第74話 エルディオン
その後、蒼天の軌跡は商人たちの荷馬車とともにリューベル村へ向かっていた。
盗賊達は縄で縛り上げられ、荷馬車の後ろへまとめて転がされている。盗賊たちを倒した後、商人達は何度も頭を下げていた。
「本当に助かりました……!なんとお礼を言えばいいか……!」
だが、アレッタは慌てて首を振る。
「そんな!気にしないでください!困った時はお互い様ですから!」
商人の一人が申し訳なさそうに頭を掻く。
「ですが、せめて何かお礼を――」
その時、アレッタは少しだけ真面目な顔になった。
「……じゃあ、一つだけお願いがあります。今回のことに懲りずに、今後もリューベル村での商売を続けてもらえますか?」
「それが僕にとって、一番嬉しいお礼です」
商人達が一斉に目を丸くするが、やがて、一人の商人が、はっとしたように目を見開いた。
「……あ?よく見たら、リューベル村のアレッタちゃんか?立派になってて気づかなかったよ!」
アレッタは少し照れくさそうに笑った。
「お久しぶりです」
「森の工房へ帰る途中だったのかい?」
「いえ。もう工房はお暇を頂いたんですけどね。お師様のところへ向かう途中なんです」
商人は苦笑しながら頷いた。
「そうか。盗賊に遭うなんて運が悪いと思ったが……アレッタちゃんたちに助けて貰えるなんて、逆に運が良いのかもしれないね」
「わかったよ。盗賊に襲われたときはもうリューベル村の商売はやめた方がいいかとも思ったんだが……」
「約束する。少なくとも私が元気なうちはリューベル村での商売はやめないよ」
そして、周囲を見回しながら、少し気まずそうに続ける。
「アレッタちゃん、悪いんだが、リューベル村まで護衛を頼めないか?ここまで護衛してた探索者達、盗賊を見た瞬間逃げちまって……」
アレッタは商人たちに笑顔を見せた後、レオルの顔色をうかがう。
それを見たレオルは肩をすくめて呟く。
「ま、ここまで来たついでだ。構わねぇよ」
「ありがとうございます!」
商人達が再び頭を下げた。
◇
数時間後、蒼天の軌跡達は、リューベル村へ到着していた。
小さな村だった。
だが、穏やかな空気が流れている。村人達もアレッタの姿を見るなり笑顔になっていた。
「アレッタちゃん!」
「帰ってきたのかい!」
「久しぶりー!」
アレッタも嬉しそうに手を振る。
「ただいまですー!」
アレッタはしばらく村人たちと会話した後に商人たちに笑顔で別れを告げる。
「では、商人さんたち、先ほどの約束、忘れないでくださいね?」
「もちろんだ!」
商人たちから心強い返事を得た後、アレッタは森の奥へ続く小道を指差した。
「お師様の工房はこちらです!」
しばらく歩くと、森の奥に、小さな工房が見えてきた。
古びた木造建築。周囲には用途不明の魔導具や、奇妙な器具が山積みになっている。所々黒焦げの跡まであった。
ミアが小声で呟く。
「……なんかすごいね。爆発とかしないかな……」
「多分大丈夫です。たまにしかしませんから……」
アレッタが小さく笑いながら答えた。
「えー!?」
そして、アレッタは慣れた様子で扉を開けた。
「お師様ー!ただいまです。アレッタが戻りましたよー!」
すると、工房の奥から老人の怒鳴り声が響く。
「なんじゃアレッタ!!もう逃げ帰ってきおったのか!!」
「ち・が・い・ま・す!」
アレッタが頬を膨らませる。
「せっかくお師様の大好物を持ってきてあげたのに!」
「大好物?王都の団子か?」
「それもち・が・い・ま・す!お師様の大好物といえば、魔導具か霊薬、それに研究対象となる遺物くらいでしょうが!」
それを聞いた瞬間、
「なんじゃと!!!アレッタ!えらい!でかした!!」
老人――そう叫んだエルディオンは勢いよくアレッタの方に走って来た。
「どんなものじゃ!すぐ見せてくれ!!」
だが、その直後。エルディオンの視線が、ふとリオで止まった。
「……お?」
次の瞬間、目の色が変わる。
「こいつのことだな!すさまじい魔力を常に身にまとった恐ろしいばかりの身体」
「普通の人間ではないな!!」
「解剖してもいいか?なぁに、腕だけでいい!!後でちゃんと治すから」
興奮したようにリオへ近づき、腕や肩を触り始める。
「ちょ、ちょっと!?」
「やめてください!」
ミアとセレナが慌てて割って入った。
「リオは研究対象じゃないよ!!」
「リオは研究対象じゃありません!!」
二人が全力でエルディオンを引き剥がす。
「なんじゃ、違うのか」
エルディオンは露骨に残念そうな顔をしたが、それでも諦めきれないように、リオに尋ねる。
「どれ、わしに研究させてくれんか?」
「いやです」
「ダメです」
「ダメに決まってるでしょ!」
「なんじゃ。つまらん」
エルディオンは不満そうに鼻を鳴らした。
「それなら一体何の用じゃ、雁首揃えおって」
セレナが姿勢を正してエルディオンに話しかける。
「迷宮都市ベルグランのA級パーティ、蒼天の軌跡のセレナと申します。今回は高名な錬金術師、エルディオン様のお力をお借りしたく参りました」
そして、ヴァルドールから受け取った依頼書を差し出す。
「ベルグランのギルド長、ヴァルドールからのメッセージです」
「ふむ……?」
エルディオンは依頼書へ目を通す。
だが、次の瞬間には顔をしかめた。
「最優先で鑑定をお願いしたい、だと!?何を考えておる!」
「わしはとっくに王宮錬金術師など引退しとるんじゃ!今更こんなもの持ってこられても知らんわ!!帰れ帰れ!!」
その時、アレッタが、にやりと笑った。
「えー。本当に帰っていいんですか? では、皆さん、帰りましょうか。せっかく創世の雫かもしれない小瓶を持ってきたのに、お師様興味ないみたいですし」
「……なに?」
エルディオンの動きが止まる。
「創世の雫じゃと!?それを先に言わんか!!どこじゃ!?はよう見せろ!!」
蒼天の軌跡の面々が苦笑する中、セレナが微笑みながら口を開いた。
「試すような真似をして申し訳ありません。先ほどの依頼書は、ヴァルドールがエルディオン様本人か確認するために用意したものです」
「エルディオン様、お会いできて光栄です。実際の依頼は、私達蒼天の軌跡からとなります」
そして、虹色の小瓶を取り出した。
「こちらです。アグレス坑道五十五階層の階層主――ウォー・オーク・エンペラーのレアドロップです」
エルディオンとアレッタが同時に固まる。
「……ウォー・オーク・エンペラー? 五十五階層の階層主を倒したというのか?」
「はい」
セレナが静かに頷く。
「ここにいる五人で討伐しました」
「ほぉ……」
エルディオンは小瓶を見つめながら感心したように目を細めた。
「なるほどの。ハイエリクサーより数段格上の霊薬というのも納得じゃ」
そして、続けた。
「鑑定を希望、じゃったな。だが、さすがのわしでも初めて見る霊薬を完全に鑑定することはできん」
「すでにアレッタが簡易鑑定は済ませておるんじゃろう?どうじゃ、アレッタ?」
「はい、お師様。簡易鑑定魔導具でも、ハイエリクサーより数段格上のアイテムであることは確認できています」
「なら、それが結論じゃ。後は実際に使ってみるしかあるまい」
「この霊薬が人体に害のないことなら、わしが保証してやる。そもそもダンジョンでドロップした霊薬で害のあるものなど聞いたことはないしな」
エルディオンは腕を組む。
「まぁ、一滴でも使わせてくれるなら、実験動物で試すことはできる」
「じゃが、おすすめはせんな。こういう高位霊薬は、可能な限り一人で全て使うべきじゃ」
「下手に分ければ、本来の効果が発揮されん可能性すらある」
レオルが眉をひそめた。
「なんだよ。王国一の錬金術師でも分からねぇのかよ」
「当たり前じゃ」
エルディオンは即答した。
「初めて見る霊薬の効果を、試しもせず分かるなどと言うやつこそ信用できんわ」
「それは……まぁ、そうだが」
レオルは頭を掻いた。
「結局ここまで来たのは無駄足ってことか?」
「いえ」
セレナが静かに口を開く。
「そうとも言えないわ。私達は、この霊薬が人体に害のないものであると、王国一の錬金術師から保証を得た。そして、ハイエリクサーより遥かに格上の霊薬だと」
「創世の雫である可能性があることも」
セレナは皆を見回した後、考えていた結論を口にした。
「であれば――フィエルに飲んでもらいましょう」
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