第75話 希望の霊薬
「であれば――フィエルに飲んでもらいましょう」
セレナの結論に、ミア、レオル、ドルクも静かに頷いた。
工房の空気が、わずかに張り詰める。
ウォー・オーク・エンペラーのレアドロップ。王国一の錬金術師ですら完全には鑑定できなかった霊薬。
本当にフィエルの脚を再生できるのか?それはまだ誰にも分からない。
だが、少なくとも、ここにいる全員が確かな希望を感じていた。
そんな中、セレナは一度小さく息を吐くと、改めてリオへ向き直った。
「リオもいいかしら?」
リオは何故聞かれたか分からず、不思議そうに首を傾げる。そんなリオに、セレナは少しだけ申し訳なさそうな顔を見せた。
「今回、一番貢献したのはあなたなのに、勝手に決めてしまってごめんなさい。もちろん、今回の稼ぎからパーティ活動費を除いた分の半分はリオへ渡すわ」
「レアドロップの価値からすれば全然足りないでしょうけど……それで勘弁してもらえないかしら?」
その言葉に、リオは目を丸くし、次の瞬間、慌てたように首を横へ振る。
「何を言ってるんですか、セレナさん。フィエルさんが治って復帰してくれるなら、それは俺にとっても願ってもないことです」
そこまで言ってから、リオは小さく拳を握った。
「俺の目的は、亡霊と、俺をこんな身体に変えたあの機構を見つけることですから、フィエルさんがパーティに戻ってくれるなら、強力な助けになる筈です」
「その霊薬は、是非フィエルさんに使ってください」
その返答を聞き、セレナはふっと表情を和らげた。
「あなたは、やっぱりそう言うのね……ありがとう」
その時、それまで腕を組みながら話を聞いていたエルディオンが、面倒臭そうに手を振る。
「話はまとまったようじゃな。ほれ。なら、さっさと行け」
セレナは気持ちを切り替えるように、改めて深く頭を下げた。
「ありがとうございました、エルディオン様」
そして、用意していた封筒を取り出す。
「こちら、鑑定料として――」
だが、その言葉を聞いた途端、エルディオンは露骨に嫌そうな顔をした。
「いらんいらん。そんなもんに興味はないわ」
「え?」
セレナが目を瞬かせる中、エルディオンは腕を組みながら鼻を鳴らした。
「その代わり、一つ約束せい。その霊薬を誰かが飲む時は、必ずアレッタを立ち会わせるんじゃ」
「アレッタ」
「はい、お師様!」
アレッタがぴしりと背筋を伸ばす。先ほどまでの明るい少女の雰囲気はない。今の彼女は、一人の錬金術師の弟子だった。
エルディオンは真剣な目で続ける。
「もし本当に欠損が回復するのであれば」
「どの程度の速度で再生するのか」
「どんな順番で治るのか」
「魔力反応はどう変化するのか」
「そういった情報を、一つ残らず記録してわしへ報告するんじゃ」
「いいな?」
アレッタも真剣な表情で頷いた。
「はい。お師様!まかせてください!」
アレッタの力強い返事に、エルディオンは満足そうに頷いた。
「うむ、それこそが、わしへの最高の礼じゃ」
◇
工房を出た後、蒼天の軌跡の面々は、ベルグランへの帰路についていた。
森の中を吹き抜ける風は涼しく、誰もが口数は多くない。しばらく無言で歩いた後、レオルが頭を掻きながら口を開く。
「……まぁ、フィエルが素直に受け取るかは分かんねぇけどな」
ミアも少し困ったように笑った。
「それはあるかもね。フィエルも頑固だから」
ドルクも静かに頷く。
「……うむ」
リオは少し不思議そうな顔をした。
「そうなんですか?」
セレナは軽くため息をついて、答える。
「フィエルは責任感が強くて頑固だから、自分のために、私たちが命をかけて入手した霊薬を使うことを躊躇う可能性は高いわね」
リオは少しだけ考え込む。蒼天の軌跡の面々の表情を見る限り、それは決してあり得ない話ではないのだろう。
セレナは前を見据えた。
「まぁ、まずは宿に戻りましょう。話はそれからよ」
誰も異論はなかった。蒼天の軌跡は、それぞれの想いを胸に抱えながら、静かにベルグランへの道を進んでいくのだった。
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