第72話 隠遁の錬金術師
「もし、失礼でなければ……」
アレッタは恐る恐る顔を上げた。
「これをどこで入手したか、教えていただけませんか?」
その言葉に、蒼天の軌跡の面々は顔を見合わせた。
短い沈黙の後、やがてレオルが小さく息を吐く。
「……悪いが、詳しくは言えない。リオはかなりあんたのことを信用しているようだが、俺はまだ全面的には信用できない」
アレッタは一瞬だけ残念そうな顔を見せたが、すぐに慌てて首を振った。
「そ、そうですよね!こんな貴重な霊薬ですし、簡単に話せる内容じゃないですよね!」
「すみませんでした」
素直に引き下がる様子を見て、セレナは目を細めた。
「……一つ、こちらから聞いてもいいかしら?」
「は、はい!」
アレッタは慌てて背筋を伸ばす。
「あなた、ハイエリクサーを見たことがあると言ったわね?しかも、“創世の雫”なんて言葉まで出てきた」
「普通の錬金術師なら、そんな名前すら知らないと思うのだけれど?」
アレッタは「あっ」と声を漏らした。
「え、ええと……お師様の工房で色々学ばせてもらっていたので……」
そこまで言ってから、アレッタは躊躇いながら続ける。
「お師様の名前はエルディオンと言います。ご存じないですか?」
「エルディオン……」
セレナの目が見開かれる。
「まさか!?元王宮お抱えの錬金術師として有名だった、あのエルディオン!?」
アレッタはこくりと頷いた。
「ええ。そうです」
「たしか行方不明になったって聞いたけれど……」
「あー」
アレッタは苦笑した。
「それはちょっと違いますね。行方不明ではなく、自分から姿をくらましたというのが正しいです」
「王宮の権力争いに嫌気が差したらしくて、今は郊外にあるリューベル村の近くで研究を続けています」
蒼天の軌跡の面々は顔を見合わせる中、アレッタはおずおずと控えめに提案する。
「あの……もしよければですが、お師様のところに一緒に行くわけにはまいりませんか?」
「そのアイテムを鑑定できる人物は、お師様を置いて他にいないと思います」
「少し待って。アレッタ……さん、と言ったわね」
「はい」
「ギルド長のところへ、一緒に来てもらえるかしら?もし、そのお師様というのが本当にエルディオン本人なら、こちらから是非お願いしたいところだわ」
「でも、いきなりあなたの言葉を全面的に信用するわけにもいかない。ギルド長であれば、以前王宮勤めだった時代にエルディオン本人と会っているはずよ」
「色々確認させてちょうだい」
「はい。もちろんです!」
アレッタはあっさり頷いた。
「その小瓶を持っていけば、お師様も大喜びでしょうし!」
◇
しばらく後、蒼天の軌跡の面々は、再びギルド長室を訪れていた。
ヴァルドールは怪訝そうな顔でアレッタを見る。
「……そいつが?」
「はい」
セレナが首を縦に振る。
「エルディオンの弟子だそうです」
その瞬間、ヴァルドールの片眉がぴくりと動いた。
「ほう……?」
アレッタは緊張した様子で頭を下げる。
「は、初めまして!アレッタといいます!」
ヴァルドールは腕を組み、しばらくアレッタを観察していた。
やがて。
「……エルディオンは今も生きているのか?」
「はい!リューベル村近くの工房で、今も研究を続けています!」
返答に迷いがない。
ヴァルドールは息を吐いて尋ねる。
「相変わらず、飯も食わずに研究三昧なのか?」
アレッタは苦笑しながら答える。
「よくご存じですね。研究を始めたら食事もとらないので、今もちゃんと食事をとっているか心配しています」
ヴァルドールは苦笑して答える。
「あいつらしいな」
「ところで、あいつの弟子ならば、あいつの特殊スキルは当然知っているな?」
「あ、はい。もちろんです。お師様は、未知のアイテムの『格』を判定できます」
「誰も見たことがないアイテムであっても、どれくらいすごいものなのかがわかるそうです」
ヴァルドールは頷く。
「そうだな。まぁ、弟子なら当然知ってるか」
アレッタは続ける。
「先ほど皆さんにお見せした簡易鑑定の魔導具ですが、あれもお師様の研究の成果なのです」
「自分以外の錬金術師でも、ある程度自分と同じことができるようにとお師様が開発したものです」
「もっとも、お師様本人ほど正確ではありませんし、持っているのが僕だけなので、それ自体を疑われるとどうしようもないんですが」
セレナが疑問に口をはさむ。
「どうしてそんなすごいものを発表しないの?それが普及すれば、世の中が変わるほどの魔導具なのに?」
アレッタは苦笑して答える。
「お師様にいわせると、『今の錬金術師は誰もかれも楽をして金をもうけようとする輩ばかりだ』
『そんな奴らの金もうけの手伝いをする気はない』……だそうです」
ヴァルドールが豪快に笑った。
「うはははは!あいつが言いそうなことだな!」
アレッタは困ったように笑う。
「なるほど……」
セレナは呆れ半分、感心半分といった表情を浮かべた。
「それをあなたが持っているってことは――」
セレナの視線が、アレッタの持つ簡易鑑定用の魔導具へ向く。
「あなたはエルディオンに相当信頼されているのね」
「そうだといいんですが」
アレッタは照れくさそうに頭を掻いた。
「今回、お師様のところを離れるにあたって、餞別として持っていくように言われたものです」
「先ほど簡易鑑定した通り、ハイエリクサーを遥かに超える格がある、という情報は得られます」
「まぁ、魔導具がなくても僕でも大体は感じられるんですが、魔導具で鑑定した方が、皆さん安心されますので」
ヴァルドールはアレッタの話を聞き終えると、しばらく黙り込む。
やがて。
「ちょっと待ってろ」
そういって部屋を出ていった。
しばらくして戻ってきたヴァルドールは一枚の紙をセレナに差し出した。
「これをエルディオンに見せてみろ」
セレナは不思議そうに首を傾げる。
「これは?」
「昔、王宮にいた頃、最優先で対処してほしい案件にだけ付けられていた特殊依頼書を模したものだ。今じゃ、存在を知ってる人間もほとんど残っていないがな」
そして。
ヴァルドールは静かに続けた。
「もし本当にエルディオン本人なら、これを見せれば必ず何か反応するはずだ」




