべた。


「以前行った時は義足にまだ慣れてなくて大変だったみたいだけど」


食堂に、少しだけ静かな空気が落ちたが、セレナはすぐ気持ちを切り替えるように続ける。


「明日のことだけど、私とレオルでフィエルに会いに行こうと思うわ。あと、リオをフィエルへ紹介したいのでリオも来てくれないかしら?」


「もちろんです」


リオがすぐに頷いた後、セレナはさらにアレッタへ視線を向ける。


「アレッタさん、あなたもお願いできるかしら?エルディオン様との約束もあるし、霊薬を使う時は立ち会ってほしいの」


アレッタも真剣な顔で頷いた。


「はい。もちろんです。まかせてください」


ミアが少しだけ頬を膨らませる。


「むぅ……私も行きたいけど」


ドルクが口を開き、ミアに答える。


「……人数はあまり多くない方が良い。フィエルも気を遣うだろう」


「まぁ、そうよね……」


ミアは少し残念そうにしながらも納得したように頷いた。


そして、セレナが最後に締めくくる。


「……酒場についたら、この霊薬をフィエルに飲んでもらうわ」


誰も口には出さないが、その場にいる全員が分かっていた。フィエルが、素直に受け取るとは限らないことを。



翌日、セレナ、レオル、リオ、アレッタの四人は、ベルグラン郊外へ向かっていた。


中心地から離れるにつれ、人通りは徐々に少なくなっていく。やがて、街道沿いに建つ、小さな酒場が見えてきた。


木造二階建て。決して大きくはない。だが、丁寧に手入れされていることが、一目で分かる。


看板には《蒼狼亭》と書かれていた。


「ここよ」


セレナが呟き、扉を開けると、店内には数人の客がいた。昼前ということもあり、酒というより食事目的の客が多いらしい。


その奥、カウンターの向こうに立っていた男が、こちらへ視線を向けた。


短く刈った髪。


鋭い目つき。


だが、その雰囲気はどこか穏やかだった。


男――フィエルは、一瞬驚いたように目を見開くが、次の瞬間には、朗らかに笑った。


「おいおい、珍しい客だな。セレナとレオルじゃないか。探索は落ち着いてるのか?」


レオルが笑う。


「よう、フィエル、久しぶり」


「ははっ、本当にな」


フィエルは楽しそうに笑った。


「適当に座れ。今、何か出す。レオルとセレナは酒でいいな?そちらの可愛いお嬢さん二人は何にする?」


「あ、では何かジュースを頂けますか?」


「僕も同じものを」


アレッタとリオが短く答え、フィエルは首を縦に振る。


「了解だ」


四人は席へ腰を下ろす。


フィエルは手際よく飲み物を並べながら、懐かしそうに笑う。


「それで?今日はどうした。まさか、ただ顔を見に来たわけでもないんだろ?」


「まぁ、そうなんだけど、先に二人を紹介しておくわね」


「こちらはリオ、蒼天の軌跡の新メンバー。こう見えて、物凄い力の持ち主よ。すぐに蒼天の軌跡の要になると思うわ」


「ほう?こんなかわいいお嬢ちゃんがねぇ……よろしく。フィエルだ」


「はい、フィエルさんのことは皆から聞いています。お会いできて光栄です」


「はは、酒場の親父に会えて光栄もないだろう。ずいぶん礼儀正しいお嬢さんだな」


「で、こっちのお嬢ちゃんは?」


「あ、僕はアレッタ。錬金術師です。色々あって蒼天の軌跡の方に同行させてもらっています。よろしくお願いします」


「あぁ。よろしく」


その後しばらくは、他愛のない世間話が続いた。


ベルグランの様子。


探索者ギルドの話。


最近増えた探索者達。


そして、一通り会話が落ち着いたところでセレナが小さな声で切り出した。


「……フィエル。実は、私たち、アグレス坑道五十五階層の階層主――ウォー・オーク・エンペラーを討伐したの」


その瞬間、フィエルの動きが止まった。


「……なに!?」


店内の空気が、一瞬だけ静まる。


フィエルはセレナを見つめたまま、ゆっくり口を開く。


「今……何て言った?」


「ウォー・オーク・エンペラーを倒したのよ」


セレナが繰り返すと、フィエルはしばらく言葉を失っていた。


やがて、小さく息を吐く。


「……そうか」


その表情に、一瞬だけ複雑な感情がよぎった。


驚き。


喜び。


そして――置いていかれたような寂しさ。


だが、それも一瞬だった。


フィエルはすぐに笑う。


「ははっ……!とうとうやったのか。お前ら。おめでとう!すごいじゃないか」


その笑顔は、本当に嬉しそうだった。


「それだけじゃないの。ここからが本題なんだけれど」


セレナはそう言うと、小さな瓶をカウンターへ置いた。


虹色に輝く透明な液体が入った小瓶。それを見た瞬間、フィエルの表情がわずかに変わる。


「……なんだ、それは」


「ウォー・オーク・エンペラーを倒した後に残っていたの。おそらくレアドロップよ」


セレナはフィエルを真っ直ぐ見つめた。


「王国一の錬金術師に鑑定してもらったわ。少なくとも、ハイエリクサーより数段格上の霊薬であることは間違いないそうよ」


「身体への害もない」


「あと、大事なことだから言っておくけど。創世の雫かもしれない。ただ、欠損が治ることは保証できないってことだったわ」


セレナは一度息を吸った。


そして。


「フィエル、この霊薬を飲んでほしいの」


店の空気が静まり返る。


フィエルは無言のまま、目の前の霊薬を見つめていたが、やがて低く息を吐く。


「……俺が受け取れる訳ないだろう」


その声は、思っていたよりずっと静かだった。


「俺は怖くなって、自分の都合で蒼天の軌跡を抜けた身だ。お前たちに、そこまでしてもらう理由がない」


レオルが眉をひそめる。


「フィエル……」


だが、セレナは即座に言葉を返した。


「理由ならあるわ」


その瞳に、強い意志が宿る。


「フィエルにまた蒼天の軌跡へ戻ってきてほしいの」


「お願い、もう一度、一緒に深層を目指してほしい」


フィエルは視線を伏せたまま、首を横に振る。


「無理だ。今のお前たちなら、俺なんかいなくても先へ進める。それはウォー・オーク・エンペラーを倒したことからも明らかだろう」


セレナは唇を噛む。


「……フィエル。どうしても戻りたくないなら、無理にとは言わないわ」


「でも、せめて霊薬だけは飲んでほしいの。私たちが前に進むためにも……」


フィエルはしばらく黙っていた。


やがて、小さく、だがはっきりと言い切る。


「ダメだ。お前たちが今後ケガをした時のために取っておけ」


「俺はもう、酒場の親父だ」


そう言って、自嘲気味に笑う。


「義足でも何の不自由もない。料理もできるし、店も回せる。その霊薬をもらう理由がない」


「用がそれだけなら、帰ってくれ」


その言葉に、セレナたちの空気が重く沈む。


リオは黙ったままフィエルを見つめていた。


フィエルの表情は穏やかだった。


だが、どこか無理に笑っているようにも見える。


セレナはゆっくり目を閉じ、息を吐いた。


「……分かったわ。今日は一度帰るわ」


セレナは悔しさを押し殺すようにしながら下を向き、踵を返した。


「でも、諦めたわけじゃない。また明日来るわ」


フィエルはあきれたような表情で答えた。


「何度来ても同じだ。無駄なことはするな」


その後、四人は、静かに蒼狼亭を後にした。

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